「知らないこと」の大半は、多分「やったことのないこと」。

 ムーニーのCMが炎上した。https://www.youtube.com/watch?v=RSWiFlcXDkI 「ワンオペ育児を賛美している」「辛い過去を思い出した」などの声が上がっているそうだ。ユニ・チャームの広報室からは、「本来の意図はリアルな日常を描き、応援したいという思いだった」というコメントが出されているそうである。

 このCMを実際に見てみたわたしの感想は、「ああ、その通りの意図だろうな」だった。印象、というか、カン、でしかないのだが、このCMには女性が関わっている匂い、がする。それも、女性の大半がワンオペで育児をまわしている現状を理解している女性が携わっている、そんな感じがする。「この辛い現状を分かっているよ」「応援しているよ」「頑張ってね」そういったメッセージが、感じられるのだ。

 では何が問題だったのか。それは、「パパを育児に引っ張りこもうよ!」というアクションが、なにひとつ見えなかったことなのではないだろうか。このCMを見て「え、ママしか育児してないじゃん」と気づくのは、おそらくママと、育児しているパパだけだ。育児をしていないパパは、その違和感に気づかない。なぜなら、それが自分の日常だから。日中ママと子どもだけで過ごしてるけど、だって俺仕事だし。生まれた後会いに行くのは当然だし、夜、具合の悪い子どもを病院に連れて行く時は、勿論付き添うよ。でもパパができることって、そのくらいでしょ?そういう意識のパパをさらに育児に引っ張り込む力は、このCMにはないのだ。

 そこで、こちらのCMである。日産セレナのCMだ。「もしもパパがママになったら」。本編、メイキング、両方ご覧いただきたい。
 本編:https://www.youtube.com/watch?v=S3tovnu40GI
 メイキング:https://www.youtube.com/watch?v=d9NCwNkKn4k

 日産に車を買う相談に来たご家族が、では試乗、というところで、パパがママに変身させられて、実際にママがその車を使ってどんな1日を過ごしているか、ということを体験させられる。パパがてんてこ舞いする姿も面白いし、流れもスピーディでコミカルで楽しい。そして、「スポーツ系の車の方が」とか「速そうな車」とか「2シーターで」とか営業マンに希望を語っていたパパたちが、1日体験の後、「子どもと荷物、どっちかだけじゃなくて両方抱っこして、なので」とか「おむつ替えるスペースが」とか「バックドアを上にはね上げると引っかからないので」とか「スライドドアはすごくいい」とか言い出すようになるのだ。

 本編を見ただけだと、「えー、パパに女装もさせるんだ。ふーん、面白い」くらいしか思っていなかったのだが、メイキングを見ると、男女の力の違い、胸の重さなどを再現したアンパワードスーツも、装着させていることが分かる。より、ママの体感に寄せている。そこで思い出したのが、「知事が妊婦に|九州・山口 ワーク・ライフ・バランス推進キャンペーン」動画だ。男性の家事育児を推進する取り組みの一環として、佐賀県、宮崎県、山口県の知事が、妊娠7か月の妊婦さんの胸とお腹の重さのスーツを身に着けて、日常生活や家事、仕事に取り組む。知事たちはそこで初めて、妊婦さんたちの大変さを実感することになる。

 思うのだが、「知らないこと」の大半は、多分「やったことのないこと」なのだ。車を使って子どもたちと数々の用事をこなした経験のないパパは、2シーターのスポーツカーがどれだけ夢物語であるかを知らない。妊娠7か月になったことのない男性は、妊婦さんが階段を降りるのさえ一苦労、ということを知らない(すみません、わたしも妊婦になったことはありませんが)。だから、悪気なく、無邪気に、女性の現実を踏まえない行動やら提案やら施策やらをしてしまう。じゃあ、「やってみればいい」のだ。

 キリンは、働き方改革の取組で、「なりキリンママ」というプロジェクトを実施したそうである。20代後半から30代前半の子どものいない営業女子5人が、「ママになっても営業ができるかどうか、実際にやってみよう!」とスタートさせた実証実験だ。社内や取引先の理解と協力のもと行った実験だが、情報の共有化や仕事の効率化、残業時間の削減といった効果を上げたうえ、業績は維持させたのだという。まさに、「ワーキングマザーは戦力にならない」「営業第一線はムリだから、配置転換の配慮を」といった通念を、「やってみる」ことでひっくり返したのだ。

 さて、ムーニーのCMに戻るが、あのCMは辛い女性の現状を「見せて」「理解を示した」かもしれないが、男性に「やってみさせて」「意識を変える」インパクトを持たなかった。炎上したのは、女性は今やそこまでを切望しているからではないのか。今、日本の社会は、変わらなければならないところに来ていると思う。男性も女性も、障壁なく自分の能力を発揮できる社会にならなければ日本は行き詰るのだし(一例を挙げれば、働く女性の割合が高い国ほど出生率は高いし、男性の家事育児時間が長いほど第2子以降の出生割合は高い)、女性活躍が叫ばれても、女性の社会進出は男性の家庭進出とセットで語られなければ片手落ちなのだ。そんな変換期を迎えている今の日本で、企業は、男性と女性双方の生き方について、自らがどのようなビジョンを持ってどのようなメッセージを社会に発しているのかを、今まで以上に問われているのではないかと思う。(すみません、男性と女性に限って話しておりますが、それはこの稿の趣旨上の都合で、性のバリエーションやスペクトラムにまで話を広げると広がりすぎるからです)

 そしてこの稿では、主に「男性がやったことなくて知らない女性のこと」について話をしているが、逆がいまいち思いつかない。男性の働き続けることへのプレッシャーや経済負担の大きさの話はよく聞くが、女性も今や働くことは当たり前だし、女性って結構共感能力や類推能力高めだったりもするので。ひとつ思いついたのがこの例ですが(「男性に良いことしてるつもりで不健康にするなという漫画を描きました。」)、こういう感じの気づきかな?「女性がやったことなくて知らない男性のこと」があったら、皆さま教えていただけませんでしょうか。

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※林伸次さんが「投げ銭オススメですよ」と書いてらっしゃったので、ちょっとやってみることにしました。以前、投げ銭制ではないのにサポートしてくださった方がいて、思いがけなくて嬉しかったよなあ、ということも思い出しつつ。「トーコ、いんじゃね?」と思っていただけたら、どうぞよろしくお願いいたします。

でも、林さんみたいに、短いおまけ記事はついていません。そういうところが、なんていうか、サービスのプロというか、気遣いだよなあと思います。あと、この稿引用のリンクが多くてうるさいですね。すみません。

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