わたしたちの生きる場所。わたしたちの生きる時間。「廻り神楽」

『神楽が来れば、春はもうすぐなのす』

 岩手県宮古市山口の黒森神社を本拠地に、340年以上もの長い間、陸中沿岸の人びとの篤い信仰を集めてきた「黒森神楽」。年に一度春になると、黒森山の神様「権現様」が獅子頭に移り、山を降りる。一年おきに交互に行われる、山口から久慈市まで北上する「北回り」、釜石市までを南下する「南回り」の巡行。神楽衆は権現様を携え、家々の庭先で権現舞を舞い、夜は「神楽宿」と呼ばれる民家の座敷に神楽幕を張って夜神楽を演じ、厄払いや家内安全、供養、新築祝いなど、さまざまな生活の願いに応えてきた。神楽衆の舞う神楽は時に力強く、時に美しく、時に心からの笑顔を誘い、人々は神楽の来訪を心待ちにしながら、この地で暮らしてきた。

 2011年3月11日。この地を大津波が襲った。東日本大震災。それから6年、三陸沿岸は静かに歩み続けてきた。

 黒森神楽は、震災の3か月後に、活動を再開した。避難所や仮設住宅を訪れ公演を行い、北回り、南回りの巡行も続けた。神楽衆は集落を巡り、権現様が、人々を、もう一度手に入れた船を、建て直した家を、祝福し、無事を祈り、加護を与える。このドキュメンタリー映画の中では、神楽の舞と音楽と、震災からの人びとの営みが、織りなすように、静かに丹念に、描かれる。

 集落の高台移転が始まる。3階まで浸水されながら残ったある神楽衆の家は、再開発で取り壊されることとなった。大槌の復興仮設商店街は、来年には退去しなければならない。失った船の代わりに中古の漁船を買い入れ、漁を再開した漁師がいる。津波に襲われ設備もぐちゃぐちゃになった釜石の民宿は避難所となり、夜ごと焚いた篝火が、大きな被害を負った隣町の大槌の人びとの希望の火であったと、今も語り続けられている。ある若い神楽衆は、新築した自分の家を、神楽宿とすることに決めた。

 この映画を観ると、思うのだ。これが、わたしたちの生きる場所。これが、わたしたちの生きる時間。神楽は、遠い過去の失われた伝統でもなければ、近代的な芸術ホールの中で鑑賞する芸術でもない。震災は、津波は、離れた地域のもう忘れ去られてしまいそうな古いニュースのひとコマでもない。ずっと、この地に、わたしたちと共にあり、わたしたちと共に歩み、わたしたちと共に月日を重ねてきた。そのことを、静かに、強く、語りかけてくるのだ。

 この映画を撮ったプロデューサー/監督である遠藤協氏は、宮古市の「震災の記憶伝承事業」に参加し映像を撮るうちに、「やはりこれは映画として残さなければならない」と強く感じたそうだ。クラウドファンディングで資金提供を募り、岩手県内外、のべ300人以上から300万円超の協賛を得て、制作されたという。2017年夏、宮古市での上映を皮切りに、県内各地、そして、東京での上映が、開始されている。わたしは、その上映会の中のひとつで、この映画を観た。

 岩手県の三陸沿岸地域を知らない人に、震災と津波をテレビや新聞の報道の中のものとしてしか知らない人に、この映画は、是非観てほしい。この映画の中に、三陸沿岸の人びとの生きる姿が、過去から現在へ脈々と続く営みが、震災を受け止め引き受け未来へ続く歩みが、わたしたちの生きる場所、わたしたちの生きる時間が、確かにあるから。

『廻り神楽』(94分)
出演:黒森神楽保存会
語り:一条みゆ希  昔話朗読:森田美樹子(劇研麦の会)
共同監督・プロデューサー:遠藤協  共同監督:大澤未来
構成:北村皆雄・遠藤協  撮影:明石太郎・戸谷健吾
エグゼクティブ・プロデューサー:三浦庸子・北村皆雄
制作:ヴィジュアルフォークロア
公式サイト:https://www.mawarikagura.com/

 ◆2018年新春 東京・ポレポレ東中野にて劇場公開決定◆

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