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001:「婚活しなきゃ!」の前に、「自分は本当は結婚したいのかしたくないのか」、じっくり考えてみよう。【スピ婚】

 皆さんこんにちは。このマガジン「婚活してスピード婚するのはリスクも大きいと申し上げたい~女子のためのケッコン虎の巻~」は、女子が幸せな人生を送るためにどのように結婚と向き合っていけばいいのか、その虎の巻として100箇条を検討していくマガジンです。しかし、わたしが一番初めに皆さんに考えていただきたいこととしてご提示するのは、つまりこの虎の巻の第1条は、「そもそもわたしって本当のところは、結婚したいのかな、したくないのかな?」という、その根っこの部分に関わる問いを自らに向けてみよう、ということです。なぜならば、そこがまず肝心なところだからです。

 皆さんがどのようにお考えかはいろいろだと思うのですが、結婚とは、必ずしも幸せを約束してくれるものではありません。しかしながら、逃れられない苦役、という訳でもありません。確かに結婚によって人生は大きく変わりますし変わらずにはいられないのですが(その最も大きな変化は「他人と共に生きる」ということだと思います)、結婚後の人生は意外とそれまでの人生と地続きですし、「ぱっとしない人生だったけど、結婚で生まれ変わった!」みたいなことはまず起きません。また、現代の日本では「生まれた時から結婚相手が決まっていて別の選択はできなかった」「結婚しなければ家族が路頭に迷った」みたいなことは滅多にありませんから、したくない結婚を無理矢理させられることもほぼありません。要するに結婚は、「それまでの自分のバックグラウンドを継承しつつ選択する、可変性のある未来」なのだと思います。

 キモは3点です。「それまでの自分のバックグラウンドを継承」「自分で選択する」「可変性のある未来」、つまり、自分の過去を変えたくても結婚によって自動更新はされませんし、強要される訳ではないから自分で判断しなければならないですし、また、決まった数パターンの未来の中から「どれにしようかな」をするのではなくて、その未来をどういうものにするのかは自分次第だということです。

 結婚って、意外と面倒くさいんです。他人と人生を共にするので、何事もすり合わせていかなきゃなりません。もしかすると、風呂の水は一回一回抜くのか沸かし直しをするのか、習慣の違いで仰天するかもしれません。一度着たシャツは洗濯しなきゃ気が済まないのに、相手がパンツを替えるのが3日に1回かもしれません(うちの彼氏は、パンツを毎日替えません。でも、わたしもブラジャーは2週間くらいは同じです)。でっかい話だと、家計をどうまわしてどこで貯めていくか将来設計が食い違うかもしれませんし、子どもの教育方針が正反対かもしれませんし、望む葬式と墓の形式のすれ違いが晩年になって発覚するかもしれません。「一致する人を選べ!」じゃなくて、ずれるごとにすり合わせていかなきゃならない。そこで相手が譲らない人だったりすると、そのあたりをどう懐柔するかも考えなきゃなりません。はっきり言って、ひとりで生きるより相当面倒くさい。ただ、結婚によって手に入るものも確かにあります。結婚していいことは確実にあります。

 わたしが結婚によって手に入れたかったものは何だったか、考え直してみると、それは「Love!」だったな、と思います。それも、「あなたがわたしの第一の Love ですよ」とお互いに約束し合える形の Love、そして、「四六時中一緒にいる」という状態での Love が欲しかったです。突然結婚したくなった頃のわたしは失恋したてで、身近にいたのは両親だった訳ですけど、父は母の、母は父の、「相手」じゃないですか。そしてその頃弟が結婚を決めたのですけれども、弟の「相手」がその奥さんで、奥さんの「相手」が弟じゃないですか。自分の「相手」がいないこと、自分だけ「ペア」じゃないことが、急に切なくなったんですよね。「一番大事にしあう関係性である」ということが自他公私共に認められた相手がいる、っていうことが、すごく羨ましかったんです。そういう「ペア」が欲しかった。

 ところが、結婚した相手は「一番大事にしあう関係性」を作れない人でした。彼は、「一番身近なところにいる相手をナチュラルに使用する」人でした。言い方が難しいけれど、彼は、一番身近な存在である自分自身さえも自分自身のために使用してしまうような、そんな人だったような気もします。使用されると、人ってどんどん空しくなって、どんどん擦り減っていってしまいます。わたしも空しかったし、なんとなく、彼もいつまでたっても満たされなかったんじゃないかなと思います。

 でも、我に返るとそんなことに付きあっている義理もないので、離脱しました。してよかった。今付き合っている相手は、わたしの他に大切なものがたくさんあるし、わたしも彼の他に大切なものがたくさんありますが、おそらくふたりとも、お互いが一番一緒にいて心地よい相手だという気持ちはあると思いますし、そういう相手としてお互い大事にし合っている。そういう「ペア」だという確信はあるので、取り立ててこの先「結婚」という形を取らなくてもいいのかな、という気もしますし、一方で、もういっこの「四六時中一緒にいる」という状態が今のままだと叶えられないので、そういうことの担保として、結婚したいかな、とも思います。ただ、今後の流れ次第です。

 さあ、あなたが結婚によって手に入れたいものは、何でしょうか?

 以前は、「結婚」によって叶えられるものは、自動的にたくさんくっついてきましたよ。経済的安定だったかもしれませんし、社会的身分の保証だったかもしれませんし、子どもが持てる、だったかもしれませんし、老後の安心だったかもしれませんし、勿論、愛する人と「病める時もすこやかなる時も」の幸せだったかもしれません。でも現在、それらは結婚じゃなくても手に入れられる場合もありますし、結婚しても手に入らないこともあります。手に入れたと思っても失うこともあります。また、結婚することによって手離さなければならないものもたくさんあります。あなたが手に入れたいもの、手に入れなくてもまあいいか、なもの、手離してもいいもの、絶対に手離したくないものは、何ですか?

 わたしは、まずそこをきちんと考えることからお勧めしたいのです。そのへんがふわっとしていて、曖昧で、薄らぼんやりしていると、本当は必ずしも手に入れなくてもいいのにそれに踊らされて目移りしたり、手離してもいい筈なのに後ろ髪を引かれてジャンプできなかったり、本当に手に入れたかったものではないものを抱えて(こんな筈じゃなかった……)と呆然としたり、軌道修正したいのに指針を失ったりします。わたしもちょっと、失敗した結婚はそのへん、薄らぼんやりしていた。

 結婚など別にしなくていいのです。心を焦らせて、「急いで婚活!」とダッシュする必要はありません。結婚は目的じゃないし、ゴールではありません。目的であってゴールなのは、あなたが幸せになることです。あなたが幸せであれば、その形はなんでもいいのです。そして結局、あなたの幸せは、あなたにしか分かりません。

 わたしはこのマガジンで、「〇〇じゃなくて××でいけ」とか「そっちを見るよりもこっちを見ろ」とか言います。でも、そんなものもまた、真に受けなくていいのです。あなたはそんなものに「ああ、そうか、そう考えないと幸せにはなれないんだ」とか、思い込んでしまう必要もありません。これはわたしが、「こうじゃねぇのか!!!???」と主張したいだけのことですから。ただおそらく、わたしの「こうじゃねぇのか」は、今日本の社会で一般的に通念的に主流で多数で強い流れでわたしたちを取り巻いている「こうであれよ」とは、違うことを言います。あなたはそれを見て、「ああ、こうであれよ、を受け入れてきたけど、こうじゃねぇのか、もあるのか」と思ってくれればいいのです。わたしの「こうじゃねぇのか」で立ち止まって、あなたの「こうでありたい」を新たに作ってくれればいいのです。おそらく、あなたの「こうでありたい」が、あなたを幸せにします。それが、「やっぱり結婚したい!」であっても、「結婚、別にしなくていい」であっても。

 もういっこ付け加えますね。あなたが「こうでありたい」を自分で掴んで、そうあって幸せに過ごすのなら、多分誰も余計な口出しはしてこないと思います。見るからに幸せそうな人に「でもあなた、この要素が不幸だと思うわよ」とわざわざ言ってくる人は、あまりいません。わたしは離婚後地元の町に帰ってきましたが、あまりにもハッピーにご機嫌に元気よく過ごしているので、複数の町のおばさま方に「なんか……雰囲気変わって。言っちゃなんだけど、明るくなって」と告げられました。「その年で離婚して可哀想に」みたいな扱いをする人はいません。「結婚に失敗したのに結婚支援かよ」みたいなことを言ってくる人もいません。もしいても、目に入ってこなければ、どうでもいいじゃありませんか。

 どうぞ、虎の巻第1条として、「本当のところ、結婚したいのかしたくないのか」、ゆっくり考えてみてください。わたしの場合、眠りに落ちながら考えを漂わせていると、目覚めた朝にぽーんと結論が出ていることがよくありますよ。車を運転して音楽を聴きながら漂わせる、もよくやります。お風呂の中もいいですよね。暗くしておいてアロマキャンドルを灯すのも、好きです。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、うたたね さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!

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