● コロナ禍の中で、邦楽演奏者が何を考えてきたか?
こんにちは。常磐津齋櫻(ときわず さいおう)です。
私の仕事は、邦楽演奏者です。
日本の伝統芸能を担う代表的な和楽器、三味線の演奏者として仕事をしております。もう少し、専門的なジャンルを言いますと、三味線の中でも、古典芸能である常磐津節の三味線演奏者です。
2020年の新型コロナウィルスの流行拡大は、わたくしたち、邦楽演奏者にも大きな影響を及ぼしました。
・2月中旬
晴天の霹靂とは、このこと。
2月後半から、6月末まで、予定されていた舞台の仕事は、すべてキャンセルになりました。
十年以上に渡って出演させていただいている、学校巡回の仕事は、今年度の公演は、一年間、丸ごと中止になりました。
最初は、ただその状況を呆然と受け入れるしかありませんでした。
演奏家が置かれた厳しい現実を象徴するお知らせもいただきました。
昨年、舞台をご一緒した演奏者のお一人が、一旦東京での演奏活動を中断して、ご実家に帰られたのです。
堅実な職業を好むわたくしの両親は、わたくしの仕事に、今でも賛成ではありません。
「不要不急の、私の仕事をしていてよいのか?」
着物を着て出歩くことすらはばかられる世の中の雰囲気に、 両親からの言葉が頭をよぎりました。
「今からでも、やり直して道を正しなさい。」
三味線を演奏しはじめて、20年以上に渡って両親から言われ続けている言葉が、何度も頭をよぎりました。
・3月頃
そのように心を痛めている中に、小さな明かりがもたらされました。
お友達のご紹介で、作家の藤沢あゆみ先生とお話をさせていただきました。先生からは、
「三味線の旋律には、人の心を癒したり、豊かにする力がある」
(※正確に書き留めていなかったので、細かい表現は、違っていたかもしれません)
とお言葉をいただいて、勇気づけていただきました。
そのお言葉をきっかけに、一度、批判的なコメントを受けて躊躇していた動画のアップを再開しました。
それから間もなく、何年も前に、一度演奏会にお見えになったお客様が、初めて直接のメッセージをくださったのです。
「ホスピスで、何回も齋櫻さんのユーチューブの演奏を聴いています。穏やな山姥の曲を繰り返し聞いています。」
メッセージは、お客様が入院先のホスピスからのものでした。
このお言葉は、前に進む大きな原動力になりました。
勇気づけられて、今まで撮影して眠っていた動画を編集し、ユーチューブにアップし、そして、メルマガ読者様に配信し続けました。
もはや、以前、心を痛めた批判的なコメントなど、どうでもよくなってしまったのです。
優先するべきものは、伝統芸能を愛してくださったり、大切にしてくださる人たちです。
「たった一人のために、お届けしよう。その方が心豊かに過ごしてくださりさえすれば、それでよい」
それから、何かが変わりました。次々と、助けが現れたのです。
よく演奏会にお越しくださるお客様は、フェイスブックに、「また、演奏を聴きに行くのだ!」と、応援の投稿をしてくだいました。
「今を乗り切って、また会いましょう!」長くお知り合いの、日本の伝統に携わるお仕事に従事する大切なお知り合いもいます。
「こういう時だからこそ、がんばって!」と、お伝えくださった友人もいます。
演奏者が置かれた厳しい状況を察して、お座敷をかけてくださったお客様もいます。
動画を配信するための音声に困っていたわたくしに、助けを差し伸べてくださったお仕事の関係者もいます。
・6月
何もおっしゃいませんが、お一人、お一人が、ご自身も、大変な状況だったはずです。
その中で、温かい言葉をかけてくださる方がいる。時間や労力を、割いてくださる方がいる。
多くの温かさとやさしさがのおかげで、私は未来を描く力を取り戻しました。
今は、おかれている状況を嘆いている場合ではない。
皆さんのお気持ちを明るく和らげるのが、音楽の力。 応援してくださるお一人お一人に、御恩返しをしていこう。
演奏家としてするべきことは、演奏を続けること。
慣れない状況に疲労しているおひとり、おひとりの元に、潤いを届けること。
お世話になった演奏者の仲間たち。仕事を支え続けてくださっている、裏方さん。撮影の方。
周りの皆さんが仕事を続けられる環境を作り続けよう。
この結論に達しました。
わたくしの専門ジャンルの常磐津節は、250年以上の歴史と伝統があります。 長い年月の中で、伝統芸能は、何度も存続の危機を乗り越えてきました。
未来のある次の世代へ、受け継ぐ。
これが、わたくしたち、伝統芸能の仕事に携わる者の大きな役割の一つです。 先人達が大切に守り、受け継いできた文化を、私たちの世代で絶やすことはできません。
・8月
8月の今は、できることを、地道に積み重ねる日々が続きます。
演奏者が稽古を欠かすことはできません。
仕事があっても、なくても、毎日、いつでも演奏できる状態を保つ必要があります。
そのほかにも、様々なことをしています。ユーチューブの動画をお届けしたり。演奏会の再開の準備をしたり。
伝統芸能への理解を深めていただくための、基礎固めを毎日、毎日、積み重ねています。
昨日は、文化芸術活動を継続させるための試演舞台でした。
無観客での舞台を務める経験は、それほどはありません。
無観客ではありましたが、わたくしは一人ではありませんでした。
最小限の人数の信頼できる出演者のみなさま。そして、このコロナ禍の中でも、応援してくださるお客様の支えがあったからです。
昨日は、応援してくださるお一人、お一人のお顔を思い浮かべながら舞台を務めました。
一人の力は、わずかです。ですが、何人もの力が合わされば大きな力になります。
伝統芸能を守り、伝え続ける多くの方の支えを、これほど感じた舞台は、ございませんでした。
多くのみなさまが、わたくしに救いの手を差し伸べてくれました。
今度は、わたくしが、お一人、お一人にご恩を返してまいります。
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