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NYには素敵な偶然がいっぱい


今回のテーマ:NYのセレンディピティ
by  らうす・こんぶ

地下鉄の座席に座ってふと見ると反対側に知っている人が座っていたーーなんてことはニューヨークに長く住んでいる人なら誰でも経験があるだろう。私も覚えているだけで数回ある。でも、こんなこと、東京ではまず起こらない。山手線の中で知っている人とばったり、なんてことは。

誰かのパーティーに招かれて行ったらテレビで見たことのあるタレントさんが来ていたり、五番街を歩いていたら、そのころマンハッタンに住んでいた郷ひろみが向こうから歩いてきたり、ダコタハウスの近所に住んでいた時はアパートの近くでオノ・ヨーコとすれ違ったり。空港に行くバスを待っていたら、野球帽を被りサングラスをかけた、目立つお忍びスタイルのミュージシャンを見かけたこともあった。

でも、こんな私の経験は地味なほうだ。友人のひとりはマンハッタンのクラブでプリンスを見かけたと言っていて、ものすごく羨ましかった。また、別の友人はアパートのエレベーターでアル・パチーノと乗り合わせたと言っていた。80年代にニューヨークに住み始めた人はまだ世に出ていない頃のマドンナがクラブで働いているのを何度か見たと言い、別の人は家の近所でよくアンディ・ウォーホルやバスキアを見かけたと言っていた。スクリーンの中にしか存在しないはずのセレブリティが、日常生活の場にひょっこり現れるのがマンハッタンの不思議で面白いところだ。

ある人はニューヨークの魅力について、「ユニークな出会いがあるところ」と言っていたが、まさにその通りだ。

目撃談ばかりではない。私はそれまでテレビでしか見たことのなかった人に、自宅のボロアパートのパーティーに来てもらったことがある。こんなこと日本ではあり得ないだろう。

日本のテレビでニュース番組を担当していたジャーナリストが、何年も前、一時期ニューヨークに滞在していたことがあった。私はあるイベントで知り合い、名刺を交換してもらった。その頃、日本のビジネス雑誌の取材記事を書いていたので、記事のテーマについてコメントをもらったこともあった。

ある時、マンハッタンでバスに乗ったら、その人が後ろの方の座席に座って資料か何かを読んでいるじゃないか。邪魔をしては悪いかなと思ったけれど、隣が空いていたので、私は「こんにちは。こんなところでお会いするとは思っていませでした」と言って隣に座った。それまで何度か会って話したこともあったので、私の顔は覚えていてくれていた。少し世間話をしてから、私は厚かましくも「今度、私ののアパートでパーティーをするんですが、よかったらいらっしゃいませんか」と聞いてみた。もちろん、ダメもとで。

すると、「喜んで」と想定外の答えが返ってきて、聞いたこっちがびっくり。「パーティーには何人くらい来るんですか」と聞かれ、「十数人です」と答えると、「じゃあ、ビールを持って行きますよ」。

東京だったらこんな偶然は滅多に起こらないし、起こったとしても、私は隣に座って話しかけたり、ましてやパーティーに誘うなんてことは考えもしないだろう(大阪の人は知らんけど)。こんなことが起こりうるのがニューヨークという街。そして、私に日本にいるときとは違う大胆な行動をさせるのもニューヨークという街の魔力。後日、その人はたっくさんビールを抱えてパーティーに来てくれた。

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さらに数年後。私は帰国して東京にアパートを借りた。あるとき、ニューヨークで知り合ったそのジャーナリストが渋谷のライブハウスで行われるトークイベントに出ることを知り、そのイベントに出かけた。

テーマはなんだったかすっかり忘れたが、イベントの最後にその人が「私たちはしばらくここにいますから、よかったら話しをしに来てください」と言ったので、まだニューヨークで培った厚かましさを捨てていなかった私は、足早にステージに近づいて、一方的に「以前ニューヨークでお世話になった○○です。数ヶ月前に帰国しました」と言って、2、3イベントに関する質問をすると、その人は親切に答えてくれたが、ずっと「誰でしたっけ?」というような顔をしていた。その人にとっては10年以上前にニューヨークで数回会っただけの、しかも髪型が変わり、顔の半分をマスクで覆っていた私のことはすっかり忘れていたに違いない。

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ニューヨークの、特にマンハッタンでこんな偶然が起きやすいのはなぜだろう。マンハッタンの面積は東京の山手線の内側、もしくは世田谷区、もしくは足立区と杉並区を足した面積と同じくらいだと言われる。

そして、マンハッタンの人口は2020年時点で170万人。人口密度にすると1平方キロメートルあたり28667人。東京で一番人口密度が高い豊島区が1平方キロメートルあたり23000人、新宿区は19000人。

つまり、マンハッタンは狭い土地に多くの人がひしめいているのだ。豊島区や新宿区よりも過密なのでその分偶然の出会いのチャンスが多くなるということはあるかもしれない。それとも、合理的な説明のつかないマンハッタンという土地の不思議な引き寄せパワーが、たくさんの素敵な偶然を生み出すのだろうか。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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