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きのう、どこかのカフェで「スターバックスコーヒー 自由が丘」

田所陽介は、ラップトップのキーを叩く手を止めた。手に持ったコーヒーカップを口元に運ぶ。苦い。なぜスターバックスのブラックコーヒーは、こんなにも苦いのだろうと訝しむ。

スターバックスコーヒーといえば、全国約1900店舗を展開し、売上規模は年間3,000億円に迫る日本最大のコーヒーチェーンだ。

もともとはアメリカのシアトルで誕生し、セカンドウェーブコーヒーチェーンとして人気を博した。セカンドウェーブコーヒーとは、カフェモカなどアレンジコーヒーを中心としてコーヒーのバリエーションを広げた流れのことである。

実際、スターバックスが日本に上陸したとき、それまでのアレンジコーヒーといえばカフェラテやカプチーノ程度だった。だからこそ、スターバックスのたっぷりの生クリームとチョコレートソースを加えたカフェモカなどのアレンジコーヒーは、日本人に衝撃を持って迎えられた。

しかもサイズのオーダーも、旧来のS、M、Lではない。ショート、トール、グランデ、その上のベンティなんてものまであるらしい。
初めてスターバックスでオーダーをしたときは、サイズの呼称を間違うのではないかとヒヤヒヤしたものである。

当初は銀座をフラッグシップとして、都心部を中心に展開されていたが、瞬く間に人気となり、地方へと出店が広がった。2020年代に入ると業界最大手であったドトールコーヒーを店舗数で抜き去り、いまやコーヒーチェーンの王座に鎮座している。

日本には保育園も足りないが、スターバックスも足りない。
田所は常々そう思っている。
都心部のスターバックスは、朝から晩まで常にほぼ満席状態である。席を確保するには、店舗を訪れたタイミングで誰かが席を立つことに期待するしかない。

席があいても、ものの数十秒で埋まってしまうことなど、ざらなのだ。

スターバックスの当初のコンセプトは、居心地の良いカフェであった。ドトールなど、旧来のコーヒーチェーンは、さっとコーヒーを飲んで退店するシチュエーションが多かった。
しかし、スターバックスは座席間の間隔が広く取られており、ゆったりとコーヒーを楽しめる設計になっている。
このコンセプトがビジネスパーソンや若者にもウケて、作業をするならばスタバ、という一種の刷り込みが客の頭の中にあるように思う。

それから数十年が経過した今、当初のコンセプトから外れて座席間のスペースも狭い店舗が増えてきており、店舗の設計はドトールと大差がないように思う。

もう一つスターバックスの人気の理由としては、やはりフラペチーノなどのシーズナルドリンクが挙げられるだろう。バナナやいちご、メロンなど季節ごとにシーズナルのフラペチーノが発表され、期間限定のフラペを楽しむために、学生たちが放課後に来店する姿もよく見かける。

しかし、田所はフラペチーノを飲むことはなく、もっぱらブラックコーヒーだ。
そしてコーヒーを飲むたびに思う。なぜこんなに苦いのだろうかと。

もちろんコーヒーは苦いものだが、スタバのコーヒーには特有の苦味がある。海外の批評メディアから、まるで墨汁のようなコーヒー、と評されたこともある。
コーヒーの味というよりは、スターバックスのコーヒーの味、という定義が正しいような気もする。
しかし、そのコーヒーも飲み続けていると舌になじんでくるもので、時おり飲みたくなるのが不思議である。

田所がそんなことを逡巡しながら店の外へ目を向けると、3人組の女子高校生がこちらを凝視していた。
その中の1人と目が合う。凝視という表現を超えて、睨みつけているようにすら見える。田所は気まずさを覚え、再びラップトップに視線を戻す。

周辺視野で女性高校生をとらえる。やはり女子高生は、こちらに突きさすような視線を向けている。なぜ、自分のことを睨んでいるのだろうか。それにしても、居心地が悪い。次の予定までは少々時間があるが、もう店を出ようか。

田所はラップトップをしまい、飲みかけのコーヒーカップを手にすると、席を立った。ものの数秒で、極彩色のサマーセーターを着た小太りの中年男性が、その席に座る。

やはり、都心部のスタバは激戦区である。

店の外へ出ると、ちらりと女子高生たちに目を向けた。鋭い視線の矛先は、田所から小太りの中年男性に映っている。

ああ、自分たちが席に座れないから、憎々しく思っていたのか。

田所はそう納得して、店を後にした。

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「ちょっと、オヤジがどいたと思ったら、別のオヤジが座ってんだけど。オヤジはスタバに来んなよ。」
ミキは小太りの中年男性をにらみつけながら言った。
「ほんとムカつくね。何、あの変な模様のセーター」
ユカは同意する。
ミキとユカの後ろに控えるサツキは、黙りこくっている。
「あーあ、せっかく今日はいちごフラペ飲もうと思ってたのに。もう終わっちゃうよ。」
ミキは腕を組んで宙をあおぐ。
「私も朝から、今日は絶対フラぺ飲もうって楽しみにしてたのにな。ほんと、席空かないね。」
ユカは長い髪をくしゃくしゃとかきあげた。
「まあ、いつも混んでるもんね、スタバ。」
サツキは、気まずそうにそう声をかける。
「いやこれさ、サツキのせいじゃない?」
ミキは鋭い視線の照準を、サツキにあわせる。
「えっ?」
「だってさ、サツキが先生に呼ばれなかったら、もうちょい早く店についてたよね。あのロスタイムが痛かったんじゃないの?」
「そうだよ。今日はスタバでフラぺ飲もうって決めてたのにサツキに待たされたから、座れなくなっちゃったじゃん。あー、サツキなんかおいて、ミキと二人でくれば良かった。」
ユカが同意する。
「あ、ごめん。」
サツキは謝る。

サツキが遅れなかったからといって、スタバの席が空いているとは限らない。
2人はスタバに入店できないむしゃくしゃを、サツキにぶつけたいだけなのだ。
いつものことだ。サツキは心のなかでつぶやく。

サツキたちは私立の女子校に通っている。サツキは小学校からの進学組である。
高校に進学した当初は、サツキは中学のときから懇意にしている控えめで自己主張をしない女子グループに入っていた。
しかし、学年がひとつ上がりクラス替えを迎えたとき、サツキははずれクジを引いたのだと痛感した。

新しいクラスは、学校の中でもいわゆる目立つ系の女子生徒が集まっていた。おとなしい女子もいるにはいるが、皆カバンにアニメのキーホルダーをつけて、推し活に励むんでいるような印象だった。
目立つ系の女子たちにも馴染めず、かといってオタク系の女子たちとも馴染めない。サツキは自分が宙に浮いているように思えた。

そんな中、たまたま出席番号が近かったミキとユカとお昼を一緒に食べるようになる。ミキとユカは高校からの入学組だ。中学も一緒だったらしい。
ミキとユカの家は学校からはかなりの距離がある。しかし、二人の親はどうしても私立の高校に進学させたかったらしい。2人は親の希望通りになんとか入学して、毎日遠方から学校に通っている。

一応サツキを加えて3人組ということになっているが、実質はミキとユカの2人組で、サツキはそこに居候しているような居心地の悪さがあった。

事実、ミキとユカはサツキに対してどこか「付き合ってあげてる」という上から目線で接していたし、今のように腹立たしいことがあると、サツキに棘のある言葉を投げて溜飲を下げるのだった。

ミキとユカはクラスのヒエラルキーでいえば、上の方ではない。ふつうグループよりも少し上に位置するくらいだ。
それゆえなのか、ミキとユカはとにかくヒエラルキーを気にしていた。サツキに声をかけて自身のグループに引き入れたのも、自分よりもカーストが下の女子を引き入れることによって、マウントを取りたかったのかもしれない。
実際、2人と話していると、学年の目立つ女子に教科書を貸した話など、自分たちがカーストの最上位と位置づける人たちとの交流を自慢してくる。
自分よりも上か下か、それだけしか考えてないのかもしれない、とサツキは思う。
ミキとユカからしたら、中年のおじさんなんかカーストの最下層中の最下層。
おじさんは、スタバに来る資格などないのだ。

「で、どうするユカ?もう1個のスタバもダメだったし、こっちもダメだったし、やめとく?」
「えー、でも朝からフラぺ飲みたかったし。試験終わりのご褒美にって思ってたし。
なんかお腹空いてきたから、なんか食べたいし。」
「だよね。私もなんかお腹空いてきた。あー、でもいつまで待っても席空かないよ。しかも3人だからさ。2人席ならすぐ空くんだけどな。」
そういってミキは、サツキにちらりと視線を向ける。
サツキはこのまま立ち去りたい衝動に駆られるが、そういうわけにもいかない。
以前にもこういう嫌みを言われた時、2人で行ってきて、と言ってその場を立ち去ったことがある。
次の日学校に行くと「なんでさっさと帰っちゃうの?うちらが悪いやつみたいでしょ。」と、さらなる嫌みを言われたのである。

めんどくさいけれど、この2人といさかいを起こしたら、毎日過ごす教室で一人ぼっちになってしまうのだ。

「あー、えーと、もう1個スタバあるけど。」
サツキがそう声を絞り出した。
「は?もう1個スタバ?ほんとに?どこに?ほんとにあるの?」
ミキはそう畳みかける。
「うん、ここから5分くらい歩くけど、あるよ。」
「そうなんだ。じゃあ、そこに行こうよ。もうお腹減っちゃったよ。」
ユカはそう言って、場所も分からないのに先導して歩き出した。

サツキは慌てて、ユカの前に躍り出た。
「うん、こっち。」
3人はそろそろと、駅前のスタバを後にした。

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「あ、ここだよ。」
サツキはガラス張りのカフェの前で立ち止まった。店の前にはテラス席もあり、いくつかテーブルと椅子のセットが置かれている。
「え?ここスタバなの?」
ミキが店の外観を見回す。
「あ、ほんとだ。スターバックスって書いてある。」
ユカが言う。
「うん、席空いてるみたいだけど、ここで良い?」
「もうお腹空いたから、席空いてるみたいだし入ろうよ。」
3人は店内に入ると、店内を見渡して空いている席を探す。
「あ、あのさ、天気も良いし、外のテラス席にしない?」
サツキが提案することなどないのに、珍しく主張している。2人はいぶかしみながらも、別にいいけど、と同意した。
3人はレジに向かい、ミキがメニューに視線を落とす。
「えーと、あれ?フラペチーノがない。」
「え?あ、ほんとだ。てゆうか、スタバと全然メニューが違う。」
ユカも同意する。
「あ、ごめん。ここ、スターバックスはスターバックスでも、リザーブ店って言って、ふつうのスタバとメニュー違うんだよね。」
「えっ。そうなんだ。えーっと、」
ミキは、メニューに目を走らせる。店員が気を効かせて、ごゆっくりご覧くださいとメニューの紙を手渡してくれる。
3人はいったんレジの前を離れ、メニューを凝視する。

「あの、フラぺはないけど、似たようなシェイクもあるし、あと今だと限定のクリームラテがあるから、それ、スイーツっぽいよ。」
サツキが言う。
「限定のクリームラテ?え、ちょっとまってラテ一杯で1000円超えるんじゃん。」
「ほんとだ。てゆうかコーヒーとかもスタバより高い。このサンドイッチも1,000円くらいするじゃん。ラテとサンドイッチ頼んだら2,000円ってこと?高っ。なに、ここ高級スタバってこと?」
ミキとユカは皿のようにメニューをなめまわす。
「こんな高いなら、どっちも頼むの無理だわ。どうしよ。でも今お腹空いてるしな。」
「決めた。サンドイッチだけにしよ。」
「ミキがそういうなら、私もそうしようかな。」
2人はレジでメルトサンドイッチをオーダーする。お飲み物はよろしいですか?という店員の問いかけに、あ、はい。とぶっきらぼうに答える。

「シェケラートフレッドにラズベリーとカカオニブのトッピング追加で。」

オーダーするサツキの言葉に2人が固まる。2人は顔を見合わせた。

オーダーが済んだサツキは受け取り台に進む。ミキとユカは、席でお待ちくださいという店員のことばに従い、テラス席に出る。

サツキがグラスを手に外に戻ると、2人はまくしたてた。
「サツキって、ここよく来るの?シェケラートフレッドって何?」とミキ。
「あ、たまに来るくらいで、そんなには来ないよ。シェケラートフレッドって、エスプレッソとアイスクリームのシェイクみたいなものかな。」
「しかも、なんかカスタムしてたじゃん。それに1000円以上かけられるって、すごいね。」とユカ。

エスプレッソのダークブラウンと純白のアイスクリームが混ざりあい、グラスの中には美しい渦状の模様が形成されている。トッピングのラズベリーがアクセントだ。
サツキは手慣れた様子でストローでグラスを数回かき混ぜると、口に含んだ。

ふいに、おまたせしました、と2人がオーダーしたメルトサンドイッチが運ばれてくる。
ミキとユカはサンドイッチをかじる。あつあつのホットサンドは確かに美味しい。ふつうのスターバックスのサンドイッチとは比べ物にならないくらい。
「あのさ、サツキ、このサンドイッチも食べたことあるの?」ミキが言う。
「あ、そうだね。1回あるかな。でも、そんなにここで食事はしないかな。」とサツキが返す。
ミキとユカは視線を交わす。本当は「高級スタバに何も言わずに連れてくるなよ」と言いたい。しかし、それを言ってしまうと何かサツキに負けた気がする。サツキはこの高級スタバを、高級だと認識していないのだ。

そう、サツキにとってこの高級スタバは、普段使いのただのカフェなのだ。

メルトサンドイッチは確かに美味しいが、複雑な気持ちを抱えながら、ミキはガラス越しに店内に目を向ける。
「うわっ。なにあれ。」
ミキの視線の方向をユカが追う。

小学校中学年くらいの男の子が、店の奥のソファ席に一人で座っていた。広々としたソファ席を一人で独占するその姿は、さながら小さな貴族といった出で立ちである。
横にはランドセルを置いて、机の上に教科書を広げている。

「あれ小4用の教科書だよ。小4でこんなとこに一人で来るんだ。」
「しかも見てよ。シェイクみたいなのとラザニア食べてるよ。さっき、ラザニア頼もうかと思ったけど、サンドイッチよりも高いから止めたんだよね。」
「え、ちょっと待って。ラザニアと一緒にシェイクみたいなの飲んでない?2千円超えるよね。」
ミキは口に運びかけたサンドイッチを空に浮かべたまま、口をあけて小学生を見つめていた。
「あー、あれだよ。高級住宅街に住んでるお子様だ。生まれながらに富裕層で、将来が約束されてるってやつ。小学校4年生で、帰りの買い食いに2千円もポンと出せちゃう。」
ミキは向き直り、サンドイッチを口に放り込んだ。
「いいよね、将来が約束された子は。2千円なんかあったら、デニーズでコース料理食べられちゃうよ。」
ミカも同意する。

3人が通う私立の女子高は、私立だけあってそこそこ学費が高い。ミキの母は、自らの学歴コンプレックスを解消するために、娘を私立の学校に進学させたがった。
小学校高学年になると進学塾に通い、中学も部活は帰宅部となり、半ば強制的に進学塾へ通わされた。
ギリギリの内申点で無事に合格したものの、今度は学費によって家計が圧迫された。ミキの母は平日は朝から晩までパートに出ているし、お小遣いは雀の涙ほどだ。だから土日のミキの予定も、バイトで埋まっていることが多い。
しかもミキの実家は沿岸の工場街の駅にあるので、毎日1時間以上かけて学校に通っている。
ミキと同じようにミカも高校からの入学なので、懐事情はミキの家と似たりよったりだろう。

しかしー、

「サツキ、あんたお腹空いてないの?」
ミキが言う。
「あ、これ割とアイスクリーム入ってるからお腹一杯になるんだよね。夕飯前だし。」
サツキが答える。
そう、涼しげな顔でコーヒーとアイスクリームのシェイクらしい液体を飲んでいるこの女は、小学校からの入学組なのだ。
心の中ではサツキを見下しているミカだが、高校からの入学組である自分と、エスカレーター式に進学をしたサツキを比べてコンプレックスを感じていた。

そして今現在は、スターバックスの中でラザニアを口に放り込みながらシェイクを啜る小学生にまでコンプレックスを感じている。

ミカは、あーあ、と思いながら空を仰いだ。生きてるってつかれる。

ふいに車のブレーキ音を感じて正面を向くと、きらりと光る赤い高級車が横づけされた。
「うわ、これポルシェのカイエンだよ。」
ミカが言う。
「カイエン?」
「一番安いモデルでも1千万円以上するやつだよ。YouTubeで見たことある。」
いったいどんなお金持ちが乗っているのだろう。
さすが高級住宅街が隣接する土地柄だと思いながら、運転席から出てきた人物を見て、ミカは目を見開いた。
「なにあれ、さっきスタバにいた変な柄のセーター着てるオヤジじゃん、あれ。」
「あ、ほんとださっきのオヤジだよね。あいつ、金持ちなんだ。」
極彩色のサマーセーターを着た小太りの中年男性は、店の中に入っていくとラザニアを食べていた小学生の男の子に声をかける。
小学生の男の子は笑顔で応じると、机の上に広げていた教科書を片付けはじめた。
「あー、あの子の父親か。父親がカイエン乗ってたら、2,000円のスタバなんか200円の駄菓子屋みたいなもんだよね。」
「習い事か何かの送り迎えだね。カイエンで。」
ミカは呆けたように、男の子と父親が店を後にする姿を追う。
サツキは興味なさげに、シェイクをすすっている。

「あれ、お姉ちゃんだ。」
店を出た男の子が、こちらを指さしている。
反社的にミキとミカは、サツキのほうに振り向く。
サツキは気まずそうに笑顔を浮かべる。

「お姉ちゃん、一緒に帰ろうよ。」
男の子がこちらに走って来る。父親も後を追うようにゆっくりこちらに歩いて来る。
「あ、どうもこんにちわ。サツキの学校のお友達ですか?」
父親が言う。
ミカとサツキは、はぁ、と言いながら頭を下げる。
「いつも娘がお世話になっています。ユウタ、お姉ちゃんは学校のお友達と一緒なんだから、一緒には帰れないんだぞ。先に帰ってような。」
父親は男の子の背中を軽くたたいて、車に乗るように促す。サツキは無言だ。
「じゃ、すみません。お邪魔しちゃって。失礼しますね。」
父親は笑顔で会釈すると、男の子のために助手席のドアを開ける。車に乗り込む前にもう一度会釈をして、カイエンは走り去って行った。

しばらく3人は沈黙していた。
「あー、あの人、サツキのお父さんだったんだ。」
「あ、うん。そう。」
「へー。お父さんさ、何してる人?」
「あー、小さな貿易の会社を経営してるんだよね。」
「ふーん。そうなんだ。」

ミカはメルトサンドイッチを口に運んで咀嚼したが味はしなかった。義務的にパンを咀嚼しただけだった。

私立高校に入ったものの、小学校からのエスカレーター組にコンプレックスを感じてきた。

冴えないサツキを同じグループに入れてあげたものの、エスカレーター組のサツキにマウントを取って、優越感を感じたかったからだ。

もっとヒエラルキーが低いのはオヤジだ。オヤジなんかスタバに来る資格などないのだ。
だって、スタバはうちらのような若者のためにあるのだから。

そう、そうなんだ。スタバはうちらのような高校生しか足を踏み入れてはいけない聖地なんだ。

じゃああの小学生の男の子は何だろう。

うちらよりもヒエラルキーが上なのだろうか。

じゃあ、スタバに来る資格がないはずのあの子の父親は、どうなるの?そして、その娘のサツキは…。

ミカの脳裏にはいつまでも虚無のような思考がまとわりついて、離れなかった。


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