湯治場で、年を越す⑫【繋がりゆく湯治の灯】
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鳴子は三寒四温となり、年跨ぎで寒波が訪れた後は暖かい日々が続いていた。旅館の南側には山があり、陽が昇り光芒が差し込むのは9時頃。昼前には路面の雪も徐々に解け出し、リハビリ散歩の距離も少しずつ伸ばしていく。
高東旅館を出てすぐ、通り沿いに以前から気になっていた看板があった。
「蕎壽庵」という蕎麦屋。ここから1.2キロ、裏山の方を登って行ったほうにあるそうだ。
実は1週間前、私は年越しそばを食いそびれていた。
大晦日の14時半に高東旅館を出発し、鳴子温泉駅近くの「姥の湯」へお引越し。通り沿いに「甚六」という蕎麦屋、駅前にも「ゑがほ食堂」、「ふじや食堂」も大衆食堂があり、そばを提供している。
昼休憩ありとの情報も確認したが、蕎麦屋にとっては一年に一度の書き入れ時。通し営業しているだろうという淡い期待もあったが、まさかの三軒ともに準備中だった。その後ローソンに寄ったが蕎麦は完売。代わりにパスタを食べるというお粗末な大晦日に。
出発を翌々日に控えた日。道の状態が良好だったので、1.2キロウォーキングチャレンジ「蕎壽庵」を目指す。昔なら5分あれば完走できたが、私は病に侵されてからは走ることができない。山の中を抜けて行くので、30分で計算。11時のオープンアタックに合わせ、10時半にヨロヨロと歩いて行った。
湯沢川沿いを暫く歩くと、丘陵を緩やかに登りやがて木漏れ日の中を進む。途中来た道を振り返ると、そこから川渡の街が一望できた。出発した高東旅館が遠くに見える。
更に奥へと進むと路面の凍結が出てきた。スローペースでの歩行、左右見渡しても店はおろか民家も一つもない。ただ所々で「蕎麦」と書かれたのぼり旗が出ているので、方向は合っている。
ちょうど30分経ったか、やっと林の中にポツンと「蕎壽庵」を発見。
こちらは住居も兼ねているのか、お洒落な一軒家のようだ。11時ピタリ、店主が暖簾を出していた。
綺麗な店内。ウッドデッキもあり、時期によっては景色を見ながらも気持ちよさそうだ。石臼挽きの二八蕎麦が売りのこの店。シンプルにもりそば（880円）をいただくことに。着座してから店を調べると、食べログ3.5に迫る高評価。ちょっと期待値が上がってしまったか。
待つこと10分。
見た目は繊細系の細麺、一般的な駅そばと同量ほど。口に運ぶと軟弱かと見せかけて芯の効いた力強い歯ごたえ。鳴子はかつて「日本一旨い水道水」と謳われた産地。水が美味ければ蕎麦も美味い、冷水で良く締められていた。
評価に違わぬ実力派に大満足。とは言え、年越しそばに代わるものではないが。。
帰りがけには数日前にも立ち寄った「竹野酒店」へ。この日は業務の都合もあり車を動かさなかったため、飲料をここで購入する。
店主 「いらっしゃいませ」
私 「こんにちは」
あれ、どこかで見たような顔・・・（前回は女性が接客してくれた）
私 「あっ、前に高東さんでお会いしましたよね？」
店主 「そうだ！あの時の！」
私 「こちらからいらっしゃっていたのですね」
高東旅館には地元の常連さんが何人か来る。付き合いで顔パスの模様、毎日の方もいれば曜日固定の方も。この酒屋からすぐ近くには「川渡温泉共同浴場」があり、地元の方はタダで入浴ができる。
湯に浸かりながら会話をした際、「この辺りの温泉もそれぞれ微妙に違う」、「私は高東さんが一番合う」と話していたのを思い出した。ハイボールを一本購入し、宿へと戻った。
玄関を潜ると、ちょうど湯治の達人Sさんが階段から降りてきた。
Ｓ氏 「急に静かになったね」
私 「お帰りはいつでしたっけ？」
Ｓ氏 「明日だよ」
私 「作用でございますか。とうとう私が最古参ですね」
そう話した後、部屋に戻るとまた土用波のような寂寥感に襲われた。部屋にはの至る所にお裾分けの品々。次々と帰って行った湯治客、私より若い方はもちろんいない。
「折角だから食べて」
「沢山食べて病気を治さないと」
お菓子に果物、お裾分けの定番ゆで卵も。
とてもあと一日では消化しきれない。こうして人から人へ、仁愛がお裾分けという形になり襷はつながれて来たのだろう。
「湯治という文化は、一つの宿がいくら頑張っても成立しない」
そう私に話してくれた高東旅館のご主人、その言葉がじわじわと涵養されていくようだ。
令和4年1月7日
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