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谷川温泉 男二人旅①【沼田の鄙びた中華屋】

 「ええ、あの日、脳が涎を垂らしたんですよ。年に数回起こるのです。熱くもなく冷たくもなく、源泉が人肌程度の湯温にアジャストした瞬間。整う?いやそれは、良質な源泉に浸かるとままあるのですが、『降臨する』という感じなんです。心身が一度分離して、蒼穹が暗転して、光の柱が降りてきて、円光を纏った弥勒菩薩と同化して、あれはもはや合法ドラッグですよ。脳から、ダラリと・・・」


 初夏の某日、私は友人のKさんを群馬県は沼田にある中華屋で待っていた。今年2月に湯宿温泉に同宿して以来4ヶ月振り。前回同様、彼が待ち合わせ場所に指定したのは、つむじ風でも吹けば建物ごと舞い上がりそうなほどの陋屋だった。

 トタン波板の外壁、黒ずんだ蛍光灯の袖型看板、恐らくこのビジュアルで不味いことはなさそうだ。そうであるとすれば、とっくに潰れているはずなのだから。

 「Kさーん、こっち」

 廃業した向かいのスーパーの駐車場に誘導し、私たちは再開を果たした。先に到着していた私は駐車場の場所が分からず、既に店内を下見の上、一人で切盛りする老婦と顔を合わせていたのであった。

私 「かずのや食堂ですか。知りませんでした」
K 「以前湯宿ゆじゅく温泉の帰りに寄ろうとして定休日だったところです。その前にも来たのですが休みで、私も初訪です」
私 「結構パンチ効いてますよ、この店」

かずのや食堂

 うなぎの寝床のような店内。テーブル席の奥の座敷に座り、メニューを見て私たちは驚嘆した。

K 「ラーメン350円、半カレー付けても600円ですね」
私 「2,000円のラーメンが売れる時代ですからね。利益出しているのか」
K 「半分道楽なんでしょうね」
私 「去年老神温泉の帰りに川場の『いじまや食堂』に寄りました。経済ラーメンというのがあって、330円でしたよ。『おおつき食堂(※群馬原町の名店。焼肉屋兼ラーメン屋)』スタイルで、各テーブルにロースターが埋め込まれてました」

K 「群馬でも都市部から離れると出てくる価格です。永井食堂もラーメン320円です」
私 「田中邦衛の『子供がまだ食ってる途中でしょうが!!』のあの店でも500円なんですよね。40年前のドラマのはず」
K 「時が止まってますね。そう言えば上牧のくるりのラーメンも旨かったですよ」
私 「私がミスってカレーうどんを頼んでしまったところ」
K 「卵かけご飯無料も有難いですね。300円くらいで売ってるところありますから」

 与太話をしている間に厨房から声がかかった。こちらはセルフスタイル、私はラーメン半カレー、Kさんはラーメンとチキンピカタを注文していた。水の張ったグラスにスプーンが挿してあり、昭和の食堂の雰囲気を一層際立たせていた。

ラーメン半カレー 600円
水の張ったグラスにスプーンが
ラーメンとチキンピカタ 700円

 ズルズル

私 「・・・うん、上でも下でもない。思っていた味です」
K 「70点を100の力で作るとこうなります」
私 「毎日でも食えますね。350円かぁ、やりますね」
K 「ピカタも旨いですよ」
私 「カレーも何の隠し味もないです。欲しかったやつ」

 テーブルと座敷の店内、常時数組が着座し、定期的に客が入れ替わった。

K 「『杯一(※猿ヶ京温泉のオンボロ中華屋)』に比べると安牌でしたかね。普通に旨いです」
私 「あそこ靴下干してありましたからね。こちらは人気店のようで。悲しいかなもっとエッジが効いた店の方が感動がデカい。ささの湯(※片品村の一軒宿・ぬる湯の超名湯)から北に行ったセブンの先、エグい中華屋が2軒向かい合ってるところがありまして、、」
K 「あ、なんか知ってます。突撃する価値ありますね。満州飯店(※老神温泉近くのボロい中華屋)のそばにもエグい寿司屋があります。流石に入る勇気なくて」
私 「まだまだ開拓の余地がありますね」


 「そろそろ行きますか。水上駅でYさんが待っています」

 この日、湯治仲間が隣の温泉地にいることを数日前に知り、3人で合流する運びとなっていた。群馬の温泉に精通し、嗜好もニアな2人との鼎談を前に、私は異様に高揚していた。

つづく

かずのや食堂 メニュー一例

<続きはこちら>

<猿ヶ京温泉 杯一の記事はこちら>

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