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湯治場で、年を越す③【いつもの高東旅館へ】

<前回はこちら>

 4度目の長期滞在となる鳴子温泉。
車で街を抜けると僅かな変化にも気付くようになる。以前なかった鉄塔が川渡エリアを横切るように新設されていたり、鳴子御殿湯駅前に立派な公民館兼総合支所が新築されていたり。

 その一方、心配なのが湯治宿の廃業。
初訪の時点で既に廃屋も多かったが、この数年で新たに閉館した宿もパラパラと。1年半前に浸かった「こはく湯の宿 中鉢温泉」は現在も閉まったまま。休館か廃業か不明瞭だが、袖型看板の灯が消えて久しい。

 モール泉の様なべっ甲色の源泉は、いかにもというツルツル系美肌の湯だった。休憩所の大部屋があり、地元民が座布団を敷いてひと眠り。微笑ましい光景が思い出される。

 
 東鳴子温泉街の対岸、江合川に架かる橋梁を渡った先にあった老舗旅館「紅せん」。こちらは未湯だったが、今年の2月に倒産した。孫引きだが、疫病拡大の影響及び、旅館業の救済措置と銘打ったキャンペーンの打ち切りが決定打となった。

 今年春にはまだ看板が掲げられていたが、現在はそれも取り外されもぬけの殻になっていた。諸行無常、有為転変・・・到着直後から哀憐の情が沸々と。。いかんいかん、気を取り直し「薬王堂」で自炊材料を一式購入。

 13時のチェックイン時刻ピタリ。
半年振りに「高東旅館」へ到着。帳場に行くと女将さんの姿が見えた。


私  「ご無沙汰しております。暫くお世話になります」
女将 「あれから大丈夫だった?体調はどう?」


 やはりうれしいこのやり取り。
常宿となりつつある本宿、女将さんはいの一番に体調を案じてくれた。
私は人の顔をすぐ忘れてしまうので、つくづく接客業の方を敬服する。以前2週間滞在したとは言え、その時も館内でマスクをしていたので顔半分は隠れている。

私  「まあ、、ちょっと寒さで痛みが、」
女将 「そうよね、ゆっくりしていって」
   「使い方はもうわかるよね?」
私  「ええ。あとはやりますので」

 
 湯治場とその他温泉宿を区分けするならば、「懐郷」を感じるかどうかに尽きると思う。ここには展望露天風呂もなければ、正装のスタッフもいない。だが美しき緑の丘陵が広がり、清流が三方を囲むように流れている。
 闘病の末辿り着いた「高東旅館」に、私は宿縁とも思しき強烈な懐かしさを感じるのだ。

 「帰ってきた」

 そう思わせる気取らないご主人と女将さんの歓待。
庭先の升から湧出する正真正銘かけ流しの源泉に身を預け、暫し痼疾の治療と向き合う時間だ。


私  「女将さん、そう言えばちょっとお聞きしたいことが」
   「31日と1日、空いてないですよね?」
女将 「そこはもう満室。ごめんね。2日からは調整できるよ」


 通院と勤務の都合、また直前に体調を崩したため予定が組めず、宿の確保が遅れた。高東旅館から動きたくはなかったが、大晦日から三が日は飛び石になり、別の旅館への移動を余儀なくされていたのだ。
 
 じゃらんでは取れなかった2日と3日の予約、その場で女将さんにお願いすることに。4日から7日までは事前にサイト経由で確保していたので、年明けは6連泊となる。

 
 先ずは大晦日まで一週間の滞在。荷積みはちょっとした引っ越し作業のようだ。凝結した背中の痛みを取るため、衣類や食料の他に円柱型のストレッチポールなども持ち込む。湯上り後にゴロゴロ、動画を見ながらヨガの真似事を行ったりもする。

 案内されたのは私にとっては特別部屋。
カーテンを開けるとすぐそこに源泉升が。耳を澄ませると、微かにボコボコと湯が揚がる音がする。絶景ポイントをワンショット。

 升のすぐ横に浴室があり、その距離僅か数メートル。これだけ鮮度の良い源泉をいただけることは、湯巡りをしていてもそう多くは出会わない。

 
 部屋で小休止。水分補給をしたところで着替えを済ませ浴室へ。
一歩一歩近づくに連れ、心地よい硫化水素臭が漂う。浴槽を満たす緑礬色の湯の底には、細かい白綿のような湯花が沈殿する。

 表層は流石に激熱。少々我慢し身を沈め、桶を使ってセルフ湯もみ。湯花が舞い上がり、渾然一体となり若干の白濁を纏う。暫し湯に浸かっていると、ジワジワと効いてきた。

 前日の飯坂が外から効くのに対し、こちらは内側から。温まりが非常に早く、ものの数分で頭皮から汗が滴り落ちた。グッタリくるので長湯は禁物、時間はあるので一度の入浴は15分まで。これを一日5回繰り返す。

 入浴後は柔軟性が出るので部屋に戻るとストレッチを行う。
バキバキの身体が徐々に解れて行き、数日間続けると全身痛が和らいでいく。自宅でも同じように湯に浸かりストレッチをしても、絶対に同じ効果は得られない。


 夕食時、野菜類や食器を整理し調理の準備に入る。
その時、廊下から私を呼ぶ声が聞こえた。戸を開けると、ご主人が廊下に立っていた。

                          
                          令和3年12月26日   

綺麗な玄関 フロントではない
部屋からの絶景 源泉升を発見
ボコボコと音がする
ストレッチ器具

<次回はこちら>


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