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映画『マイ・ブロークン・マリコ』にみる人間の弱さ、その綺麗さ。

映画『マイ・ブロークン・マリコ』をみた。
総じて、自分がとても好きだと思える映画で、今年みた邦画のベスト3のうちの1つになった(他2つは『PLAN75』と『his』)。

原作漫画は知らない状態で見たので、どこまでが漫画の再現でどこからが映画上の演出なのかは知らない。
いずれにせよ、とても印象に残る作品だったし、鑑賞後、原作漫画を読もうと思った。

自分が一番良いな、と思ったところは、この作品が人間の汚さや弱さを綺麗に描き切っているところであった。
ブラック企業で働く主人公が自殺した友人の遺骨を海に連れていく、という設定の本作。
うがった見方をすればこうした設定は、安易な感動ドラマや非現実的な旅行記になってしまう可能性もある。

しかし、である。
この映画『マイ・ブロークン・マリコ』はそんな単純なところには落ち着いていなかった。
主人公(演・永野芽郁さん)も、自殺した友人(演・奈緒さん)も、旅先で出会う漁師(演・窪田正孝さん)も、みんな弱くて薄くて今にも壊れてしまいそうなところをさらけ出していたのであった。
そういった悲しいほどにリアルな人間の在り方が描かれていたからこそ、この物語の美しくて儚いところも際立っていた。

鑑賞中、なんでそんなことになるのか、もっと良い道があるではないか、と何度も主人公たちに言ってしまいたくなる場面があった。
そんなに痛い思いをしなくても、そんなに辛い現場にいなくても、逃げ道はあるじゃないかと第三者である私は安易に思えてしまうのである。

しかしこの作品は、そんな情けを主人公たちに決してかけない。
どこまでも第三者として、登場人物の人生を淡々と描く。
かれらの生に対して不自然な褒美を与えたり、介入したりということを決してしないのである。
それが、すごく、いい。

この作品が主人公たちに投げかける眼差しは、容赦がない。
これはきっと、かれらの物語を知らない他者(世間)がかれらに投げかける目線と似ている。
そんな眼差しを通じてみるからこそ、かれらの生の切なさや頼りなさが鮮明に浮かび上がる。
そのどうしようもない感じが、とにかく美しいのである。

わたしたちは、強いヒーローや完全無欠な人物が好きだ、と思われているし、自分らでもそう思っている節がある。
しかし、本当に強くて美しいのは「弱さ」なのではないかと、この作品を観た後には思わずにいられないのである。

主人公のシィちゃんも、親友のマリコも、弱さがにじみ出ている存在である。
第三者の観客からみても彼女たちは傷まみれで、しかしそれでも、それぞれの形で強い生を生きている(生きていた)のであった。
その在り方がとてつもなく美しくて、きれいで、思わず涙を流さずにはいられない。
そんな不思議な鑑賞体験をしたのだった。

また個人的にすごく驚いたのは、永野芽郁さんの演技である。
失礼ながら永野芽郁さんといえば、青春映画でいわゆる可愛らしく明るいヒロインを演じていたようなイメージが強く、てっきり本作でもそういったキャラクターを演じているかと思っていたのだ。

しかしその先入観は全く覆された。

ドスの利いた声。猫背。ガニ股で煙草を吸う。
とにかく、なんていったらいいのか、リアルな鬱憤をためた"人間"が画面の中にいたのだった。

この作品はフィクションであるからして、正直現実的にはあり得ないだろう!みたいなシーンもちょいちょい出てくる。
しかし、永野芽郁さん演じるシィちゃんの恐ろしいほどのリアルさが、そんなシーンへの違和感も拭ってくれたのあった。
(もちろん、カメラ・音声・美術、演出等々の力量もあるだろう。)

これにはもう、俳優としての永野芽郁さんの没入っぷりに感嘆せずにはいられなかった。
そしてぜひ、このシィちゃんのような、なんというか作られた"女"ではないキャラクターを見ることができる映画が増えれば良いなと思ったのだった。

それから、窪田正孝さんのどこまでも飄々としていて存在感のない(これほんとに誉め言葉)演技もすごくよかった。
フライヤーを見たときに窪田正孝さんが出てくるということを知って、きっと重要で強いキャラクターなのだろうと思っていた。
が、そういうわけではなかった。

窪田さん演じる漁師のマキオは、シィちゃんとマリコのストーリーにはかかわってこない。2人の物語が完結することを決して邪魔しないのである。
一方でシィちゃんの旅路をサポートするという点では完璧に必要なキャラクターでもあって、その存在感の塩梅が絶妙なのだった。


さてそんな感じで、映画『マイ・ブロークン・マリコ』は自分の心に残る強い作品であった。

人間の弱さや汚さをとことん見せられ、だからこそ、生きることへの希望も湧いてくるというこれまでにない感覚を味わうことができた。

弱い人間がとことん弱く生きること。その頼りなさは、きっと美しいのだ。

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