ち あ き
窓際の後輩くんはお人好しすぎる
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窓際の後輩くんはお人好しすぎる

ち あ き


私がはやく職場に着いても、
もう既に一年後輩のヒロタくんは
席に座っている。
彼の席は事務室のドアを開けて真っ直ぐの
窓際にあるので、
部屋に入ると一目で
出社していることがわかる。

小柄に、おっとりした目の温顔で
小岩井のカフェオレをよく飲んでいる。

彼とは係が違うので
朝は特段会話するでもなく、
軽く挨拶を交わすくらいで私は席に着く。


静かな空間と朝の新しい空気の中だと
作業が捗る。
だから私も、早く出社するのは好きだ。
しがない経理職員の私の机には
気を抜くとすぐに伝票がたまる。

彼の早出出勤は
入社して以来2年間、ずっと変わらない。
きっと彼はこの先も
このリズムを崩すことはないのだと思う。



動きがちょっとカタくて律儀な彼は、
いつもあまり多くを話さない。
その分周りで飛び交う人の話を、
資料に目を落としつつ
時たま微笑んで聞いている。

陽気で、日々弾丸トークを繰り広げる係長、
飄々と仕事を捌き必ず定時ダッシュを決める先輩
美味しいお店にやたら詳しいキザっぽい先輩に、
よく笑い、世話焼きで、話が長い契約社員さん
etc.・・・
個性派揃いのあの係の中で彼ひとり
自己主張が少ないので
はたから見ていて心配になることもあるけれど

ヒロタくんのすごさを、
私はよく知っている。

彼はいちばん早く職場に着いてから、
事務室のドアの鍵を開け、
窓を開けて換気して
必要であれば空調の電源を入れる。
4社の新聞を綴じ具に整えたら、
部屋にある加湿機の水を取り替える。
それから、係の棚に届いた書類を
担当者ごとに振り分け、
その人の席にふせて置いていく。 
他の部署から問い合わせがあれば
進んで話を聞いて対応するし、
物品の補充をしたりもする。

それを毎朝、そつなく、
さりげなくこなしている。
さも、ボクは何もしていません、という顔をして
誰にも知られないうちに
みんなが快適に仕事が始められる環境を
整えているのだ。

会社に元々そんな慣習があった訳ではない。
ヒロタくんは、周りを見て、
必要な作業を自ら見出し
いつの間にかそれが
彼のルーティンになったのだ。

みんなはその後出社して
何も知らないまま仕事に取り掛かる。
良くも悪くもごく自然に、スムーズに、
いつもと変わらない朝が始まる。



***

私たちは、
一対一の親切にはすぐに、
「ありがとう」が言えるけれど
大勢に向けられている親切に対しては
感謝を言葉にすることに
慣れていない。

ましてそれが
知らない合間に済んでいる、
いつもの事、となると余計に

誰がしてくれているかなんて
気にも留めなくて、
感謝の気持ちなど毛頭浮かんでこない。

でも
そこにはたしかに人がいて 、
その人のやさしい心くばりが隠れている。



***



今日の彼は、
通路側にある棚の整理をしていた。

私は、
「いつも、すごいね」
と声をかけた。
そしたら
「え、いやいやいやいや、ボクは何も」
と高速に手を横に振りながら
否定をされてしまって、
ちょっと笑った。


だけど、
やっぱりキミは、とてもすごい。

こういう、見せない心くばりを続けられる人は
そういない。
その心くばりに、
みんなが気持ちよく働ける場所が
支えられているんだよ。

「私、実はもうすぐ仕事
辞めることになってるんだ。
結婚するから引っ越すの。
だから、言えるうちに
言っておこうと思ってさ、、

毎朝こうやって色々やってくれるおかげで
みんな助かってるよ、ありがとね」

キョトンとした顔から
ふっと頬を緩めてヒロタくんは
「ありがとうございます」と笑ってくれた。
それから思い出したように
「え、辞めちゃうんですか」と。



これから彼はどんどん立派な会社員に
なっていくんだろう
一緒に働くことができてよかったな
それにしてもさっきのは
私の方が緊張してしまったけど。
言葉にして伝えられて、本当によかった

色々考えていると
つい顔がほころんでしまう。

カレンダーに目をやると
私の最終出勤日まで
あと2ヶ月を切っている。

嬉しいような寂しいような。

あと少し、私も
一緒に働く人たちの役に立てるよう、
働こう

背筋をスッと伸ばし
いつになく爽やかな気持ちで
私は机に向かった。

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ち あ き
26歳、日々の綴り。 本、ことば、朝、お花、木綿のお豆腐が大好きです◎