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どこかへ 2012年10月のバンコク、チェンナイ、マイソール

2012年10月にタイのバンコク、インドのチェンナイ、マイソールに行ってきました。
この時はNEX-5を連れていきました。

バンコクのホテルは当時の会社の事務所に近いプルマン バンコク キング パワー ホテル、立派なホテルでした。部屋には日本語の新聞も置いてありました。

プルマン バンコク キング パワー ホテル
バスルームには生花も

打ち合わせの後、現地の駐在員の人たちと会食に出かけました。
Khrua Nai Baanというタイ料理の店で、いろんな種類のタイ料理を楽しみました。大きなエビまで出てきて、十二分に堪能しました。

タイ料理 Khrua Nai Baan
タイの海鮮料理

バンコクの事務所での後半の打ち合わせも済ませ、バンコクの空港からインドはチェンナイの空港までタイ航空のフライトでした。チェンナイの空港から市街地までは20kmほどだったと思います。
チェンナイのホテルはThe Accord Metropolitan、朝食はブッフェですが、どれもカレー味だった気がします。
前回のインド訪問では水と食器と食事に気を付けて、お腹についてはことなきを得ていましたが、この時はヨーグルトにチャレンジしました。現地のヨーグルトを食べれば、腸内細菌がインド風になって多少のトラブルを解消してくれるんじゃないか?という仮説に基づき、朝食で素焼きの壺に入ったヨーグルトを食べました。
結果的に色々と食べましたが、お腹の調子は大丈夫でした。本当にヨーグルトが効くのか?検証は必要です。

インドの朝食、豆とイドゥリなど

時間に余裕があるからとチェンナイの事務所長が市内観光に連れて行ってくれました。市街地から南へ車で1時間ほどのところ、クリシュナ・バターボールという観光地です。
古い遺跡のようで、その中心には斜めの岩盤の上に不安定に置かれた大きな岩があります。この岩がバターボールです。とても微妙なバランスで静止しているように見えますが、僕が押したくらいでは動きません。固定されているわけではないですが、何せ大きな岩ですから、それなりに安定しているんでしょう。
岩の下はやや涼しくて、人もヤギも休んでました。
遺跡に刻まれているのは、ゴヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナの物語や女神ガンガーがこの世に降りてきた時の物語のレリーフだそうです。

チェンナイの市街
ここからバターボールを見にいきます
クリシュナバターボール近くの遺跡
バターボール
バターボールの下で休むヤギ

バターボールは観光地なので、お土産物屋さんもありました。
石の細工物があり、白い石を彫って作った象の像を網目状に器用にくり抜いて、象の体の中に小さな象を彫っている置物がありました。象の中に小象がいることになります。値段は覚えていませんが、とても安かったと思います。今も家の玄関にあります。あんなに重いものをよく持ち帰ったものだと思います。
遺跡の近くでは何やら宗教儀式のようなものが行われていて、現地の人によると、あれがバラモンの人たちの仕事なんだということでした。ヒンズー教だと思いますが、よくわかりません。

石を彫った象の置物があり、買ってきました
バラモンの人たちによる宗教行事らしい

お昼は定番のミールスです。
この時は最初に盛られるご飯の量を抑えてもらったので、がんばって完食できました。

南インドのランチはミールス(ベジ)です
ミールス、いただきました
チェンナイ市街、工事が多かった印象

夕食もやはりインド料理です。他に選択肢はなかったと思います。
一言で言えばカレーの味なんですが、一つ一つの料理の味と香りは違います。素材も違って食感も違います。インド料理も奥深いなあ、と思いました。
Kothmir Vonkaya Koora(コリアンダーとチリベースのソースで煮た柔らかいナス)とか Tomato Pappu(ニンニクとクミンで調理したトマトとレンズ豆)、Mirapakaya Pattani Curry(カシューとココナツベースのソースで調理した黄色いペッパーと緑豆)など、メニューを撮った写真を参考に説明してみました。ライスやドーサと一緒に食べたようです。

ディナーももちろんインド料理です
いろんな種類があって、結構飽きません

チェンナイからベンガルールまで飛んで、そこから車でマイソールに向かいました。ベンガルールは昔バンガロールと呼ばれていたところで、2006年からベンガルール(Bengaluru)と呼ばれる(というかそう発音、記載する)こと(内務省の許可が遅れて、2014年から正式)になったそうです。2012年当時は、非公式にベンガルールだったことになります。
マイソールに向かう途中のレストランでランチになりました。Bhaginiというアーンドラ料理(南インドアーンドラ・プラディッシュ州の料理)の店で、西で海に面するカルナータカ州の街らしく?魚料理もありました。大きな魚(サワラのように見えた)をタンドリーで焼いたような料理で、それまでにインドで食べたものの中で一番印象的でした。味も見た目もスゴイと思いました。焼き具合も絶妙で、美味しかったです。

チェンナイからベンガルールの空港へ
ベンガルールからマイソールに向かう途中のレストランBhagini
魚をタンドリーで焼いたような料理
ベンガルールからマイソールへ向かう途中の街

マイソール到着はやはり夜中でした。インドはとても広くて当時は道路もそれほど整備されていないので、想定以上に時間がかかりました。夕方までには着くだろうと現地の同行者に言われていましたが、夜中になっても「まあ、こんなもんだよ」という感じでした。そうなんでしょう。ホテルはRegaalis Mysuru、立派なホテルでした。今はSouthern Star, Mysoreというようです。

マイソールのホテル Regaalis Mysuru(今はSouthern Star)
朝のマイソールの市街

マイソールの目的地はCFTRIという国立の食品研究所です。この研究所との共同研究の打ち合わせが目的でした。
話は進んだと思うのですが、ここの先生が話好きで、さらに大量のお茶とお菓子で歓迎してくれるものですから、とても時間がかかったのを覚えています。建物は昔のマハラジャの王女の住まいだったらしく、時間はゆったりと流れているようでした。

食品の研究所 CFTRI
CFTRIの味嗅覚研究分野です

帰り道でタマリンドの木を見つけました。日本ではペーストでしか手に入りませんが、生の実が木になってました。齧るとあの酸っぱいタマリンドの味です。しかもフレッシュでした。
その近くでは、テントで野菜を売っている店も見かけました。豆、根菜、おくら、唐辛子、トマト、ウリなど、新鮮そうな野菜が並んでました。量り売りですね。

タマリンドの木を発見
ロードサイドで売られてる豆、根菜、おくら、唐辛子など

ベンガルールの空港は当時できたばかりで、しかもすでに拡張工事が始まってました。空港への入場が制限されていたり、そのルールがうまく運用されていなかったりで、かなりゆったりと構えることを余儀なくされました。開発がとても速く進み、インフラの整備が追いついていない印象でした。道路は未舗装のところもあり、市街を抜けるには渋滞覚悟でした。多分、今はずいぶん変わっているんだろうと思います。

帰りもバンコク経由でした。
インドと日本との間では、デリーかムンバイだけが当時直行便のある街でした。

バンコクの空港で乗り換えました


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