見出し画像

夜色の猫

徐々に青く染まっていく
たまらなく美しい街並みを見つつ
内では湿気が顔に抱擁するので
たまたまそこにある硝子を開けると
夜が、すらっ と入り込んできた。
と、夜は言うんだ。

「随分とまあ、狭い昼だこと。
こんなんじゃ、あたし入れないわ。」

黒、という印象の猫なで声で、続ける。

「空を見て見なさいな。昼は向こうにあるのだから、それを追いかければいいわ。」

確かに遠くにはまだ、夕焼けが燻っている。
それに向かって、走っている人もいる。
顔は見えないがきっと笑っている。

「こんなむさ苦しい部屋で寝てばかり居たら、そのままあなたも湿気になってしまうわ。」

ふと左足を見ると、既に霧がかって
触れてもそこにあると感ぜられなかった。

参ったな、これじゃ歩けないよ、昼に飛び込めないのは残念だけれど、僕の人生は夜に溺れるだけでいいんだ、既に僕は僕の部屋の高さも知り尽くしている。

と、左手もまた、光が通り過ぎ始めた。

ほらダメだ。これをご覧よ。僕にはこの寂れた部屋がお似合いなんだ、彼らは輝くべき風に生まれた、彼らはあああるべきなんだ。

そしたら黒猫、きょとんとして

「あら。もし心の底からそう思うなら、部屋なんか作って昼に浸りたいと思わないわ。あたしが来たことが何よりの証拠じゃないの。」

さぁ、立ちなさいな。
あなたにだって走れるから。

その瞬間、部屋が、今までそこにあった、数十年僕が篭もりきっていた、僕自身が建てた、価値観とも言うべき壁は、嘘のように霧散していた。
見ると左手もあるし、足もそこにある。
かってないほどに脈打っている。

無我夢中で夕焼けに走り出した。それを朝日にするべく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?