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十六夜の月【sixteen's puzzled】

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2020年10月1日(木)

今日の月は所謂、中秋の名月というやつだ。

せっかくだから家の縁側に座って、姉妹でお月見をしようということに急遽なった。

今夜は暑くもなく寒くもなく、外に出るにはちょうどいい気温。どこかで鈴虫が1、2匹鳴いているようで、家の庭なのにとても風情がある。

肝心の天気は快晴ではないものの、幸いなことに雲もそれほど多くはなかった。

「今日のお月様は満月、十五夜お月様なんて言われたりするけれど、その次の日のお月様はなんて言うか知ってる?」

隣に座っている妹の椋(りょう)に適当に話しを振ってみる。

「ん~ほぼ満月とか?」

「そのままね」

直球過ぎて、少し笑ってしまった。ボーリングの玉になったお月様がレーンを転がりストライクを取る空想が広がる。

「意地悪しないで教えてよ、杏(きょう)姉さん」

「はいはい、『十六夜の月』と書いて、『いざよいの月』っていうの」

話しながら、その辺にあった木の枝で、土の上に「十六夜」と漢字で書いて説明する。十五夜お月様の光に照らされて、灯りが無くとも、どんな文字かはっきりとわかる。月明かりで少し陰影のついた文字に、どこかの映像特集でやっていた月面の風景が頭に浮かんだ。

「なんか『いざよい』ってカッコ良くない?厨二っぽくて」

「あなたは厨二じゃなくて中三でしょう?」

「わざと言ってるでしょ」

椋が怪訝な顔で、わたしを覗き込んでくる。

「もちろん」

そうに決まってるじゃない、って顔をしながら答える。

「それはそうとなんで十五夜はジュウゴヤなのに十六夜はジュウロクヤじゃなくて『いざよい』って言うの?」


「何でそのまま言わないかわ知らないけれど、由来は『猶予う(いざよう)』躊躇するという意味の古語から来てて、十六夜の月は、満月の十五夜の日より、周期の関係で50分遅くれてやってくるからなんだって、科学の先生が自慢気に言ってた」

科学の先生と聞いて、椋の瞳が瞬時に輝きを増した。

「あっ中学校でも有名だよその先生。あだ名が髭ダンなんでしょ?」

わたしの高校に通う子で、妹の中学に兄弟や姉妹が居る人が多く、特徴のある先生は話題に上がるらしい。

「一回くらい見てみたいな~、杏姉さんは見たことあるんでしょ?」

「そりゃま~授業があるから」

うらやむような顔でお月様なんか見ずに、妄想に浸っているみたいだけれど残念ね。噂に尾ひれがついているらしかった。

「椋が思っているような容姿や声ではないと思うわよ?それにオフィシャルな本家は髭生やしてないし」

「髭ダン先生は髭が生えているから髭ダンって言うの?」

「ボサボサの黒髪に黒髭で、風貌は和製アインシュタインって感じかしら。いや野口英世にも似てるかも、声は…なんだかにゃむにゃむしてる」

それを聞いて、あからさまに椋の態度が変わる。

「声がにゃむにゃむって何?!え~もがっかりした、だったらもうアインシュタインとか野口でいいじゃん!」

くくっ、と堪えていた笑いが漏れる。

あだ名ってノリで付くこともあるからしょうがないわね、と小さな声でフォローしておいた。

その後、ああだこうだと一通り文句を言い放った椋は落ち着きを取り戻した。

二人して喋らずにこうしているだけでも、時たま吹く風に、すすきが揺られてさらさらと擦れる音や鈴虫の音色が柔らかくて心地よい。静寂ではない時間が流れていく。

あたりが少し暗くなったなと思って、見上げればお月様には少し雲がかかってきていた。

「ああ~来年は私も16歳か~」

静かだった椋がため息交じりに喋りだす。

「少しの間だけれど、わたしと一緒の歳になるわね」

「歳は取りたくないものですな~」

「まだ15でしょ」

「もう15だよ?30歳から考えれば、ちょうど半分」

30歳って基準はどこからやってきたの?どこの時代に生きているんだ椋よ…

現在の平均寿命は、男で81歳、女で87歳だっていうのに。

明治・大正時代の人でさえ、平均寿命は45歳程度だったというんだから、それより前。どこの時代か、平安か、平安時代に生きておるのかお主は。

と心のなかで、ひっそりと椋にツッコんだ。

「はぁ来年から高校かぁ~」

足をぶらぶらさせながら、また息多めな言葉が聞こえる。

「なんだか気乗りしないみたいじゃない」

「いやだってさ~、まだ終わってはないけれど、これまでの中学校生活、なんだかんだ言って楽しかったからさ~」

「わたしと同じ高校に入るなら髭ダン先生も見られるよ?」

意地悪でそんなことを言ってみる。

「野口アインシュタインはもういいから!」

自分で言いながら笑っている椋の頭の中では、いつの間にか髭ダン先生のあだ名が野口アインシュタインになっているらしかった。

「これが噂に聞く、マリッジブルーならぬ進学ブルーってやつかしら」

「わかんないけど~」

「15歳には15の楽しさが、16歳には16の楽しさがあると思うわよ?分からないけれど」

「そうなのかなぁ~」

「まあでも、まだ中学校でのイベントも残っているし、最後まで楽しめたらいいんじゃない?」

わたしがそう言うと、椋は何かをはっと思い出したように立ち上がった。

「そうだった!私には2週間後に控えた最後の文化祭を成功させるという大きな使命があったのだった!」

さっきまで気落ちしていたのに、変わり身の早さに驚く。

「文化祭の実行委員かなんかになったの?」

「いや全然」

平然とした顔で言ってのけて、空を仰ぐ手のひらが左右に踊る。そしてそのあとは、なにやらもそもそと独り言を喋っている。

きっと文化祭のことについて考えているのだろう。

文化祭実行委員でもないのに勝手に大きなものを背負い込んでいるのね、

とは言わないでおいた。

それでも椋の、何かを一生懸命したり楽しもうとする姿勢には感心する。

わたしは少し冷めた視点で、ものを見てしまいがちで、悪い意味で達観しているところがあるから。大きな熱量でものごとにぶつかっていける妹を少し羨ましく思ってしまう。

どちらかというと自分は、前衛というタイプではなく後方支援のタイプだから。

適当に16歳には16の楽しさがあるなんて言ってはみたものの、椋を励ますために言ってみただけで私自身、楽しんでいるかと問われれば、そんな自覚はあまりない。今年も残すところあと3ヶ月。

今までの9ヶ月間を自ら振り返って、特にたいしたことをしていない自分に気づく。

高校にも慣れてきたし、わたしも椋に倣って本気で何かに取り組んでみようとか、それでも、さっきみたいに椋には椋なりの悩みや困惑もあるのだろうとか、自分のことと椋のことが混ざりながら取り留めのないことを考える。考えては霧のように実態なく消えていく。

辺りが暗い。

いつの間にか、お月様はすべて雲に覆われてしまっていた。

「お月さまにはさ、ウサギが住んでるっていうよね?」

見えない月を見ながら、思いついたことを何気なく口にする。

「あの耳の丸くて黒い、でっかいやつね!」

「それはウサギじゃなくて、ネズミでしょう?有名な」

「マッキーね!」

「それはマジック。ミッキーね」

「よくわかったね杏姉さん、そうそう!それ、ミッキーマウチュ」

そう言って、椋は口をアヒル口にしている。

なんなんだろう、その無駄なアヒル口は…

ミッキーにかけてドナルドダックのマネをしているのだろうか…

このドナルドダックがわざとこんなことを言っているんだと思いたい。高校受験が少し心配になってきた。

高校受験には流石にミッキーは出てこないだろうけれど、生物学的にウサギとネズミの区別はしておかないと理科の点数が危ういことになりそうだ。椋なら本気で間違えかねないから安心できない。

というよりその歳でミッキーがすぐに出てこないのだから椋も変わっている。

「もう、話が斜め上の方向に逸れていってるじゃない」

「ごめーん、で何を言おうとしてたの?」

「…忘れちゃった。でも代わりに頭に浮かんだことがあるわ」

「何々?」


「Disneyland will never be completed. It will continue to grow as long as there is imagination left in the world.」


「いきなり英語の勉強ですかっ!?英語苦手なんだよね~」

「これはウォルト・ディズニーの残した言葉で、『ディズニーランドが完成することはない。世の中に想像力がある限り進化し続けるだろう。』って意味なんだけれど、これって日本の『日光東照宮』に通ずるところがあるとわたしは思うの」

「どゆこと?」

「日光東照宮の陽明門は、柱が魔除けの意味も含めて一本だけ逆さ柱になっているのだけれど、これは『建物は完成した瞬間から、崩壊が始まる』という思想の元に、わざと不完全な状態にしてあるの。古い書物などにも『完全なものは美しくない』って書かれていたりするくらいだから」

ちなみにここ!高校入試で出題されます、なんて嘘をつく想像をしてみる。

「どちらもまだ完成してないぜ、ってところが似てるって事ね」

「そういうこと!」

「だったらお月様も似てない?」

隠れているお月様を指さして椋が話を続ける。

「満月になって、また欠けては満ちていくでしょう?」

ん~そうなのかな?と考えていたところで、ふと思い出した。

「あっ!さっき言おうとしてたこと思い出したわ、でも大したことじゃないけれど」

「じゃ今度は忘れないうちにどうぞ」

そう促されて話しだした。

「古代中国では月のうさぎは、杵を持って不老不死の薬をついていると考えられていて、これが日本に伝わり満月を表す言葉の「望月もちづき」から転じて「餅つき」になった、というどうでもいい蘊蓄でした」

思いつきで考えてたことだからこんなもの、って思っていたけれど、思いのほか真剣に椋は黙って何かを考えてくれていた。

のかと思えば、

・・・・・・満月・・・・・望月・・・・餅つき・・・おもち・・

小さな呟きが聞こえてきた。椋の頭で巡る連想をただただ聞かされる。仕方ない、終着するまで待ってあげよう。

「わたしもその話で思い出した!お団子!お話に夢中でお団子食べるの忘れてた!」

そんなことだろうと思っていたわ。

「どうせ今日の宴だってお団子目当てで開催したのでしょう?」

「ばれた?」

にししと笑う椋はとても嬉しそうだ。

「おだんご♪おだんご~♪」

「花より団子ね」

「それ言うなら月より団子でしょ?」

そうね、と少しあきれ気味に答えつつ空を見上げれば、話しているうちに雲は流れて、お月様がまた顔を出してくれたようだった。辺りが明るく照らされる。

「今日だけじゃなくても明日も見ようよ、せっかくだし十六夜の月も。姉妹でゆっくりと話す機会なんてあんまないんだからさ」

お団子をほおばり、口をもぐもぐしながらそんなことを言う。

「明日もお団子食べようって魂胆ね」

「ま、いいからいいから」

そう言いながらぽん、ぽんと肩を軽くたたいてくる。

「しょうがないわね…わかったわ」

「約束ね」

わたしとの約束を早々ととりつけると、またお団子をほおばりながら月を見上げる椋。さっきまでとは違い、どことなく憂いを帯びているようにも感じる。

月明かりの元で見る椋の横顔は、端整で眩しいくらいに白く、どこか遠くの、ある一点を見つめているように見えた。

花ではないけれど、その瞬間の透き通るような横顔には、月下美人という言葉がふさわしいと思った。

まだ15、もう16、様々な想いも満ちては欠けるように巡ってゆくけれど、先人の教えでは"完成した瞬間から崩壊が始まる"らしい。わたしたちは、悩みながら楽しみながら、未完成の人生を進んでゆく。

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おわり

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