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    スマホの容量を地味に喰ってる不要なはずの画像をnoteの記事にして、消化するマガジンです。記事にしたあとの画像は速やかにスマホから消去します。

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    読書を通して考えたこと

記事一覧

産毛が撮れた

顔もみたことのない隣人が数カ月ぶりにでかめの喧嘩を始めたので、私もなんとなくnoteでこの一年書いた記事を消したりした。途中焼き芋を食べたりしながら手動でぽちぽちや…

とと戸
7日前
9

御乳

会社を辞めることにした。いったい何回辞めたら気が済むのかと思うのは超即時で辞めたのも含めるとこれで約20回目だったからで、それでもこのまま辞めようとしているのはも…

とと戸
13日前
19

らしき蛾

在宅勤務を18時で終えたあと、いつものように台所には向かわず玄関に直行し、歩きやすさを謳うスニーカーを履き、スマホで予約を済ませてから施錠する。雲行きは怪しい中、…

とと戸
3週間前
14

2024年6月〜8月:本のはなし

純文学しか読んでないね。本当に。 6月読んだ本ここはすべての夜明けまえ/間宮改衣 みんな多分同じことを思うと思う。捏ねくりと捻くりの権化である私でも流石にそう思…

とと戸
1か月前
39

銭湯 福田節郎

出てくる人物たちが酒を飲んで会話しているだけなんだけど、読む手は止まることなく読んでしまう。 酒飲みながら読むとさらにこの小説と一体感のようなものが生まれるんじ…

とと戸
1か月前
16

アジマは良いか悪いか

こんなスクショがスマホの容量の一部と化していた。普段、反射神経を極力抑え込んで生きてる私が、唯一発揮できる場が夫とのLINE。こんなLINEをするのは夫しかいないものの…

とと戸
1か月前
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1993年のゼラチン、2006年の紅茶、2015年のお味噌汁

1993年のゼラチン 2006年の紅茶 2015年のお味噌汁 上記のキーワードからなにが連想できるだろうか。 私は勿論即答できるのだが、まあ焦らしてもあれだ、紛れもない、祖…

とと戸
1か月前
15

七月食べたものを雑にふりかえる

「しちがつ」は「なながつ」と言うようにコールセンターの仕事で教わったあたりから、人生がだんだん鬱々としてきた気がする。しかし、この鬱々がなければ時たま出逢える豊…

とと戸
2か月前
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晩飯を作らなくなった

サムネイルは夫が最近作ってくれた魯肉飯だ。前々から作ってみたいと言っていたのをあしらって半年くらい経ったことに流石に引け目を感じ、普段は買わないブロック肉を買っ…

とと戸
2か月前
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芥川賞受賞作 サンショウウオの四十九日/朝比奈秋

芥川賞が決まった。 一番気になっていたけど単行本は発売前、文芸誌が手に入らず読めなかった松永K三蔵さんのバリ山行と、唯一候補作で読んでいた朝比奈秋さんのサンショ…

とと戸
2か月前
26

えっせいとは一体なんなのか、今日もよくわからないまま、またえっせいをかく

今、私がこのnoteでかいているものをジャンル分けするとしたら、大方エッセイというジャンルになるだろう。 私なりのエッセイの解釈はというと、「日々の出来事や感情をま…

とと戸
3か月前
33

事前情報なしで読む小説の面白さ

noteに定期的に文章を投稿するようになり、1年が経った。心身不調のリハビリとして始めたこともあり、この1年はあまり積極的にフォローできないでいた。私のフォロー数は、…

とと戸
3か月前
19

2024年3月〜5月:本のはなし

最近のnoteで頻りにアピールしてしまったからか、好きでやってる訳じゃないのに体調が悪い自分に飽きてきてしまった。 これ以上、体調不良の話を持ち出すことに限界を感じ…

とと戸
4か月前
28

木平古栗「ポジティブシンキングの末裔」

元旦に高尾山に登り、心から健康を祈願し始まった本年。山も登って団子も食った元旦が、今年一番元気だった気がする。2024年に投稿したnote記事のどれを読んでもおわかり頂…

とと戸
4か月前
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2024.02 本のはなし(下)

前半はこちら 2月後半に読んだ本「今日は読めないかも」という日が8割くらいだった2月後半。なんだかんだ10冊読んだ。ただ、確実に読めない時期が到来しつつある。理由は…

とと戸
6か月前
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道化師の蝶/円城塔

円城塔氏の小説は過去、「後藤さんについて」を読了すべく二度ほど手に取るも、二度とも失敗に終わっている。つまりは挫折歴という紛れもない前科をかかえている。罪を犯し…

とと戸
7か月前
7

産毛が撮れた

顔もみたことのない隣人が数カ月ぶりにでかめの喧嘩を始めたので、私もなんとなくnoteでこの一年書いた記事を消したりした。途中焼き芋を食べたりしながら手動でぽちぽちやってたら100近く消えた。 声色から怒ってることは明確に分かるのに何に怒ってるか分からない。木造だったら筒抜けだったと思う。毎朝、肺機能が低下していそうな老人の嗚咽を聞いていた木造アパートでの生活を思い出す。生まれて初めてねずみを見たのも、生まれて初めてカマドウマという虫を知ったのもあのアパートだった。 定期的

御乳

会社を辞めることにした。いったい何回辞めたら気が済むのかと思うのは超即時で辞めたのも含めるとこれで約20回目だったからで、それでもこのまま辞めようとしているのはもうそろそろ辞めることを辞めたいと20回目くらいにしてついに思えた気がしているからで、それに対して残念に思う自分がいることが決意の固さのあらわれにも思えて、またそれも残念だ。 いままで何度ももう働けないと思ったし今回ももう無理だと何回も思ったけど、懲りずに生き続けようとして求人サイトをパトロールする。変わり映えしない

らしき蛾

在宅勤務を18時で終えたあと、いつものように台所には向かわず玄関に直行し、歩きやすさを謳うスニーカーを履き、スマホで予約を済ませてから施錠する。雲行きは怪しい中、しめ鯖やらはまちやら、想いが腫れて膨れて、夫と二人でつい歩が早まり、あっという間に某回転寿司店に到着した。 予約を済ませていた我々はスムーズに着席でき、各自おもいおもいのネタにありつく。食べ始めてまもなく、家族連れで賑わう中でもわかるほどの大雨が降り出したのが分かった。雨雲レーダーを見てみたところ、私たちの住む街は

2024年6月〜8月:本のはなし

純文学しか読んでないね。本当に。 6月読んだ本ここはすべての夜明けまえ/間宮改衣 みんな多分同じことを思うと思う。捏ねくりと捻くりの権化である私でも流石にそう思わずにいられなかった。人間でよかった。その上、人間で在れていることをもっと楽しむかとかも思っちゃった。どうか、ひらがなで読みにくいからって1ページ目で閉じないでふみとどまってほしい、5、6行読み続けたらもう閉じられなくなっているのがこの小説。 抱擁家族/小島信夫 小島信夫の抱擁家族はもう歴代1位と言ってもいいほ

銭湯 福田節郎

出てくる人物たちが酒を飲んで会話しているだけなんだけど、読む手は止まることなく読んでしまう。 酒飲みながら読むとさらにこの小説と一体感のようなものが生まれるんじゃないだろうか、そもそも、この小説そのものがたぶん最高の酒のつまみになるんじゃないだろうか。作為的な酩酊感など一切なく、酒を楽しんでいる人物たちの酔いが心地よい。 下戸の私には真相は分からないが、一つ確信持って言えるのは、下戸でも違うベクトルで酔えるというめちゃくちゃ変な小説だったということだ。 脳内がそのままだだ

アジマは良いか悪いか

こんなスクショがスマホの容量の一部と化していた。普段、反射神経を極力抑え込んで生きてる私が、唯一発揮できる場が夫とのLINE。こんなLINEをするのは夫しかいないものの、全くこのようなやりとりをした記憶がない。 夕飯なに食うかの協議かなにかをしてるのだろう。 夫「サバ?イワシ?ブリ?」 妻「アジマも良い」 夫「アジにするか」 妻「ほい」 のアジマも良い。だと思う。 我々は誤字をそのままにして会話を滞りなく続けることに長けているので、アジをアジマとでも打ってしまったのだ

1993年のゼラチン、2006年の紅茶、2015年のお味噌汁

1993年のゼラチン 2006年の紅茶 2015年のお味噌汁 上記のキーワードからなにが連想できるだろうか。 私は勿論即答できるのだが、まあ焦らしてもあれだ、紛れもない、祖母の家から発掘された年代物の品々である。 私は1994年生なので、1993年が賞味期限のゼラチンは先輩にあたる。生まれはもっと前だろうから、6.7年位先輩かもしれない。 祖父が亡くなってから約20年のあいだ、祖母がたったひとりで暮らしていた3DKの団地の一室には、開封済みのミンティアが60個あった

七月食べたものを雑にふりかえる

「しちがつ」は「なながつ」と言うようにコールセンターの仕事で教わったあたりから、人生がだんだん鬱々としてきた気がする。しかし、この鬱々がなければ時たま出逢える豊かさに気づけなかったのだから、なながつを知れて良かった気もする。 外に出ずに夏っぽいことをしたく、梅干し二粒入れて炊いた。 炊きあがったらひと粒消えていた。 無論、ほぐしたら奥にあったが、蓋を開けたら当たり前のようにあると思っていたものがない光景は、結構刺激がある。 八百屋さんの根性もなくなるくらいのあつさ。

晩飯を作らなくなった

サムネイルは夫が最近作ってくれた魯肉飯だ。前々から作ってみたいと言っていたのをあしらって半年くらい経ったことに流石に引け目を感じ、普段は買わないブロック肉を買ったところ、早速仕込んでくれたのだった。あまりの美味しさ、髄の髄まで味わうべく、咀嚼の時に目をつぶって飯の香りを嗅いだ。めちゃくちゃ美味しかった。 夫婦ともに毎日在宅ワークをしている我々だが、いままで飯作りはほぼ私が担当していた。 まあ別に作るのは嫌いではないし、なんなら好きだと思う。一方でなんとなく作っていた感も否め

芥川賞受賞作 サンショウウオの四十九日/朝比奈秋

芥川賞が決まった。 一番気になっていたけど単行本は発売前、文芸誌が手に入らず読めなかった松永K三蔵さんのバリ山行と、唯一候補作で読んでいた朝比奈秋さんのサンショウウオの四十九日が受賞した。 松永K三蔵さんの小説は、新人賞をとったカメオも気になり続けてはいるが、単行本化されておらず、これまた掲載されている文芸誌も入手不可で読めていない。 一方、朝比奈秋さんは、あなたの燃える左手で以外はすべて読んでいて、どの作品で芥川賞を取っても異論のない、好きな小説家である。 私の盲端や

えっせいとは一体なんなのか、今日もよくわからないまま、またえっせいをかく

今、私がこのnoteでかいているものをジャンル分けするとしたら、大方エッセイというジャンルになるだろう。 私なりのエッセイの解釈はというと、「日々の出来事や感情をまとめた文章のこと」なのだが、果たしてエッセイにしかできないことって一体なんだろうか。最近、それをよく考える。まだ答えは出せていない。考えれば考えるほど、難しい。 でも、どうせかくなら理由や指針は持ち合わせておきたい。答えを持たぬまま、今、私はこれをかいている。 ▽まずはエッセイのメリットから考えよう。 私は普

事前情報なしで読む小説の面白さ

noteに定期的に文章を投稿するようになり、1年が経った。心身不調のリハビリとして始めたこともあり、この1年はあまり積極的にフォローできないでいた。私のフォロー数は、心身の健やかさの度合いを示している。 それが最近、ようやく余裕が出てきたか、人様の記事も読むことができるようになってきた。 もとより、いいねを下さった方のnoteは見に行っていたが、自分から開拓をしに行くことは少なかった。今までnoteは筋トレ的な使い方をしてきたのだが、自分の記事を上げる一方でバランスが悪か

2024年3月〜5月:本のはなし

最近のnoteで頻りにアピールしてしまったからか、好きでやってる訳じゃないのに体調が悪い自分に飽きてきてしまった。 これ以上、体調不良の話を持ち出すことに限界を感じ始めている。無論、体調不良をいいネタとして受け入れていたわけでもないのだが、とにかく、もう懲り懲りという心境なのである。 しかし、幸いなことにnoteは記事ごとにページが分かれている。どんなに連続で痛み辛みを綴っても、日を改め、今度は「語らない」という選択をとりさえすれば、新たな気持で文を綴る事ができ、体調不良と

木平古栗「ポジティブシンキングの末裔」

元旦に高尾山に登り、心から健康を祈願し始まった本年。山も登って団子も食った元旦が、今年一番元気だった気がする。2024年に投稿したnote記事のどれを読んでもおわかり頂けるが、絶不調の日々が続いている。 健康守りとして買ったひょうたんが連なった根付けは、我が家の鍵につけてしっかり持ち歩いている。人生のどん底と言うわけでもなく、低空飛行でも細々生きていられてるのは、この800円くらいしたひょうたんのおかげだろうか。 そもそも、実際にひょうたんのおかげでなくても、「〜〜のおかげ

2024.02 本のはなし(下)

前半はこちら 2月後半に読んだ本「今日は読めないかも」という日が8割くらいだった2月後半。なんだかんだ10冊読んだ。ただ、確実に読めない時期が到来しつつある。理由ははっきりしている。仕事のことを真剣に考えすぎてしまっているのだ。 派遣の仕事について言及される時、「たかが」という言葉が前に置かれることが多い。実際に繋げてみると「たかが派遣」という聞き覚えのある語感が浮かび上がる。その「たかが派遣」はいうまでもなく私自身であるのだが、きっと少しでも肯定したいのだろう、「されど

道化師の蝶/円城塔

円城塔氏の小説は過去、「後藤さんについて」を読了すべく二度ほど手に取るも、二度とも失敗に終わっている。つまりは挫折歴という紛れもない前科をかかえている。罪を犯したのは大体5年ほど前だが、消せない過去である。 幸いにも執行猶予つきであり、そろそろ猶予期間が終わろうという頃合いだった。私は自分の変化を信じたくなり、確かめたくなってしまった。そして最も難解、奇妙、未知数な、「道化師の蝶」という小説を、手に取ってしまったのだった。 結論から言うと、今回は最後の1ページまで余さず捲