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東京大学2009年国語第4問 『山羊小母たちの時間』馬場あき子

 かなりの難問と思われる。設問(二)だけは、傍線部の前の記述内容を要約すれば足りるが、それ以外は文中のことばを深く読みとったうえで、類推を働かせる必要がある。
 特に設問(四)は、第4問においては異例といえる「本文全体を踏まえて」という注意書きがあり、難度をさらに高めている。

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(一)「農業が盛んだった頃の一風景が、段差のある家の構造自体の中に残っているのだ」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。
 とてもやっかいな問題である。下線部アに含まれる「農業」について、文中にほとんど言及がない。確かに「段差のある家の構造」自体は説明されているが、それと「農業が盛んだった頃の一風景」との関係は、知識を活用しながら類推するしかない。
 段差については、第3段落、第4段落にあるように、土間、板敷、(少し高い)板の間、座敷の4つに加え、上がり框である。明記されていないが、仏壇のある「仏間」は座敷の中でも一段高いかもしれない。また、板敷きには囲炉裏が、板の間と座敷には火鉢がある。
 農業に従事しているらしい人は、第3段落の「小作の人たち」、第4段落の「手伝い人」「若い者」である。それぞれ、「暖を取って」いたり、「休息の湯」を飲んでいたり、「すぐ立てるように片膝を立てて坐って」いたりする。
 多段階の身分と異なる立場の人が集団で農業に従事していたことがうかがえるうえ、それぞれ微妙に居場所が違っていたこともわかる。それを示すのが家の中の複数の段差だといえる。
 戦後になり農地改革が実施されると、ほとんどの小作人は自作農となるので、このような大勢での農業従事は少なくなる。したがって、このような家の構造は戦前の農村の社会構造をあらわしているといえるのである。
 以上から、「戦前は様々な身分と立場の人が集団で農業に従事し、家の中にそれぞれの居場所が設けられていたことが複数の段差から見て取れるということ。」(65字)」という解答例ができる。

(二)「温とい思い出の影がその辺いっぱいに漂っているようなもので、かえって安らかなのである」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。
 第5段落に「家だけは今も残っていて山羊小母はこの家に一人で住んでいた」とある。「夫は早くなくなり、息子たちも都会に流出し、長男も仕事が忙しく別居していた」からである。そして、「家は戸障子を取りはずして、ほとんどがらんどうの空間の中に平然として、小さくちんまりと坐っている」のである。
 続く第6段落では、「さびしくないの」という問いに「なあんもさびしかないよ。この家の中にはいっぱいご先祖さまがいて、毎日守っていて下さるんだ」と答える。さらに、「家の中のほの暗い隈々にはたくさんの祖霊が住んでいて、今やけっこう大家族なのだという」
 「それはどこか怖いような夜に思えるが」、「温とい思い出の影がその辺いっぱいに漂っているようなもので、かえって安らかなのである」というのが傍線部イである。
 ということは、述べるべき内容は少なくなく、「叔母は独居であること」「夜に広い空間に一人でいること」「しかし、多くの祖霊に守られていて、淋しく感じていないこと」「そのことは傍目には怖いようだが、彼女にとっては安らぎであること」を盛りこむ必要がある。
 以上から、「独居の叔母は夜の暗がりを一人で過ごす広い空間に、自分を守る多くの祖霊の存在を感じ、そのことに恐怖ではなく安らぎを感じているということ。」(67字)という解答例ができる。

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