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日常生活における優先順位

昨日の頭の中で考えていたことを書き出したnote、冷静になって複数回にわたり読み返してみた

かなりの文字数を書き出したつもりでいたけれど、ひとつひとつの考えていたことが思ったより短いこと

二言目には、自分は・個人的には、と自分勝手の方向にアクセル全開していること

すっきりした自分から見ると、中身のないことをぐるぐると考えて疲弊していて、自滅の道を走っているなと感じた

スキをしてくださった方は、何を感じてくれたんだろうか?
マイナスな気持ちや押しつけを感じとってもらっていたら
そう思うと申し訳ない気持ちになりました

今日は仕事において何かをぐるぐる考えることもなく、クリアな思考で取り組めたと思う
気持ちに余裕があるのは、いい事ように感じる
ここ最近、少し余裕がなかったような気がする

さて、日記はここまでにしておいて
旦那さんと話していて気づいた、自分のことをアウトプットしておく
何かに繋がることを願いながら

優先順位や効率の工夫

日常生活において、段取りを組んで料理などの家事をみんなしている

私は日常生活で効率を考えて生活することが苦手だ

旦那さんが何日も前から献立を考えてくれること、買い物のときに必要なものを考えてくれることに、主に有難みを強く感じている

旦那さんがゲームをする私を傍から見ていると、ゲームの中では段取りや効率を考えて行動にうつすことが出来ているのだという

ゲームの中では出来ているのだから日常生活でもやれるはずなので、やってみて欲しいと言ってくれる

わたしはそれを聞いても、どういう事なのか全く分からない
ゲームの中では無意識に順序を考えられているのに、その力を家事に繋げることができていない

中枢性統合の力が弱く、遂行機能が乏しいのかもしれない
私が今まで努力もせずに怠けてきた結果からなのか、自分の生まれもった特徴でできないのか、分からないけれど

旦那さんは、私が効率を考えて行動することが苦手なんだということは、見ただけで理解してくれていて、重々承知もしてくれている

私もそれに応えるように、家でやれることや旦那さんの負担を少しでも減らすことはできるだけやりたいのだ

努力でできることなら、ゲームでできていることなら、他でもできるようになりたい
できるようになりたいじゃないか

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