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立ち上がれマルコム!キャナダ人とポケットの中の戦争

少し前まで我が家の隣は原っぱだった。牛やヤギを連れたおじさんがどこからともなく現れ、2〜3日草を食ませていた。

それが、3月の末ごろからショベルカーが代わりにやってきて原っぱを削り始めた。

マルコムが言うには、若いカナダ人夫婦が住む家にを建てているらしい。

それは全然構わないんだけど…とマルコムは続けた。

ご覧よ、Yuki。ショベルカーで削った土砂を手前に溜めていくものだから、我が家に押し寄せんとしている。庭に土が入ってくるかもしれない。まったく、困ったものだよ。これだから目が離せないんだよ

たしかに、どれほどの家を出る建てるのかは知らないけれど、かなりの土を盛って丘になっていたし、マルコムが丁寧に手入れしている自慢の庭を台無しにせんとする勢いだった。

ショベルカーがやって来る日はバルコニーにどっと構えて、こっちに土を持ってくるんじゃないよと睨みをきかせ、時に熱くショベルカーのドライバーに叫んでいた。

どんな家を建てるのか、についてはぼくも気にするところではあった。なにせ、敷地いっぱいいろんなものを建てたんじゃ、2階のバルコニーからダウンタウンや港を見下ろせなくなる。バルコニーの価値が半減してしまう。

もちろん、自分の土地をどう使おうが文句は言えないけれど、マルコムは土のこともあって結構怒っていた。

まったく、信じられないね。削った土を手前に持ってくるなんて。聞けば、家を建てたらこの土はどこかへ持っていくと言うじゃないか。勘弁してくれよ。またいじるだなんて。うちの塀の高さのすぐそこまで迫っているというのに。もしこぼしでもしたら、こっちに土が入ってきてせっかくの庭が台無しになってしまう。カナダ人は我々の10倍の収入だからどんな家を建てるのか知らないけどね、こっちは気が気でないよ

マルコムは会うたびにぼくに愚痴っていた。10倍も所得の差があるかね?いくらなんでも盛り過ぎじゃないかと思っていたけれど、年収40万円〜60万円だから400万円〜600万円と考えれば、たしかに妥当なラインで決して無茶な推定ではなかった。

10倍…。それはそれでどんな家を建てるのか楽しみではある。

ショベルカーの作業が終わって、家の基礎工事が始まった頃、3階のぼくの部屋から何気なく隣地を見下ろしたら生ゴミが捨てられているのを見つけた。

マルコムがやったなと思った。バルコニーから投げ捨てたなと。だってそれ以外にあり得ないもの。わざわざ丘を登って道路側から見えないところに生ゴミを捨てるなんて。燃えるゴミの日に出さずに、わざわざこここに持ってくる動機がないもの。

もちろん、直接マルコムに聞いたわけじゃないから真相はわからない。生ゴミはいずれ土に還るから他人の土地に捨てても良いのかもしれない。そういう文化なのかもしれない。立ちションがある文化だし。

それでもぼくは心を乱されたマルコムのささやかな抵抗説を推したい。意外と陰湿なことをやる一面を持ってるんだと思いたいし、持っていてほしい。人間だもの。

それに、仮にも手前に何か建物を建てられてバルコニーからの景色がなくなってしまうと、ぼくの精神衛生上も良くない。このバルコニーからの景色はぼくの自慢でもあるし、他の隊員への優越感を示す上でも重要なポイントだ。

マルコム、そこまでやるならマルコム!俺だってやるぞマルコム!共闘だ!と思い始めていた矢先、件のキャナダ人夫妻とバスケ教室でがっつり知り合ってしまった。

ダレンとエミリーの白人夫妻。

ジェイソンステイサムをいくらかスケールダウンした風貌のダレンはバスケのトレーナーをカナダでやっていたらしい。父親の実家がマルコムの家の裏手にあって小さいころよく来ていたようだ。

小さい頃バレエを習ってましたのよ、とでも言いたげな品の良さそうな整った顔をしたエミリーは物腰柔らかで、黒人のように足が長くないのがアジア人として好感が持てる。

ここに来たばかりで、家の完成を父の実家に身を置きながら待っているところだそうだ。

ぼくがこの国に来た理由、ここでしたいこと、彼らのルーツの話、ここでやりたいこと…ぼくらは色んな話をした。

すごく感じの良い人たちだ。すっかり仲良くなってしまった。

すまん、マルコム。もう悪口は言えないや。


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