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鳥の国のはなし(note版)

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鳥の国は、かつて人間だったものたちがヒトの国を捨てたどり着いた場所。 ここに棲む「もとヒト」たちの日々の営みを描いた連作。 2014年6月から2019年10月までの作品をあらたに… もっと読む
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鳥の道

鳥の道を通って、あのひとを探しに行った。 別れも告げず姿を消すまえに、鳥の国に行きたいと話していたから。 鳥の道を通るには鳥にならなきゃだめだ。門番のカラスにそう告げられ、けんめいに鳥になる稽古をした。人間であることを忘れるために鳥たちに囲まれて過ごした。羽ばたきや鳴きかたを覚えて、生やすことができない羽根は髪に借り物をいっぱい挿して。努力と根気を認められてようやく鳥の道にはいる。 人間とさとられないよう鳥の足どりで、暗く長い道をたどり鳥の国に着いた。長旅でよれよれになった

夕間暮れ

夕焼け作りは手のかかる仕事だ。 まず、担当の者には夜明けにその日の設計図が渡される。夕焼けの色味と雲の有無、雲を泳がすかどうか。一番重要なのは時間だ。いつ始まってどれくらい続けるか。空を夜に明け渡すまでの時間が長ければ長いほど、夕焼け作りの腕が良いとされるのだ。 今日は鳥の国に来て初めて、一人で担当を任される日。 隊長は、鳥のことばで本日の工程を説明する。私は絵だけの設計図を見ながらそれを記憶する。鳥の国に文字はないから、読み解くには経験を積まないといけない。 今日は薄雲か

月を狩る

僕はいつまでたってもヒトだった頃の夜更かし癖が抜けなくて、それで夜の鳥たちと仲間になった。 彼らは、最初のうちはおっかなく気難しげに見えたけれど、仲良くなってみれば昼間の鳥たちより陽気で気さくだった。仕事も、昼のように見張られたり厳しい命令を受けることもない。 夕焼けの儀式を終えた鳥の国は、夜に開け渡されるまでの短い間、しんと静まりかえっている。そして完全に夜が降りたと知ると、夜の鳥たちは昼間の縛りから解き放たれて、すいすいと空に飛びだす。暗闇を泳ぐ。 満月は、夜の鳥たちの

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夜番

私が鳥の国に住むわけは、母に連れられて来たからだ。 母が鳥の国へ着いたとき、私はまだ生まれたばかりの赤ん坊だった。しがらみが多いと鳥の国に入れないはずなのに、どうして母が受け入れられたのかはわからない。彼らは、たぶん、幼いうちから鳥として育てれば私も鳥になると考えたのだろう。残念ながら私はヒトの成分を保ちすぎたまま大きくなってしまった。鳥になれないまま、母のように鳥の国に馴染めもしないまま。 ヒトの国にもどりたい? 離ればなれになるとき、母がこう聞いた。 そんなこと。 ヒト

カラスの特別

カラスは特別。 まだヒトであった頃からそう思っていた。ゴミ捨て場で、破れたゴミ袋を前に野良猫と話しているのを目撃した時から、怪しんではいたのだ。カラスの知能が高いことは人間も承知しているけれど、それ以上の力をカラスは隠しているのだと。 鳥の国へ来て知ったのは、カラスはやはりヒトの言葉がわかるということだ。わかるどころか、器用な者はヒトの言葉を操ることだってできた。 私のような、もとヒトであった鳥にはヒトの言葉を喋ることは許されない。それは鳥の国を去ることを意味する。なのにこ

沼地を迂回して森を抜けると、ようやく番小屋が見えてくる。 俺の姿を見つけた駅番が手を振っている。 俺は背中の荷物を降ろして大きく息をついた。重さから解放されて足がふらつく。 番小屋から出てきた駅番がさっさと荷を解いて、黙ったまま中身を籠に分けはじめる。食料を入れた籠を両手に抱えて番小屋へ運んでいった。俺も残りの籠を持って彼女のあとに続く。駅番も若くないんだから、力仕事は他の者に頼んでもいいのにと思う。 「これで全部だ」 鳥のことばで俺が言うと、駅番は少し間を開けて「ありがとう

干し柿

柿の実が色づき、鳥の国にも冬の気配が訪れた。 「こら。つまみ食いはだめだよ」 ヒヨドリの若いのが、見つかってバツが悪そうにあちらを向いた。 「実は傷つけないように枝から落として」 若鳥は惜しそうな目で、それでも素直に、くちばしで柿のへたをつついた。枯れ葉を敷き詰めた地面に柿の実を落とし、拾って干し柿をつくる。渡りでない鳥たちの、冬の間の保存食なのだ。 干し柿づくりはもとヒトの担当だが、僕の干し柿は中でもとくに評判がいい。それで柿の木を何本も預かっているのだが、毎年赤くなった実

荒野にて

北の荒野に住むのは、多くは旅の鳥だ。 ヒトの国と鳥の国とを行き来する鳥たちは、ヒトの国から戻るとまず、この荒れ地で羽を休める。王のおわす浮き島からは遠く離れた、静かな土地。低木と雑草ばかりの荒れ地は、平和に虫をついばみ休息する場所なのだ。 荒野に、老いぼれた「もとヒト」が居ついている。そう伝え聞いて確認に赴いた。鳥らしからぬ行動をとる「もとヒト」は用心すべき対象だった。いざ会ってみると、噂ほど老いぼれてはいない。もっと皺くちゃで腰の曲がったヒトを見たこともあるから、それに比

浮き島

浮き島に暮らしていると、時の流れに鈍くなる。 ここでは天候も季節も、地上ほど変化に富んでいない。昼と夜の継ぎ目ですらあまり意識されない。霧が立ち込めているわけでもないのに、浮き島から見る地上はいつもぼやけている。同じように、地上からも浮き島のかたちははっきりと捉えられない。見えてはいても目にはつきにくい存在なのだ。昼間の月とも似て。 それでも月が存在するように、この浮き島も存在している。鳥の王のおわす島。太古の昔からその座にいて、浮き島をつくったのも王自身だという。島は王の居

鳥の先生

鳥の国は、いっぽんの巨大な木のなかにある。 森も湖も海も浮き島も、すべてが木のなかに存在している。 この木のどこか奥深く、いちばん枝の茂ったところに、真っ暗な場所がある。 木の枝が絡み合って、どんな鳥も高くは飛べない。 そこに迷い込んだ鳥は枝に羽を絡めとられ、死ぬまで二度と出られない。 鳥の国の伝承だ。 影の鳥が現れるようになってからは、鳥たちがもっとも怖れる話になった。影の鳥はそこから生まれるのだと鳥たちは思っている。古くは鳥籠と呼ばれていた場所だ。けれどその単語は忌むべ

蝉好き

浮き島から「夏支度をするように」とのお触れが出た。鳥の国にも夏がやって来る。 季節の鍵箱を久しぶりに開けた。青いひもの鍵束が夏の塔の鍵だ。 塔へ行く途中、顔見知りのムクドリに見つかった。 「夏の塔へ行くんだろ! な!」 そうだよと私は答えた。鳥は嘘をつかない。 「今年の蝉はうまくいってるかね」 ムクドリはそわそわと体を揺らした。 「まだ確かめちゃいない。まあ、大丈夫だろうよ」 「そうかい、そうかい。楽しみだなあ。な!」 ムクドリがついて来たそうにしているので、私は急ぐふりを

遠足

昼の月は、雪に照らされて仄白い。毎夜月を映していた湖は、氷に蓋されて黙りこんでいる。 初めての冬をむかえる若い鳥たちは、白く塗りかえられた世界に圧倒されていた。つんと冷えた空気も、透明な静けさも、この地ならではだ。 どさり、と雪の塊が落ちた。続いてまたひとつ、ふたつ。トビたちが枝から枝へと雪を落としてまわっているのだった。ほかの鳥たちも木の枝に積もった雪を食べてみたり、地面の雪に頭を突っ込んだり。水鳥たちは湖面でスケートを楽しんでいる。初めての鳥も老いた鳥も、ここへ来るとはし

風切羽

鳥の王がいなくなったとき? ああ見てたよ。 にっくき影の鳥が氷漬けになった姿を拝みに、はるばる北の湖まで行って来たんだ。誰を誘っても嫌だって言うから、ひとりで行ったが、見物に来てたのは俺らカラスくらいだった。ほかは見張りをやらされてたもとヒトばかりだ。 湖の氷がやっと溶けて、影の鳥を陸に上げるのに、もとヒトたちが水に入ってた。そんなのは水鳥の仕事なのに、押し付けられたんだろうな。タカやワシもいるにはいたけど、見るからに怖じ気づいてた。 影の鳥の様子? あいつが本当に影の鳥だ

郷愁

しつこく跡をつけてきたカラスを追い払ってからも、我らはのろい歩みで北へ向かった。縛りあげずとも、見張らずとも、黒い大鳥は静かに我の後ろをついてくる。その通り名のごとく。 春を間近にした荒野は、おののいたように呼吸を止めていた。風は止み、音も立てず身をすくめて我らが去るのを待っている。鳥の王と影の鳥、二羽の怪鳥の行き過ぎるのを。 ヒトの国でのことはあまりに古すぎて覚えておらぬ。だが、影の鳥と呼ばれたこの鳥のなれの果てが、我とヒトの国とのしがらみであることはわかっていた。 「影