見出し画像

夕間暮れ

夕焼け作りは手のかかる仕事だ。
まず、担当の者には夜明けにその日の設計図が渡される。夕焼けの色味と雲の有無、雲を泳がすかどうか。一番重要なのは時間だ。いつ始まってどれくらい続けるか。空を夜に明け渡すまでの時間が長ければ長いほど、夕焼け作りの腕が良いとされるのだ。

今日は鳥の国に来て初めて、一人で担当を任される日。
隊長は、鳥のことばで本日の工程を説明する。私は絵だけの設計図を見ながらそれを記憶する。鳥の国に文字はないから、読み解くには経験を積まないといけない。
今日は薄雲かかった状態での夕焼けらしい。雲の作成を依頼しに雲吹きの小屋へ向かう。雲吹きとは、ラッパを吹いて雲を空に流し出す職人たちだ。ラッパの細さ長さで雲の厚みや大きさを調節する。
「薄いたなびき雲ね。わかったよ」
大きな雲ほど体力を使わずにすむとわかって、雲吹きは機嫌がよかった。鳥のことばを使ってはいるが、もとは私と同じ、もとヒトだ。だが鳥の国に暮らしている以上は同じ身分のトリ同士である。けしてヒトのことばは用いない。
雲吹きはたなびき雲用のラッパを選ぶと、夕方の配置に着くために西の塀へと羽ばたいていった。

次は色。設計上では大雑把な指示しかない。ナナカマドの赤を多めに、熟した柿色で濃淡をつける、など。色の配合はその日の担当者、つまり私が細かく指定して良いことになっている。私は担当させてもらえるようになったら、と決めていたモクセイの紫染料を多めに取った。広くぼかして優しげな夕暮れにするつもりだ。
空に色を塗るのは絵師の鳥たちに頼む。生まれついての鳥でないと、あれだけ大きな空を手早く染められない。今日の夕焼けのイメージを伝えて、あとは彼らのセンスに任せる。世界ができてからずっと空を塗ってきた鳥たちの仕事には、誰も文句をつけられないからだ。

時間が迫ってきた。
空の低い位置から雲吹きが細い雲を吹き流すと、鳥たちが大急ぎで色を塗る。私の好きな紫のグラデーションで西の空が染まっていく。思い描いた通りの色味が作れたことに胸を張る。しかし、まだ仕事は終わっていない。最後の仕上げに音楽が必要だ。これはもとヒトだった担当にしか出来ない仕事なのだ。
音楽とは言っても、ヒトの国でのそれとは違う。ヒトの耳には聞こえない音曲を、鳥の国の竪琴は奏でられるのだ。この竪琴もはるか昔にヒトの国から持ち込まれた物だと伝えられている。それだからもとヒトしか鳴らせないのだと。

私は塔のてっぺんまで飛び上がり、西の空がだんだん暗く濃く塗り替えられていくのをじっと見守った。夜をつかさどる者たちがあちら側で待機しているのを感じながら、ぎりぎりのところで竪琴に指を滑らせる。音のない音色が、空の端からゆるやかに世界を包み込んでいく。夜のとばりが完全に降りるのを待ってから、そっと竪琴から手を離す。
そうして完全に夜がやってきたあとにも、聞こえない旋律の余韻が残る。この時間がとても好きだ。風に乗って届く花の香りのようだ。


前のページ次のページ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?