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月を狩る

僕はいつまでたってもヒトだった頃の夜更かし癖が抜けなくて、それで夜の鳥たちと仲間になった。
彼らは、最初のうちはおっかなく気難しげに見えたけれど、仲良くなってみれば昼間の鳥たちより陽気で気さくだった。仕事も、昼のように見張られたり厳しい命令を受けることもない。
夕焼けの儀式を終えた鳥の国は、夜に開け渡されるまでの短い間、しんと静まりかえっている。そして完全に夜が降りたと知ると、夜の鳥たちは昼間の縛りから解き放たれて、すいすいと空に飛びだす。暗闇を泳ぐ。

満月は、夜の鳥たちの楽しみだ。 水に映る月は夜の鳥たちの好物。昼の残骸を片付け終えると、ちょうど月が上のほうに来ている。鳥たちは集まって狩りの算段をする。
「今夜はうまい具合に風も凪いでるな。月を狩るのにいい日和だ」
夜の鳥としてはじめての満月の晩、僕はそのことばをはじめて聞いた。
月を狩る?
僕は空を見上げた。丸い月が闇をまん丸にくりぬいて僕らを見下ろしていた。
「ちがう、天の月じゃない。水に映った月だよ」ヨタカが言った。
「痩せた月の方が捕まえやすいんだけど、細い月は味も尖ってて旨くないの。太っているのほどいいんだ」
「昼間のやつらにゃ教えないんだ。もっとも知ってたって昼間にゃ月は捕れないけどな」ゴイサギが笑う。
「満月を狩りにいくのはわしら夜の鳥だけの楽しみなんだ」
月の味ってどんな?
「おまえさんも来るかい。もう飛べるのだろう?」
だけど、長い時間を飛んでいられるかどうかわからない。迷っていると、シマフクロウが助け船を出してくれた。
「力が尽きそうになったら助けてやるさ。昼間の失敗は減点対象だが、夜の間は目こぼしされる」
ほかの鳥たちにも励まされて、僕も月狩りに参加することにしたのだった。

月の狩り場は山なかの湖。そこなら周りの木々に風もさえぎられて、湖水が波立つことがないらしい。
鈴の音のようなカエルの合唱の中、湖を目指す。僕らの気配に小動物たちはあわてて身を隠す。でも今夜の狙いは満月なんだよ。
湖のほとりの木々は、さわさわと葉擦れの音をたてた。
僕らは湖を見下ろす枝に留まって様子をうかがう。墨を溶いたかのような湖面には、丸く輝く月がぷかりと浮かんでいた。そのはるか上には、鏡の自分に見とれている天の月。
先導するのは水辺に慣れているゴイサギだ。
「月を狩るのにやっかいなのは、魚みたいに底に潜ったりしないかわりに、わずかでも波をたてると形を失うことなんだ。だから水に触らないよう、羽で波をたてないよう、細心の注意を払うように」
言うことも態度も偉そうなのである。ヨタカは大きなあくびをして、ゴイサギに睨まれた。
「お前は初めてだから、少し離れて見てるといい」
僕にそう言うと、ゴイサギはついっと弧を描いて湖へ飛んだ。あとから他の鳥たちも、音を立てないように湖の上へと向かう。僕も距離をおいてみんなに続く。
水上では水辺に棲む鳥たちが、寝ている月に忍び寄る。どうしたらあんなに静かに羽ばたけるのかと、新米の鳥である僕は感心して眺めていた。
ゴイサギがそろりとくちばしを伸ばし、反対側からトラツグミもタイミングをそろえ着水しようとしている。二羽のくちばしが同時に満月の両端に触れた瞬間、ぴくりと月が震え、横たわっていた水から身を浮かせた。その隙をついてゴイサギが月の端っこをがっちりと咥え、逃げようともがく月をトラツグミとヨタカが捕まえて、三羽でよたよたと岸辺へ運んだ。
「水に戻ろうとするから、押さえつけるんだ」
ゴイサギの指示に僕はあわてて満月の真ん中を手で押さえた。生まれて初めて触れた月は、思ったよりもカサカサしていて、本物の月にあるというでこぼこ穴を連想させた。満月は力なく何度かもがいて、すぐにおとなしくなった。
「これを半時ほど干せば食べ頃なのさ」
トラツグミはぺろんとしなった月を木の枝に刺して、満足そうにヒョー、ヒョーとさえずった。
湖に目をやると、さっきまで満月が浮かんでいた湖は、命が尽きたように闇に沈んでいた。天には変わらず満月が見下ろしているが、その光を照らし返してくれる片割れはもういない。でも心配することはないらしい。明日にはまた新しい月が棲みつくんだそうだ。

「そろそろいい頃だ」
フクロウたちが枝から満月を外して草の上に置いた。月は乾いて少し縮んでいたが、それでもちゃんとまん丸の形を保っていた。
「食べたことがないんだろう。おまえから味見していいぞ」
ゴイサギがそういうので、僕は満月の端っこをちぎった。
月はぱらり、と柔らかく割れた。歯ごたえはさくりとしていて、ほんのり塩気を感じる甘さだ。
「おいしい」
「そうだろう」ゴイサギは嬉しそうだった。
「ぷっくらとまん丸に膨らませた満月でないとこの旨味は出ないんだ」
「次の満月も狩り日和だといいなあ」
鳥たちはめいめいに狩りの楽しさを語りながら、満月をついばんだ。満月はじゅうぶんに大きかったので、僕らは全員お腹いっぱいなまま、朝が来る前にねぐらへ帰った。

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本文はここまでです。以下、たまにはあとがきを書いてみよう第二弾です。鳥についてすごくくだらない話を語ります。物語の余韻とか台無しにします。

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