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鳥の道

鳥の道を通って、あのひとを探しに行った。
別れも告げず姿を消すまえに、鳥の国に行きたいと話していたから。

鳥の道を通るには鳥にならなきゃだめだ。門番のカラスにそう告げられ、けんめいに鳥になる稽古をした。人間であることを忘れるために鳥たちに囲まれて過ごした。羽ばたきや鳴きかたを覚えて、生やすことができない羽根は髪に借り物をいっぱい挿して。努力と根気を認められてようやく鳥の道にはいる。
人間とさとられないよう鳥の足どりで、暗く長い道をたどり鳥の国に着いた。長旅でよれよれになった羽根をつくろう間も惜しくてあのひとを探す。

あのひとはすぐに見つかった。

別れたときのそのままで、わたしのように鳥真似をすることもなく、すらりと立つその後ろ姿は、なのに鳥そのものだった。あのひとは。こころの芯が鳥なのだ。

わたしは見せかけばかりの自分が恥ずかしくて、あのひとを呼ぶために習った鳴き声も出すことができない。けれど立ち去ることもできなくて、やっと発したのは、ひと、だった頃のそのひとの名だった。ひとのことばで。

せめてあのひとに振りむいてもらいたい。わたしの願いは一瞬で潰えた。人間のことばは辺りにいた鳥たちに遮られかき消された。わたしはくちばしで突かれ、身に着けていた羽根をむしりとられて、通ってきたばかりの鳥の道へと追い払われた。

すごすごと帰る道すがら、わたしは使うことのなかった鳥のことばで、あのひとの名前をとなえてみた。美しい響きに、落ち込んでいた気持ちが軽くなる。さらに鳥のことばで歌ってみた。われながらずいぶんと上手くなった。痛みをふりきるように歌うと、疲れた身体が軽くなっていく。ためしに羽ばたいてみると、両の脚が宙に浮いた。わたしは鳥になれたのだ。いまのわたしならあのひとに会えるのに。

ふりかえれば、通り過ぎたばかりの道はうっそうとした茂みに変わり、もう戻れなくなっていた。べつの道を探さなければ。
わたしは地を蹴って力強く羽ばたいた。空から、鳥の道を見つけるために。

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