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十字路のウンコ

こんばんは、虚無・ラ・ガエリです。

今夜思い出した友人がいるのです。話そう。

通称「ムラ」。たびたび隣にいる友人の変わる尻軽なわたしだったが、彼はだいぶ長かった。小学校一年生から五六年生まで交流のあったいいやつだった。

ああ、ムラよ。

借したトルネコのダンジョンのセーブデータをわたしに殺されたムラ。

お父さん以外のすべての顔が温水洋一みたいな家族の次男坊のムラ。

わたしが家出を決意したとき近所の公園へ夜ご飯の残りの調達を要求されたムラ。

彼が温水洋一である以外は友人というよりも被害者という様相を醸し出しているムラだが、彼との思い出で鮮やかなのはトルネコの貴重な仲間モンスターを無残にも見殺しにしたことでも、わたし自ら乞食となって彼に徳を積ませてやろうとしたことでもない。


小学校一年生だった。

ムラとわたしは一緒に登下校をしていた。

そのころのわたしにとって、家の外というのは、近所の神社の向こうで交差する十字路から始まった。好きなあの子の赤いランドセルに出逢うのも、憎しみと同じくらい真っ黒なランドセルを背中に宿したあいつがその子と登校しているのを見るのも、見ず知らずのいつか渾名で呼び合うかもしれない可能性たちが通り過ぎるのを見るのも、すべてまずはこの十字路だった。

心のどこかで、十字路やその向こう側は『ヨソ』だと思っていたのだ。

ちがう世界だった。あらゆるたくらみがあの向こうにあって、あらゆる知らないことがあの向こうにあって、あらゆる子供たちがそこからやってきて通り過ぎ混ざりあいながら、それでも独自の形を保って徐々に散らばっていくのを見て、わくわくと妙な驚きを同時に覚えていた。だけど、外がどんなところなのかに驚いていたというより、外があることに驚いていたのだと思う。

ムラもその異世界からやってきた稀人だった。友達とはそれ自体奇妙で、いびつで、関係も全く安定しないけれど、それがもともとなんだということをどこかで知っていた。わたしはたぶん、もう忘れている。けもの道がけもの道なのは、わたしたちが「けものであったこと」を忘れているからなのだ。いつのまにか、スマホを見ながら歩ける道しか歩かなくなってしまっているように、忘れている。

そんな安定しない畜生だったムラとわたしにとって、十字路は出会いと別れの交差点でもあった。毎日夕日に横顔とランドセルを焼かれながら、明日の出会いの約束も交わす。実際その約束こそ、分かれ道を十字路に維持する『おまじない』だった。

ある日の「おまじない」はお腹からやってきた。かぜ薬のCMみたいに、鼻や喉からやってくることもあったもしれないが、とにかくわたしたちはお腹からやってきた。

「なあ虚無。おれな、腹いたい」

「え?ムラ、大丈夫?」

わたしがまだ来ていない明日の出会いを待ち望む準備をしようとしたところに、彼の腹痛が待ったをかけた。

「もう、おれはだめだ。うんこが外の空気を吸いたがってる」

「え、もうそんなに」

あわてた。彼のお腹の痛みは分かち合えないから痛がってやることもできないし、代わりにウンコを漏らしてやることもできない。

「なあ虚無。いっしょにウンコしよう

でもいっしょに脱糞することはできる。わたしの大腸は来るべき旅路に胸をはせ、今か今かと急かしてくる。わたしもウンコがしたくなった。飯テロならぬ糞テロである。

わたしは止めた。「いや、家が近くにあるし、ぼくは家で・・・」

「おれは、おまえとウンコがしたいんだよ」-自分が何を言っているのか分かっていたのかムラ。でんじゃらすじーさんだってそんなことはオチでしか言わないぞ。

わたしは勘便してくれよと愚痴りながら便明をとりやめ、十字路の向こうで「セッション野糞」のためにケツの穴をベンベンベンとチューニングしはじめた。まさか異世界への一歩が尻から始まるなんて思いたくなかった

ちょうどそのセッション野糞は、相棒同士が敵の大群を劇的に切り抜けるために背中合わせになる姿勢があるだろう。そんな感じでやった。わかりやすく言えば、小学校一年生男児と小さな温水洋一が背中合わせでうんこをしているイメージだ。

セッションは、背中合わせのわたしたちの間に、どちらのものとも言えない仕方でウンコを合体させていた。モリモリと盛り上がっていくのはグルーブでなくてウンコだった。ウンコはわたしたち二人の堕胎児である。いつかの十字路という異世界への門は、いつのまにかふたりの肛門によって共同便所になった。

次の日の朝には、もはやそこは厳かで驚きをもたらす場所ではなくなっていた。犬が小便を引っ掛けて電柱をわが物にしてしまうように、この十字路はわたしとムラのものになった。朽ち果てて色彩を失ったセッションの残骸は、しばらくの間乾いたその姿でわたしたち二人を出迎えてくれた。こんなに哀れなその身を他の小学生どもに曝し続け、わたしたちの縄張りの守護者になってくれていたその事実を鑑みて、ぜったいにだれにも言わないことを誓った。今だってその誓いを守っているよ、ムラ。いま何してるの、ムラ?






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