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過小評価されている生物多様性の喪失問題

環境問題への意識は多くの人が少なからず持っていると思いますが、環境問題と一言にいっても、地球温暖化、海洋汚染、大気汚染、森林破壊など様々なものがその一語に含まれています。

様々な環境問題がある中で、昨今はとりわけ気候変動・地球温暖化に注目が集まっている印象があります。

株式市場では、クリーンエネルギーやEV関連の株(プラグパワー、テスラなど)が投資家の人気を集めているのを目にします。債権市場では、EUが新型コロナの復興基金として7500億ユーロを調達し、そのうち3割(2250億ユーロ)をグリーンボンドとして調達する予定です。

国連でも当然議論されており、2015年に採択されたSDGsの目標13は気候変動対策についての目標です。地球温暖化はもはや説明がいらないくらい多くの人が認知していると思います。

一応図を出しておくと、地球温暖化というのは以下の図で表される現象になります(図はIPCCレポートより)。
人為的な影響により、図cのように二酸化炭素(緑線)、メタン(オレンジ線)、一酸化二窒素(赤線)などの温室効果ガスの濃度が地球全体で上昇して、地球全体の温度(陸地も海洋も)が上昇しています(図a:1986〜2005年の平均気温を基準にプロット)。

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地球温暖化にともなって海面上昇(上図b)、海洋の酸性化、異常気象など多くの副次的問題が生じています。
ですが今回の本題ではないので、気候変動についてはここまでとします。

日の目を浴びない生物多様性の問題

本記事では、気候変動の影に隠れてあまり世間の注目を集めない生物多様性の喪失の方に焦点を当てたいと思います。これは人為的影響によって生物多様性が減少している、失われつつあるという問題です。喪失といったり損失といったり減少といったりしますがどれも同じ意味合いです。

生物多様性とは

そもそも生物多様性の意味が曖昧な人も多いと思うので、最初に意味を確認します。ざっくりと言えば自然が豊かなことですが、細かく見ると生物多様性は大きく3つのレベル(生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性)に分解されます。

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生態系の多様性とは湿地やサンゴ礁、森林などの生態系が多様であることを意味します。上図左の部分で、四角形の色の違いとして表しています。

種の多様性は多くの人がイメージしているものだと思いますが、生態系の中に生きる生物種が多様であることです(上図中央)。遺伝子の多様性は、ホモ・サピエンスのように同じ種の中でも遺伝的に多様であることを意味します(上図右)。

生物多様性に注目する理由

それでなぜ生物多様性に目をむけるかというと、1つには個人的に興味の強い分野だから、というのがあります。自分は小さい頃からずっと生き物・自然が好きで、広く生物というものを見てきました。

多くの人がホモ・サピエンスの方向にばかり意識がいっている中、僕はたくさんの種を含む生態系の中の1種の生物としてホモ・サピエンスを考えていました。実際、地球の種数全体から考えるとホモ・サピエンスは数百万分の一〜数千万分の一にすぎません。

そして地球の広い系の中で生物や環境が相互に影響を及ぼしあっているという考え方をしているので、狭い範囲で短絡的に考えるようなことをよしとしていません。人間同士の争いも国家間の争いも、結局は同種内争いでしかないので、虫かごの中で戦っているカブトムシと変わらないと思っています。

僕の個人的な背景はともかくとして、世の中には自然がそれほど好きでもない人もいると思いますし、名前も知らない種がいくらか絶滅しても痛くも痒くもないというのが普通の人の感覚だと思います。ですが生物多様性の喪失というのは個人の興味関心に関係なく、全ての人にとって重要な問題だと考えています。なぜかというと、

(1)人間にとって生物多様性から享受できる物やサービスは必要不可欠
だからです。そして
(2)生物多様性が失われることで一番迷惑を被るのは僕ら若い世代や将来世代
だからです。

(1)人間にとって生物多様性から享受できる物やサービスは必要不可欠

まず(1)を説明するに当たって生態系サービスという概念を持ってきます。生態系サービスというのは、生態系の働きのうち人間社会にとって便益となるもの全てを含む概念です。これはつまり、どう人の役に立つのかという視点で生態系の機能を考えるものです。生態系サービスは大きく供給サービス、調整サービス、文化的サービス、基盤サービスの4つに分類されます。

供給サービスが一番わかりやすいと思いますが、食糧生産や材料の提供、遺伝子資源の供給などがこれに当てはまります。調整サービスに当てはまるものとしては水質調整や気候の調節など、文化的サービスでは文化基盤の提供やレクリエーションの提供など、基盤サービスでは土壌形成や花粉媒介などがあります。

こうしてみると、人間がいかに生態系サービスに依存しているかがわかります。生態系と人間の生活というのは切っても切れない関係なのです。

さらに、そういった自然の寄与のほとんどは完全には代替できないもので、全く代替できないものもある、ということがわかっています(IPBESのレポート(2019))。(このレポートでは生態系サービスを自然の寄与(nature's contribution to people: NCP)という言葉で表しています。)
つまり生態系・自然というものは失ってしまうと取り返しがつかないというわけです。

IPBES(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)とは?
日本語では生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム。
世界中の研究成果を基に政策提言を行う政府間組織として2012 年4月に設立。

(2)生物多様性が失われることで一番迷惑を被るのは僕ら若い世代や将来世代

シンプルに考えればわかりますが、余命は若い人の方が長いです。上で述べたように不可逆的に生物多様性が失われ生態系サービスが失われた場合、上の世代ほどその恩恵に預かることができ、下の世代は恩恵が少ないあるいは全く恩恵に与れないことになります。

例えば、今の世代がうなぎを取りすぎて絶滅させたとすれば将来の世代はうなぎを食べたいと思っても親の感想を聞いて想像するしかないわけです。「俺たちが欲を抑えきれず食いつくしちまったからお前らは我慢してくれ」と将来の世代に言うことになります。

別の例で言えば、将来ある生物から医薬品の開発に有効な成分を得られることがわかっても、その個体群が縮小していて繁殖が難しくなっているかもしれません(人口学的確率性、近交弱勢、弱有害突然変異遺伝子のゲノム蓄積などにより)。

前回書いた持続可能な開発(Sustainable Development)の考え方で言えば、生物多様性の喪失は明らかに将来のニーズを満たすこととは反するものなので、サステナブルではありません。

サステナブルでない開発で環境を損なうと、その壊れた環境で生きる期間は後ろの世代のほど長くなります。つまり、若い世代ほど受けるダメージは大きいということです。

生物多様性の喪失の例

生物多様性が減っていると聞くと何を想像するでしょうか。
緑が減っている、絶滅危惧種が増えている、あるいは外来種が侵入して在来種が危ない、、など色々な回答が返ってくると思います。

ここではIPBESのレポート(2019)で引用されている例を参照したいと思います(データはIUCNのレッドリストのもの。やや最新のものとはズレがあります)。

下の図はIUCN(国際自然保護連合)が絶滅危惧種が各生物分類群の中で占める割合を示しています。ソテツ類に関しては情報不足がほぼなくほとんどの種が評価済みですが、絶滅危惧種の割合は6割を超えています。絶滅危惧種数で見ると両生類、哺乳類、鳥類が多いようです。

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時系列で見ると絶滅速度が過去100年で加速していることがわかります(図B)。図Cはレッドリスト指標の変化を示しています。
レッドリスト指標は、生物分類の変更などがよくあるため単純にリストに載った数だけでは改善したのか悪化したのか判断できない、ということに対処するために生み出された指標です。

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レッドリスト指標は、全種が低懸念(Least Consern)の評価なら値が1、全種が絶滅(Extinct)なら0となります。

この指標の上昇は生物多様性の喪失が減ったことを意味するので、生物多様性に対する改善策の効果を見る一つの目安になるわけです。これはいくつかの国際的な取り決めで使われてきました。

例えば、2015年に採択されたSGDsの目標15(ターゲット15.5)の評価指標となっています。SDGsのターゲット15.5というのは、

「自然生息地の劣化を抑制し、生物多様性の損失を阻止し、2020 年までに絶滅危惧種を保護し、また絶滅防止するための緊急かつ意味のある対策を講じる」

というものです(訳は外務省の資料から)。

他にもConvention on Biological Diversity’s 2010 TargetやMillennium Development Goal 7などで使われてきた経緯があります。

生物多様性が失われている理由

ではなぜこのように生物多様性が失われてきているのかというと、直接的原因としては土地/海洋利用の変化、直接採取が主要な要因だと言われています。

下の図は陸域、淡水域、海洋と分けて生態系劣化の直接要因がその影響の大きさと共に示してあります(同じくIPBESのレポート(2019))。意外かもしれませんが、気候変動は3か4番目の要因です。

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つまり、今多くの人が注目している気候変動が解決されたとしても、生物多様性の減少を食い止めることはないということです。生物多様性の減少を食い止めたければ、人間の土地利用/海洋利用のやり方を大きく転換し、直接採取も大幅に見直す必要があります。

ここで考えたいのは、直接原因の背後には様々な間接要因が隠れており、生物多様性の問題は社会的・経済的な問題も内包しているという点です。(ちなみにSDGsでも社会・経済・環境の3要素に関わる目標が設定されています。)

このため、生物多様性の喪失という問題の解決は簡単には行きません。例えば、生物多様性条約(CBD)の定めた愛知目標(2011-2020)なんかは失敗に終わりました。

まとめ

生物多様性の喪失は、地球温暖化に比べると目に見える悪影響がわかりにくくいかもしれません。地球温暖化についても温室効果ガス自体は目に見えず、自然災害や海面上昇、不漁などの実害を伴うまでは取り組みが甘かったと思います。

ですが、実際に悪影響が目に見えて現れる頃まで待っていると、失うものは大きいと思います。僕は、今地球温暖化に取り組んでいるのと同じようにこちらにも注力する必要があると考えています。

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