見出し画像

新作落語台本「ストロング奈良漬け」

 これはとある道の駅の、漬け物売り場でのお話でございます。
店長「(奈良漬けを載せた皿を右手に持ちながら)田中君、田中君はいるかい?」
田中「はいはい、ここにおります。お疲れ様です店長、なにか御用ですか?」
店長「おお田中君お疲れ様、君この前『この店ならではの、名物になるような新商品があればいいですね』って言ってたよね?」
田中「あー言いましたね。名物があればテレビで取材されるんじゃないかなぁと思って」
店長「できたよ、ほら(皿を見せる)」
田中「えっ!? あれ言ったの一昨日ですよ。早すぎじゃないですか?」
店長「ちょっと急いでたんでね、すぐできた」
田中「名物って急いですぐできるもんなんですか。(ふんふんと空中のにおいをかいで)ああ、お酒のようないい香りがしますね。(皿を受け取って)ほう、奈良漬けですか。これどういう物なんです?」
店長「(声をひそめて)どぶろくが国税局にバレそうだってタレコミが入ってきたんで」
田中「(戸惑って)はい?」
店長「(声をひそめて)だから、僕が密造してたどぶろくが国税局にバレそうなんで、奈良漬けの漬け汁にして吸わせたの」
田中「(あきれながら)なにやってるんですか店長」
店長「なにやってるって、リサイクルだよ田中君。せっかく密造したどぶろく捨てたらもったいないじゃないか」
田中「そういうことじゃなくてですね。まぁ確かに捨てるのはもったいないですが……。でもこれ、食べて大丈夫なんですか?」
店長「大丈夫大丈夫、ちょっと食べてみなよ、うまいよ」
田中「(指で一つつまんで食べて)あ、おいしい。なるほどひと噛みごとにどぶろくがじゅわーっと染み出て口の中で奈良漬けのうま味と相まって、なかなかいけますね。(頭を振りながら)でも結構強いなぁこのどぶろく」
店長「(周囲を気にしながら口に指を当てて)しー、しー、田中君あんまり大きな声でどぶろくどぶろくって連呼しない。国税局来ちゃうから。マルサの女来ちゃうから」
田中「あ、すいません。でもこのどぶ、じゃない、えーとなんだ、自家製のオリジナルなジャパニーズのワインですか、わりと効きますね。ちょっと目が回ります」
店長「それアルコール度数9%あるからね」
田中「奈良漬けなのにそんなにあるんですか! アルコール度数9%って今流行りのナントカゼロみたいじゃないですか!」
店長「だから名前も、ストロング奈良漬け」
田中「完全にアレじゃないですか! 売っていいのかなぁこれ」
店長「大丈夫大丈夫! じゃ在庫たくさんあるから、どんどん売ってね! 任せたよ!」
田中「(不安そうに)はい、承知しました。お疲れ様です。(おじぎをして店長を見送る)やれやれ行っちゃったよ。まいったなぁ、大丈夫大丈夫ってややこしい物を押しつけられちゃったぞ。こうなったらさっさと売ってしまおう。えー、ストロング奈良漬け! 新発売のストロング奈良漬けはいかがですか!」
客A「(ふんふんにおいをかぎながら)ストロング? 奈良漬け? なんかいいにおいがするなぁ」
田中「はいいらっしゃいお客さん、新発売のストロング奈良漬けですよ、ストロング奈良漬け」
客A「ずいぶんお酒の香りがするんだねぇ」
田中「そうなんですよ、うちの店長がこっそり造ったどぶ、じゃない、えー店長が新開発した自家製の漬け汁を使ってましてね、まぁ試食があるんで食べてみてください(試食の載った皿を渡す)」
客A「(一つ食べて、以下客A咀嚼しながらしゃべる)へーうまいなぁこれ。噛むたびに、なに? 漬け汁? がじゅわーっと口に広がって、お酒飲みながらつまみに奈良漬け食べてるみたい。もう一個もらっちゃおう。うまいうまい(言いながら二個三個と試食が止まらなくなる)」
田中「わ、お客さんあんまりハイペースでばくばく召し上がらない方がいいですよ」
客A「(少し酔ってきている)ああ? なんでよ? 奈良漬けで酔っぱらうってのか? 俺ぁそんなに、酒、弱くないぞ!」
田中「いやあの、これアルコール度数9%なんでね……あー、こりゃだめだ目がすわってきちゃった」
客A「(完全に酔って)なんだおい! も、文句あんのか! 俺が試食、試食をー食っちゃだめだってのか! 俺ぁ、あれだぞ! お客様だぞ! 神様だぞ! か、神様!」
田中「あーあーもう奈良漬けで酔っぱっちゃって。あっという間に悪酔いするのほんとナントカゼロみたいだよ。まぁまぁお客さん、落ち着いて。お客様は神様仏様ですよええ、神様仏様がそんなに怒鳴っちゃいけません。ねぇおいしいでしょこれ」
客A「ああ! う、うまいなーこれー! わははは! もっと食うぞ! もっと!」
田中「そうですかもっと召し上がりたいですか。そういうときはこちらのパック入りのがたくさん入ってておすすめですよ。一個五百五十円です」
客A「よっしゃよっしゃ! それくれ! 十個買うぞ! 十個! わははははは!」
田中「ありがとうございます、十個で五千五百円になります」
客A「そうか! (体をまさぐって)あれー財布ー財布はどこだー? (懐に手を入れて)あった、あったぞ財布があった! 財布があって嬉しいなあー! わはははははは! それじゃあーはい一万両!」
田中「ありがとうございます、(手渡しながら)ではこちらお品物と、お釣りになります。落とさないようにお気をつけください。毎度ありがとうございました(お辞儀をして見送る)。……(ふらふら歩いていく客Aに呼びかけるように)そうだ、お客さん、酔いがさめるまでしばらく車は運転しない方がいいですよー! って言っても無駄か。ここ道の駅だしな……。まぁいいや、商売商売。えー、新発売のストロング奈良漬け! ストロング奈良漬けはいかが!」
客B「奈良漬けかぁー。おいしそうなにおいだなぁ」
田中「はいいらっしゃい。新発売のストロング奈良漬けですよ。どうぞご試食ください」
客B「でもなぁ、僕禁酒してるんで」
田中「(笑いながら)いやだなぁお客さん大げさですよー。奈良漬けですよ奈良漬け。ちょっと汁気はありますけど」
客B「うーんじゃあ、一つ食べてみようかなぁ。(つまんで食べる、以下客B咀嚼しながらしゃべる)あっこれは! 口の中に広がる芳醇な味わい! これは! 酒だ! ちくしょう、三年間も禁酒してきたのに、なんて物を食わせるんだ!」
田中「しまった、バレた! 禁酒してるだけに敏感だったか。すいませんお客さん、実はこの奈良漬けはアルコール度数9%のお酒が染みこんでるんです。早く売りさばきたくて、ついお客さんを騙してしまいました。どうか許してください(頭を下げる)」
客B「(怒りながら)三年だぞ三年! ずっと耐えてきたのに水の泡だよ!」
田中「まことに申し訳ないです……もう試食も下げますね、ほんとすいません(と言いながら店の奥へ引っこもうとする)」
客B「ちょっと待て」
田中「はい? まだなにか御用でしょうか?」
客B「(酔った様子で)もっと食べたい!」
田中「なんですって?」
客B「(完全に酔って)もうーなぁ、酒やめるのなんかなぁ、やめだ! こんなうまいもん、やめられっかバカヤロー! ど、どんどん持ってこい!」
田中「(深く感心したように)さすがアルコール度数9%だねぇ、試食一個でこの効き目だよ。きっと禁酒してたから回りが早いんだな。はいはいお客様、ではたくさん入っている、こちらのストロング奈良漬けのパックをどうぞ。一個五百五十円です」
客B「十個くれ十個!」
田中「十個で五千五百円です……あ、財布が見つからない? ……懐にありましたか。はい一万両お預かりしました。……なんかつい最近こんなやりとりをしたような気がするなぁ……はい? いえいえ、ただの独り言です。ではこちらがお品物とお釣りになります。毎度ありがとうございました(おじぎをして見送る)。あのー、くれぐれも車はしばらく運転しない方がいいですよー! ……うん、酔っぱらってもう聞こえてないなありゃ。まぁいいや、商売商売。新発売のストロング奈良漬け! ストロング奈良漬けはいかが!」
客C「(明らかにアル中で酔っぱらっており手がぶるぶるふるえている)よう、あんちゃん奈良漬けくれや!」
田中「うわっ酒くさっ! よだれ垂らしてるよ。やばい奴が来ちゃったなぁ。さっさと追い払おう。おじさんねぇ、これ奈良漬けだから、お酒の足しにはならないよ。向こうの売店に行きなさい、売店に」
客C「うへへへへ、あんちゃん嘘はいけねぇ、お、俺ぁさっきから見てたんだぞ、それ酒みたいなんだろ?」
田中「なんだい見てやがったのか。それならますますおじさんにはあげられないよ、これアルコール度数9%なんだから、そんなに酔ってるのに食べたら体に毒だよ」
客C「お、俺ぁ酒切れちまってよ、手ぇぶるぶるふるえて運転できねぇんだ。だから売店で酒くれって言ったのに、あのババア『酔っぱらいには酒売れねぇ』ってぬかしやがってよ! 俺ぁ酔ってねぇって! 全然酔ってねぇぞ俺はー! がははははは!」
田中「だめだ話が通じないレベルだ。困ったなぁどうしよう。とりあえず試食を隠して、と(横を向いて皿を奥の方に置く)。(振り向いて)あっ! おじさん奈良漬けのパックを勝手に開けちゃだめだよ! 売り物なんだから! そんなにいっぺんに食うんじゃない! 吐き出せ! 吐き出……ああ、食べちゃった。倒れるんじゃないかおい」
客C「(奈良漬けを咀嚼してから飲みこみ、頭を振り正気に戻って紳士的な口調で)ああ、やっと目が覚めた。どうもお見苦しいところをお見せしてしまいまして申し訳ありませんでした。私、お酒が切れると手がふるえてしまうタイプのアル中でして」
田中「珍しいアル中だねぇ、酒が入ったら正気になったよ。さっきは手がふるえるどころじゃなかったけどね!」
客C「本当にすいませんでした。先ほどご説明しました通り、向こうの売店の女性がお酒を売ってくれなかったものですから、途方に暮れておりましたところこちらの奈良漬けを拝見しまして、やむにやまれず……」
田中「まぁそういうことなら仕方ない、許しますよ。ただ、こっちも商売なんでね、開けちゃった分も含めていくつか買っていただければ、文句はないんですが」
客C「はい、はいそれはもう是非に。お詫びもこめまして二十個買わせていただきます」
田中「二十個! そんなにたくさんとはありがとうございます。お代は一万千円になります。……ああ、財布が懐からスッと出て、何万両とかオヤジギャグも言わない……(感心したように)いやーたいしたもんだ。あなたは立派なアル中ですよ。いやいい意味でね、いい意味でしっかりとしたアル中だなぁと思います。ではこちらお品物になります。お買い上げありがとうございました。(おじぎをして見送る)どうぞお車の運転お気をつけを……(腕組みをして考えて)でもどうなんだ、あれは運転していい状態なのか? 酒を飲んでいると正気で、酒が切れるとベロベロになっちゃう。うーん、分からん……。まぁいいや、商売商売。えー新発売のストロング奈良漬け! ストロング奈良漬けはいかが! おいしいおいしいストロング奈良漬けだよ!」
警官「(急いで駆けつけて来た様子で)ここか! ストロング奈良漬け売ってるのは!」
田中「(うろたえて)あっ! お、おまわりさん! (恐る恐るたずねる)当店になにか御用でしょうか……?」
警官「(苦々しく)御用じゃないよ君ィ。あんな物売って! 責任者出して責任者!」
田中「はいっ! 只今呼んでまいります! ……店長大変です! 早くも手入れが!」
店長「マルサの女来ちゃった!? 違う? 警察官? はて、どの容疑だ? あれか?」
田中「店長どれだけ余罪あるんですか! たぶんストロング奈良漬けのことですよ!」
店長「そうかそうか、まぁとりあえず適当に謝っておこう……(警官の前にすすみ出て)これはどうもおまわりさん、お勤めご苦労様でございます。この店の店長でございます。なにかおとがめを頂戴するような不手際がございましたでしょうか……」
警官「大ありだよ! この近所で飲酒運転を取り締まってたらねぇ、立て続けに三台も酔っぱらいが現れて、全員『奈良漬けを食べただけだ』って言い張って、そんな冗談が今どき通るかと厳しく追求したら本当にここの奈良漬けを食べただけじゃないか! まぎらわしいんだよ! だいたいね店長さん、道の駅でこんなアルコール度数の高い物売っちゃだめだよ、今回は事故を起こす前にたまたま我々が捕まえられたけど、大惨事が起きてたかもしれないんだよ!?」
店長「(芝居風に土下座しながら)まことに、まことに申し訳ございませんでしたー!」
警官「あとで正式に厳重注意するから、警察署に出頭すること! いいね!」
店長「(土下座したまま、時代劇の家臣のように)ははぁー!」
田中「……店長、おまわりさん行っちゃいましたよ。しかし大変なことになりましたね」
店長「ああ、困ったなぁ。在庫どうしよう」
田中「厳重注意よりそっちですか。まぁ在庫なら私に考えがあるんですが、店長これアルコール度数をもっと上げられます?」
店長「どぶろくに長時間漬けこめば上げられると思う。でもそれがなんになるんだい?」
田中「いえね、テレビで見たんですが、アルコールって度数が70%以上になると、ウイルスを退治できるらしいんですよ」
店長「(手を打って)なるほどその手があったか! よし、じゃあ今度は〝除菌奈良漬け〟で売り出そう!」〈終〉
-----
解説:
2020年の落語協会の新作落語台本募集の落選作。
「ストロングチューハイはヤバイ酒である」という前提が一般的でなかったかなと思います。

10月3日追記:
コンテスト落語は既存の世俗文化・市井の暮らし・庶民の日常に寄り添ったもの根ざしたものをテーマ・舞台にした方がよしとされると気づきました。ショートショートの発想力を使って新しいアイテムを作り出すのはやりすぎなんですね。道の駅も、特に東京暮らしの落語家さんにはピンとこなかったでしょうし、正直私もべつに行ったことはありませんしどこにあるの(笑)。この作品は落語家さんが自分で作ってSF落語として演じるならまぁOKなんでしょうが、コンテスト落語では突飛すぎる。これが完全な敗因なんだと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?