太陽エネルギーをもつ大家さん物件に住んでいる
広島に住んで7年が過ぎようとしている。
7年、私はこのマンションの住人ということになる。
築年数はもう20年を過ぎ、決して新しくはないのだが、ここには太陽がございます。
その太陽に想いを馳せたくなったのは、この記事を読ませていただいたから。
つる・るるるさんのこの記事を読んだ時、
「ん?ここの大家さん、うちの大家さんと同一人物なんじゃない!?え、ひょっとして、つるさんと私は、同じところに住んでいる!?」
そんな偶然はないにせよ、心は浮き立った。
違う場所で、違う生活をしているハズなのに、そこにひょっこり現れる同一人物。
「あ!この人知ってる!」
世界が繋がっている感覚になる。
おお、これは伊坂幸太郎ワールド!(好きなんです)
つるさんと私の世界の一致。ミラクルロマン。
さて。初めてここの大家さんのことを知ったのは、転勤が決まり、住居を見つけるために香川県から下見に来た時だった。
この時、我が家は3年連続で転勤しており、私は「どうせ長く住まないんだからどこでもいいわ!」とやさぐれていた。
もうすぐ3歳になる娘が、「ここ怖い」とか、天井など謎の一点を見つめ始まったらアウト、という、幼児の謎なスピリチュアル的何かに頼り始めるぐらいは、疲労困憊していた。
2社目の不動産会社で、ここのマンションに来た時、娘は普通にはしゃいでいたので、ここでもいいか、築年数は古いけどと思ったけれど、欠点に気がついた。
「ここ東向きだし、南の窓が無い。1階じゃ結構暗いですよね?」
そう切り出した時に、担当営業は言った。
「そうかもしれないけど、大家さんは良い人です。」
間取りの話しに大家さん。
うん待って。ちょっと考えさせて。
部屋、暗く無い?って話ししてるよ。
「わかりました、大家さんに聞いてみます」
え、何聞くつもりなのあなた?大家さん、太陽の位置、変更できちゃう系ですか?
「リビングの電気、大きいの無料で付けてくださるそうです!」
対応早っ!太陽光をLEDにゆだねてきたよ!
ええと…一応、他の物件も見て良いですか…?
そういうと、彼は残念そうに、次の物件へと連れて行ってくれた。
次の物件も、築年数、立地とも変わらないし、なにより明るくて広めだった。
ただ、なんとなく、自分が住むのが想像出来ない間取りなのが引っかかった。
いや、違う。さっきの大家さん物件が気になってしょうがない。
それで、私は、営業マンに尋ねた。
「あなたが住みたいと思うのはどっちですか?」
すると、営業マンは、自信満々に答えた。
「さっきの大家さんのところは、本当に良いですよ!すごく良い人なんです!」
これまで、何度も物件を選んで来た。
間取りや方角、近所のスーパーや駅までの距離を推して来た物件は数あれど、ここまで大家さんという「人物」を売りにする物件に出会ったことが無い。
夫と顔を見合わせる。
「大家さんの良い人ぶりを知りたい」
疲労もあった。「良い人」になんとなく頼りたい気分だった。
かくして、このマンションに引っ越しが決まり、ひと月も立たない頃だ。
「ラディッシュの種まき体験しませんか?」
エントランスに張り紙があった。
知り合いがまだ全然いないし、娘もきっと喜ぶだろうと参加。
初めて会う大家さんは、控えめな物腰の、笑顔の優しいご夫婦で、「それぞれどんな方が住んでるか分かると、安心できるかと思いますので」と、この企画の趣旨を言うと、小さな種を、それぞれの家庭にそっと配ってくれた。
ここで私は、今でも繋がっているママ友を数名ゲット。安心して住める第一歩を踏み出した。
それから7年。
夏には、とうもろこし、えだまめ収穫体験、バーベキュー付き(無料)が行われ、それぞれの季節ごとに、小松菜、春菊、水菜、トマト、きゅうり、ピーマン、なす、大根、紫蘇、ほうれん草、数え上げたらキリがないほどの無農薬野菜が、季節に合わせてエントランスに置かれる。
「ご自由にどうぞ」
完全無農薬、というのが大家さんの誇りで、虫食いもあれば、実際に虫さんもこんにちはとなるシーンがあるのだけれど、野菜はいつもみずみずしく、春菊などは、生で食べるとこの上なく美味しい。
ゴミ捨て場は清潔に保たれ、エントランスの土埃はいつもキレイに掃き出され、切れかけの電球はいつのまにか交換されている。
そこにいるのは、いつも汗まみれの大家さんだ。
お礼を言うと、ものすごい低姿勢で
「いやいやとんでもない!こちらこそ住んでいただけてね、嬉しいです!」
買い物カゴをぶら下げていたら「今、小松菜置いたんで、取って下さいね。あっ、小松菜、買っちゃって無いですよね?告知出来なくてごめんなさいね!」
告知しなかったことを詫びてくる。
「そんな、とんでもない!いつもありがとうございます」「いえいえこちらこそありがとうございます!」「いえいえ…!」「いやいや」「どうぞどうぞ!」あれ、大家さんってダチョウ倶楽部?
そして、無農薬野菜は、朝に晩にとエントランスに並ぶ。
並び過ぎて、冷蔵庫がパンパンになる。
「冷蔵庫から草生えた」ネット用語でなく、事実としてそれは、しょっちゅう起こる。
もうダメだ、これ以上消費が追いつかない!
そう思って取るのをやめると、周りの住民もだいたい同じ流れなのだろう、エントランスの野菜が余って萎びていく。
か、悲しい…!
大家さんの汗まみれの姿が目に浮かぶ。
「もうまとめてうちにおいで!なんとかしてやるから!」
時々、それで、冷凍作業や、茹で作業や、攪拌作業に追い込まれる私がいる。
大家さん、ちょっと待って、少し待って…!
それでも野菜は届く。
ひょっとして、大家さん、かさこ地蔵?
ここに住まわせてもらっているだけでありがたいのに「家賃をいただいているからには、お礼を」
そうして大家さんは野菜を運ぶ。
えーっさほいさ、えっさほいさ。
夜更けにそんな歌が聞こえるかも知れない。
あの時、ここを推していた営業マンの言う通りだった。
「大家さんは良い人です。」
築年数古くても、日当たりが多少悪くても、大家さんでカバー出来てる。
むしろ、そこから有り余る大家さん力。
転勤があるかも知れない。
毎年、その騒ぎをするのだけれど、ここまでの大家さん物件にはもう出会えないだろう、そう思うといつも淋しくなる。
つる・るるるさんの記事は、そんな私に「いや、他にもいます、こんな大家さん」と、希望を与えてくれるものでありました。
そして今日も大家さんのお野菜をいただく。
太陽の味がする。
ああ。
大家さんは、日当たりの少し悪いマンションを照らす、太陽なのかもしれない。
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