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山吹色に、小さな黄色のエンブレムを。

まだ娘が今よりずっと幼い頃。
スーパーで刺身を買うと、頬を蒸気させて言っていた。
「このタンポポちょうだいね!」

ふふふ、これは、タンポポじゃないんだよ。
お母さんも、子供の頃は、タンポポって思っていたんだけどね。

私は、4歳まで、大阪の母方の祖父母の家で、両親と暮らしていた。
4歳になると、父の故郷、茨城県へ移り住むことになり、駅もスーパーも徒歩圏内の暮らしから、最寄りのスーパーまで4歳児を後ろに乗せて自転車で30分の暮らしになった母は「結婚詐欺だー!」としばらく父を恨んだらしい。

茨城県の私の育った地域では、車1人につき1台がほぼ当然の暮らしなのだが、当時の我が家には車がなく、そもそも、都会暮らしの両親においては運転免許も持ち合わせていなかった。


父は、カブという原付バイクにまたがり、私を背中にくくりつけるという形で、しばらく生活圏を移動していたようだが、とにかく車社会、このままでは不便がすぎるというわけで、約2年の時を経て、とうとう車の購入に踏み切った。


幼稚園のお迎えに、今日はお父さんが車でやってくる。


年長さんのある日の朝だ。
父は、納車の日「とき子、今日はお父さんが迎えに行くぞ!バイクじゃ無いぞ、車だぞ!」と、高らかに宣言した。

その日、1日興奮状態だった私は、先生に、しきりにこう言い続けたらしい。

「あのね、ときちゃんち、屋根付きの車が来るんだよ!屋根がついてるんだよ!雨が降っても濡れないんだよ!」

屋根付きの車。

え、今までオープンカーorリヤカー?
屋根が無い車の連想は振り幅がすごい。

自転車やバイクの後ろで、宮澤賢治の如く、雨ニモ風ニモ負ケズ戦ってきた我が家において、屋根のありがたみを伝えたかったようだが、「屋根付きの車」は、にわかに先生をざわつかせたというのを、後に何度も両親に笑われた。

幼稚園にお迎えにやってきた父の運転する車は、黄土色にちょっと山吹色を混ぜ込んだような、派手すぎず地味すぎず、でもしっかり主張している色で、それは、松本零士の描く美女たちの髪色を彷彿とさせていて、私はとてもうっとりした。

外国の車みたい…!

その名は、日産ローレルメダリスト。
父が何度も何度も、私にその名を教えてくれた。
「ローレル!ようこそ我が家へ!」

かくして、父と同等かそれ以上に、我が家にやってきた車に興奮した私は、ローレルをいかにステキに飾りつけるかを考え始めた。

幼稚園児の考える飾りつけだ。
まず、ペラペラの紙に、父のフルネームを書きあげ『〇〇(父)のくるまです』『にっさんろーれるめだりすと』『のるときはこっちから』などの文言を書いた紙を、セロハンテープで車のあちこちに貼り付けた。

それからちょっと離れて、ふむ…可愛さをプラスしたい、おそらくそう考えた私は、いつか使おうとしまっておいた、とっておきの花を出した。

それが、刺身によく添えられている、プラスチック製の小さな黄色のお花だった。
山吹色のローレルに、黄色いお花はよく似合う。

私は、ローレルの顔の中央に、セロテープを輪っか状に丸めて、花を丁寧に貼り付けた。


慌てたのは父だった。
「な、なんだこれー!?こんなもん貼るなよ!」
叱ろうと振り返ったそこには、純度100%曇りなき眼で、「ナンデハガスノ?」と訴える愛娘。
覚えたてのひらがなを披露すると、必ず「天才だな!」と褒めてくれるその私の書を、なぜ剥がすのデスカ?

怯んだ父は「こういうのが運転中パタパタするとすごく危ないんだ、飛んでいってしまったら勿体ないし!」となんとか繕い、「よし、貼るのはこれだけにしよう!!」と、黄色い花を指さした。

私の書が危険をはらむのであれば仕方がない。
タンポポを残してくれるなら、まぁそれでよしとしてやろう。

暴君とき子は、「じゃあ、これはぜったい剥がさないでね!!」と父に約束をさせた。

念願のマイカーにセロテープをベタベタ貼られ、さらに刺身についてる花をエンブレムとして飾られた父。今思うと本当に気の毒極まりない。

数日後、運転している間にどこかへ飛んで行ってしまった!と残念そうに言っていたが、きれいに剥がして、セロテープのベトベトを拭きあげていたかと思うと泣けてくる。


しかし、暴君はそれを許さなかった。
「えええー!!じゃあ次は、ボンドで貼らないとね!」「お母さん、おさしみいつ買う?あのお花が欲しいから、早くおさしみ買いに行かないと!」

両親は、私があのタンポポに執着しなくなるまで刺身を見せないよう、買い物には特別気を使ったと後に語っている。

ボンドで貼るに至らなかったこと、本当に良かったね、お父さん…!危なかったねお母さん…!
今になって気付く、両親のファインプレー。
緊張感のみなぎる「今夜のご飯はお刺身よ」のセリフ、娘の反応は果たして…!?

これは所々記憶の欠けた、幼い頃の思い出と、両親が私に笑って聞かせてくれた思い出の話し。


だけど、私は覚えてる。
山吹色の車の真ん中に、そっと咲いた黄色い花が、本当に可愛く見えたこと。
「ようこそ我が家へ!」
とっておきの気持ちがあった事。


娘が、刺身の中の花を見つけて指を指す。
「タンポポ、あたしにちょうだいね!」

君は、何に使う?どこに使う?
それとも誰かへの贈り物?
可愛いね、黄色いお花、可愛いもんね。
今でもプラスチックの黄色い花を見て、ついニヤけてしまう私がいる。


娘が小学生になって「これいるー?」と聞くと「いらないよー!」って言われて、ちょっと淋しくなったりもして。

ちなみにあれが、タンポポじゃなくて、菊を模した花だと知るのは、割と大人になってからでありました。


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