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ランドセルとうずらのたまご

ちょっと前。
小学2年生だった娘が、「ただいま」も言わずに帰ってきた。

「どした?なんかあった?」
と聞くや否や、娘は大粒の涙をこぼしながら、「わーん!」
文字通り、本当に「わーん!」と言って泣き出した。

ついに来たか。

そう思った。

思えば、私の小学校時代は、暗黒だった。

それはまるで漫画みたいに、
転校生がやってきて、始まる。
小学校2年生だった。

田舎の学校にやってきた、都会風の(そう見えた)その子は、半年も経たずして、女子のボスとして君臨した。

そしてある日突然始まる。
誰に話しかけても、誰もニコリとも笑ってくれない。
ボス子に至っては、私の机に触れるだけで「うわっ」とオーバーにのけぞって見せた。

校庭や教室で、キーホルダーを使って友達と人形ごっこをして遊ぶのが楽しみだった、のどかな、平和の日常が激変した。
今日使おうと、張り切って持ってきた、カラフルな匂い玉の入った透明なキーホルダーが、ランドセルで悲しく揺れる。

なにより暗黒で残酷だったのは、これには順番があることだった。

自分の番が回ってきたら、それが1週間か、1ヶ月か、あるいは半年続くのかわからない。
しかし、ある日、唐突に突然終わる。
「おはよう!」と声をかけられたら終了だ。

次の順番の子が決まった合図。

私は、とにかく、出来るだけ自分の番が回ってこない様に。
ボス子の機嫌を取るために。
次の順番の子を無視したり、あるいはクスクス笑って見せたりを繰り返した。
そして、正直に言えば、それに高揚感を持った時も、ある。

あれは、なんというか、小さいながらも持っていた自尊心がズタズタになる行為だった。
「スネ夫みたい」
主人公になれないどころか、一般的に好かれないタイプの脇役として生きるのだ、私は。
ドラえもんは、きっと私を選ばない。
そんなことを考えた。

田舎の小さな小学校だったので、クラス替えは6年間発生しなかった。
何度も自分の番は回ってきたし、運動会に誰とも話してないのを両親に悟られないよう、必死にうすら笑を浮かべる学年の時もあった。

それから、何年も他の子のアラを探した。
いつだって、チクる準備をしていた気がする。

6年生になって、「もうボス子の言いなりはやめよう!」と声をあげた子が出てきて、
今度は、全員が正義を振りかざし、やられたらやり返す!を理由に、1年間にわたって、ボス子を無視し、あざ笑うという行為をした。

結局、小学校の思い出は、やるかやられるかに終始していて、小学生は、小賢しい自分本位な生き物のイメージがどうにも拭えない。

が、同時に、あの体験は、して良かったとも思っている。
単純に強くなったし、無視するとかされるとかが、どれだけ消耗するかを思い知った。

当時あんなにアラを探して、生贄として差し出した同級生とは今も付き合いが続いていて、
小学校時代に楽しかった記憶も、ちゃんとあるのだと時々認識させてくれてありがたい。
あの、キーホルダーで共に遊んでいたあの子だ。

さらにその子が「そんなことあったっけ?」とあっさり言い放って、全て許しているのも、私にとって大きな救いだ。ネチネチと暗黒だと言い続けてる自分が恥ずかしい。まだ言ってるけど。

そしてあの時、小学生ながらに必死で、人付き合いのあれやこれやを考える様になったのが、今の私に確実に繋がっている。


さて。娘だ。

自分が2年生のころに、そういう事態になったので、無意識ながら、娘の「ただいま」の声には敏感になっている。

「わーん!」と泣く娘に、何を言ってあげられるだろうか?
にわかに緊張が走るが、悟られてはならない。
おおらかに、包み込もう。
安心出来る場所があると。

背中をトントン叩きながら
「何があったか言えるかな?」と問うてみる。

「給食で、うずらの卵を入れてもらえなかったんだよう!!」

脳内の小学校の同級生たちが、新喜劇の様に前につんのめった。
ついでに、今晩のご飯のおかずたちも、つんのめった気がした。

うずらーーー!!

いやしかし、ここで笑ったら、今後、学校であった嫌なことを話してくれなくなるかもしれない。

吹き出すのを堪える。
「そりゃあ残念だった!!次はちゃんと入ってると良いね」
「わーん!うずらはめったに出ないんだよう!〇〇さんが、わざと入れなかったんだよう!」

そうか、偶然じゃなく、わざとしてる奴がいるのか。

「もう!〇〇さん嫌い!早く違うクラスになれば良いのに!」

この子は、私の小学校の時と違って、
ちゃんと「嫌い」がハッキリ言える。
クラス替えの希望もある。
全然違う、
私より断然安心して見てられる、と思った。

「そうだね、そうだね」
と笑っておく。
それと。

「あ、クラス替えがあっても、嫌いだなと思う人は他に出てくると思うよ。
それから、嫌いと言われることも出てくる。
どうして嫌いか、そのたびに考えよう。
〇〇さんは、うずら。次、うずらを入れてくれなかったら、本当に嫌いになっちゃうぞって言ってみな」

あれから、数ヶ月。
娘は3年生になった。
クラス替えもあって
「今は嫌いな子はいないよ!」そう言って学校へ行く。
ランドセルのキーホルダーが楽しそうに揺れる。

これから先、なんぞあるかもしれない。
何もないまま大人になってしまうより、小さいうちに、人の複雑さに触れるのも大事な気もする。

ああ、だけど、ずっと楽しく育って欲しい。
ゲラゲラ笑って、「今日学校でね」と言い続けて欲しい。

まぁ、そこは、あんまり構えず見守ろう。
あの子の小さな胸のうちを分かち合えるのも、
「わーん!」と目の前で泣いてくれるのも、
きっとあとわずかだろうから。

もし、その時がきてしまったら、
一緒に迷わせてね。
いや、ひっそり勝手に、気づかれない様に迷おうか。
そういや、私の母がそうだったように。

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