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《ピリカ文庫》桜知るウソ、僕の自転車

「ばあちゃん、僕、自転車乗れるようになったよ!」
「そうかい、あんたぁ頑張り屋やもんねぇ」

ばあちゃんは嬉しそうに微笑むと、うんうんと頷いた。
それが、ばあちゃんの笑顔を見た最後。


はっきり言って、僕には運動神経がない。
ボールを投げれば足元にバウンドして顔に激突するし、バッドを振れば、バットの方が空高く飛んでいく。

「運動の神様にまだ気づいてもらってないね」
母さんは、僕が学校で失敗してきた話をおかしそうにゲラゲラ笑って聞く。
「今日の跳び箱は、全部腹で受け止めたった!」
「それじゃ跳び箱じゃなく、受け箱だね」
あっはっはと笑って「まぁ、跳び箱跳べなくても大人になれるから安心しな。お母さんも奇跡で4段が一回跳べただけの人生だった!」
母さんは、大概のことをそう言って笑う。
「出来なくても大人になれる。だけど、出来るようになりたいって思えることが見つかったら、とことん応援するから頑張ってみな」
今のところ、体育の授業が終わってから、まだまだ練習したい!と思ったことがない。


ある日、学校から帰ると、新品の3段ギアがついた青い自転車が玄関の前に止まっていた。今学校で流行ってるやつ。
「ただいまー。誰か来てるの?」
玄関を開けると、母さんがちょっと困った顔をして出てきた。
「おかえり、どうしよ、カンタ宛に自転車届いたんだけど、乗る?」
そうそう、説明し忘れたけど、僕は自転車にも乗れない。

「え、どういうこと?」
「ばあちゃんがね、カンタの誕生日にって選んだらしいの。まさかこんなかっこいい自転車に補助輪つけるわけにもいかないし、どうする?」

僕はもう一度外に出て、自転車を見た。
ピカピカの青い自転車は、「君に乗りこなせるかい?」とキザなセリフを言い出しそう。これに補助輪をつけるのは流石にこいつのプライドが許さなそうだし、僕にだってプライドがある。
だけど、小さい時に、乗れる乗れる!と手を離された瞬間、大きく体が傾いて、世界の全部が右方向にゆっくり回転していったあの恐怖を拭えない。僕は、転び方も下手くそだった。


「ばあちゃん、どうだって?」
「桜が咲くのが見られるかどうか…」

前に父さんと母さんが話していた。
僕の誕生日はまだずっと先の夏にようやく来るんだけど、多分、それじゃ間に合わないから、ばあちゃんは早めにプレゼントをくれたんだなと僕は思う。
「ねぇ、なんで自転車なの?」
いつも偉人伝とか生き物図鑑とかの分厚い本を、頼んでもないのにくれるのに、今度は全く違う方向の頼んでもないものをくれた。饅頭がバターケーキになった感じ。僕的にはどっちも苦手。

「ああそれね、母さんのせいだわ。カンタが自転車乗れるようになったら、ばあちゃんの病院までちょうどいいサイクリングになるって言っちゃったのよ。ほら病院の前の道、ずーっと桜並木になってるでしょ?」
「ええ…じゃあ僕は自転車の練習をしなきゃダメってこと?」
「それはカンタ次第。自転車に乗れなくても大人にはなれるしね。でもばあちゃんにはちゃんとお礼を言いなよ」

僕は困った。自転車はカッコいいし、乗れるようになった僕もカッコいいと思う。
だけど、乗れるようになる気がしない。それって多分、キミが急に空中ブランコをするのと同じぐらい、僕にとって恐怖とか未知。

でもこの話の展開だと、僕は努力して自転車に乗れるようになって、母さんはうっすら涙をためながら、僕と桜並木を駆け抜けて行く。
ばあちゃんは満足そうに桜を見上げて笑う。
ああ、そんな絵に描いたような未来になると良いんだけど。

父さんも母さんも十分すぎるほど練習に付き合ってくれた。
僕も、自分でもびっくりするぐらい頑張ったんだ。だけど、恐怖がついて回った。
気がつけば、いつも練習する公園には桜の蕾がつき始めて、ばあちゃんはどんどん衰弱していった。

「ばぁちゃん、いよいよあぶないみたい」
母さんがそう言った日、桜はもう満開を通り越していて、僕はまだ自転車に乗れずにいた。
「ばあちゃん、桜見れたね」
母さんはそう言ったけど、僕の胸はチクチク痛んだ。
僕が喜んでる顔を、ばあちゃんは見たいよね。

「カンタ、明日なんの日か知ってる?優しい嘘ならついてもいい日。カンタはどんな嘘をつく?」
母さんは、シィっと口に手を当てて教えてくれた。

4月1日。
僕はばあちゃんに嘘をつく。

「ばあちゃん、僕、自転車乗れるようになったよ!」




「急に、体の使い方がわかる時が来る」
そう言われて、試してみたら本当に自転車に乗れるようになったのは、もっとずっと後のこと。ばあちゃんからもらった自転車は、結局乗れずに置いたまま。
だけど、あの時必死に練習したから、体が遅れて理解したんだって。理解の速度が遅すぎてびっくりするよね。
「カンタは母さんとそっくり。そして、母さんはばあちゃんにそっくりだって。だからばあちゃん、きっと全部知ってたよ」
母さんは、少し大きい自転車に乗る僕の背中に笑って言った。



* * * * * * * *

ピリカさんより、ピリカ文庫のお話を受けました。

わー、ピリカ文庫ついに!!
おお!お題もらって書くのかっこいいな…!
と、散々ニヤけ倒してしまった。
「エイプリルフール」がお題。
書いてみたい!と思えることがとっても嬉しい刺激になります。
ピリカさんお誘いありがとうござました!


いつも全力疾走ピリカさんはこちら↓
すまいるスパイスでの軽快なやりとり、朗読など盛りだくさんの音声配信をされてたり、ピリカグランプリを開催したり、すごいぜよ。

ところで、ここに出る母さん、私がモデルじゃないです。
私ったら、まぁ娘にプレッシャーかけるし「なんで出来ないの!?」って迫るし、子育て迷走感すごい。
なので、理想をふんだんに盛り込みました。

だけど、体の理解がすごく遅いっていうのは実体験。今は、運動神経はいい方ではないけど、特別ひどすぎる大人だとは思ってません。

子供の時は、壊滅的な運動音痴でした。
走るのも球技も、見るに堪えないフォームだったし、自転車に乗れるのもすごく遅かった。
「体育なんてこの世から無くなれ」そう思っていた幼少期でしたが、ある日突然、本当に「ああ、体ってこうやって動かすのか」と思った時があったんです。

娘も、壊滅的なフォームでボールを投げます。走り方もまぁまぁひどい。
「遺伝子すげぇ」と思いつつ笑ってしまいます。
その子に合った成長速度があるんだろうなと思って見守りたいものです。

ということで、余裕ある育児を肝に銘じようと思って書いた作品です。
エイプリルフールが思わぬ方向へ。嘘じゃない、本当に余裕ある育児がしたいんだ!笑

ピリカさん、本当にありがとうございました。楽しかったです!


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