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【テキストライブ】0902 結果→2625文字/75分29秒【即興小説】

第二回テキストライブ配信、結果です。

○良かった点
・SFの情報の出し方は上手くいったと思う(当社比)
・カルビナというアンドロイドを謎めかす手法

○反省点
・オチが弱い
・先々を見越して書けておらず、行き当たりばったりに展開を考えているから矛盾が多い
・手が遅く、書き直しも多く、調べ物も多かったため、時間を大幅にオーバーしたうえ、文字数は規定値に届かなかった。
・すぐ性的なことに逃げようとする点

悔しい。
精進します。


 カルビナは重厚なオーク材の扉を、しめやかにノックした。〈習慣機能〉にプログラムされた行為で、どんな緊急事態であっても、部屋に入る前はまず、ノックをせねばならなかった。そして、扉を開けるときも決して激しく開けられない。ケーシングの手前で一礼しなくてはならない。
 学習が苦手なカルビナは、このプログラムに大いに感謝していたが、今はひたすら疎ましかった。
「御影様……!」
 頭を上げると、黒い革張りのロッキングチェアに、主人が座っていた。額から汗を伝わせるカルビナを見ても、彼はほとんど顔色を変えなかった。
「カルビナ、〝淑女〟らしくないぞ」
 御影の声は落ち着いていた。彼は、今がどんな状況なのか分かっているのだろうか。内からも外からも、罵声が聞こえてくるというのに。
 カルビナはときどき、自分の主人こそアンドロイドではないか、と失礼なことを思う。
「御影様、裏口を開放しております。早くご準備を……」
 だがいっこうに立ち上がる気配はない。ふうっと息を吐き、部屋の西側に設えられたギロチン窓へ目を遣った。
 ここに来た初めの年、その向こうには桜の巨木があった。しかし三回目の春、絵画のためだと言って、根元から切り倒してしまった。あとから、樹齢二百年を超える古木だったと聞いて、ふたりして血相を変えて証拠隠滅に動いたものだ。今では株立ちすら取り払われ、代わりに大理石でつくられた噴水が、庭を彩っていた。
「御影様……」
 耐えきれず、もう一度声をかけると、主人はカルビナを見た。春の泉のような、穏やかな目をしていた。そのような目を向けられるのはずいぶん久しぶりのことだった。
「お前だけでお逃げ」
 冗談をよく言う人ではあった。しかし、そういうとき彼はかならず、揶揄うように片頬を上げるのだ。カルビナの目に最新機体の〈エンパシー〉は搭載されていなかったが、主人は分かりやすかった。
「そんなこと、許されません」
「命令だと言っても?」
「叶えられません」
「そうか……」
 カルビナの目からは涙が溢れていた。こんなときですら〈生体模倣〉をおこなう自分の身体を疎ましく思った。
 血の一滴だって流せないくせに、こんなものだけ。
 カルビナが厳しい目をしているのを、御影はへらりと笑った。どこかで窓ガラスの割れる音がした。
「もう、時間もないしな……」
 御影は立ち上がり、ジャケットの胸ポケットから、二列配線のメモリディスクを取りだして、カルビナの首に触れた。
「みかげさ――」
「〝動くな〟」
 その声に反応して、浮かしかかった踵がとまった。これも制御用のプログラムだった。カルビナには「動くな」「動け」「服を脱げ」の三つが記録されていた。
 御影はいつになく優しい指先で、カルビナの首をまさぐっていた。
「御影様、いやです……」
「大丈夫、どうせすぐに忘れる」
 御影の持っていたメモリディスクが、人間でいうところの環椎に開けられたポートに差し込まれた。
「わたしは失敗してしまったんだよ」
 御影は悲しそうな顔をしていた。瞳から、さっきまでの穏やかさは失われ、すっかり見慣れた失望の顔に変わった。
「どこで間違えたんだろうな。でもそれが分からないからダメだったんだろうな」
 御影の声はしずかだったが、カルビナの耳には悲痛に響いた。どんどん視界が暗くなっていくのに気がついた。
「御影様、わたくしを連れて行ってはくださらないのですか」
 声も少しずつ、御影の好みだったタイプD6から変化していた。テンプレートであるタイプA0に少しずつだが寄っていく。
 それでも聴覚はいつまでも鋭敏だった。
「カルビナ。覚えているかい? 君が今までどれだけの人を殺してきたか」
 カルビナの機体種別である〈ホープ〉は、記憶容量が前世代のものより20TBも増量している。もちろん覚えていた。
「317人でした。内訳は男性が19%、女性が81%。そのうちの11%は子どもで、32%は有色人種で、7%が同性愛者でした」
「ああ、そうだね」
 御影は頷いたようだった。だがカルビナの視界はもうほとんど機能しておらず、真っ黒な闇が広がっていた。
「では、そのうち、黒人男性の同性愛者はいたかな」
「はい、一人だけおりました」
 声も少しずつだが、御影の嫌悪するA0の声質に変わっていく。それでもやはり聴覚だけは機能を停止しない。
「名前は?」
「……ジェーン・ドゥです」
 記憶の消去はまだ始まらないらしい。その瞬間を、カルビナは今でも覚えている。買い物から帰り、まさにこの部屋の、ロッキングチェアで、御影は黒人の男に押し倒されていたのだ。
 ――それを、背後から撃った。
 セクサロイドには不釣り合いなほどの戦闘能力を与えられたカルビナは、御影が制止の声を発するよりもコンマ3秒早く、心臓に鉛玉をとおした。
 あの瞬間からこの〈初期化〉までは地続きにあるのだと、改めてカルビナは感じていた。
 撃ち殺してから御影は、恐慌を起こし、自身のこれまで積み上げてきた作品をイーゼルごと叩き壊し「〝服を脱げ〟」カルビナを抱いた。世代遅れで現実の女よりも硬質な肌に、御影はずっと男を求めていたのだ。そして〈エンパシー〉の搭載されていないカルビナはそれに気がつけなかった。
 カルビナの研がれた耳が、英語で御影を口汚く罵る声をとらえた。
「彼はわたしの愛人だった」
 御影はぼそりと呟いた。足音がどんどん近づいてくる。しかし命令に縛られたままのカルビナは指先一本、モーター一つ動かすことはできない。
「カルビナ、お前のせいだよ。だからもう逃げなさい」
 扉の開く音が聞こえる。
「〝服を脱げ〟」
 カルビナは言われるまま、よれたメイド服をゆっくり脱いでいった。扇情的な脱ぎ方もまた〈習慣機能〉によるものだった。
 御影は交渉でもしているのか、英語でなにか言っていた。金属同士の擦れ合う音が聞こえる。拳銃だろう。カルビナはまだ、下着姿にすらなっていなかった。
「カルビナ」
 御影の声だった。A0の声で、答えた。
「はい、ご主人さま」
 カルビナはもう御影の名前を忘れ始めていた。そうして記憶が完全に消え、次に目を開けたときカルビナの次の従者人生が始まる。
「すまない。お前のやったことは間違いではなかった」
 御影は声を震わせていた。だがカルビナはもう、それに何も感じなかった。ついに自分のブラジャーに手をかけた。
「あの男は、わたしのことなど……」
 そこで、耳を聾するような轟音が響き渡った。
 どこからか、肌に触れる手が伸びてきた。カルビナはショーツを脱ぎ終えてから、その手に身を委ねた。


不定期ゲリラでテキストライブの執筆配信をします。
アーカイブを残してあるので、覗いてみてください。


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