見出し画像

聖書に学ぶ自己肯定感を確立する方法

はじめに~自己肯定感を確立する聖書の知恵

ここ何年も、自己肯定感という言葉への注目が増えてきていますが、〈聖書〉という本のテーマが「自分という人間にはその存在自体に価値がある」、つまり自己肯定感をテーマとして扱っていることは、少し意外に感じる方も多いのはないでしょうか?

【自分という人間には、その存在自体に価値がある】と、聖書は私たちに教えています。

「自己肯定感」とは、別の言葉で表現すると、「心の必要が満たされていて自分の存在を証明する必要性を感じない」状態であるともいえます。「その存在自体に価値がある」。この言葉が自分自身の心に確立されちる人が、自己肯定感が確立されている人と言えるのかもしれません。

自己肯定感が確立されている人の生き方は、等身大の自分を喜んで生きています。マイナスともいえるような場面に直面しても、必要以上に落ち込まず、むしろそられを糧にして成長へと邁進する。そんな柔軟さや、優しさ、強さを兼ね備えています。

では、いったいどうしたら、自己肯定感を自分の中に確立していくことができるのでしょうか?

このマガジンでは、自分自身への間違った価値観、その価値観に変革をもたらし、歳を重ねるごとに見失っていった自己肯定感を取り戻す方法を、世界一のベストセラーである聖書の知恵から読み解いていきます。

では、本題です。
そもそも、なぜ自己肯定感を確立することが大切なのでしょうか?

自己肯定感を確立する4つのメリットについて考えてみます


①仕事や学習において大きな成果を得やすくなる

自己肯定感が確立されると、すべての行動に意欲的に取り組めるようになるので、仕事や学習において大きな成果を得やすくなるといわれています。

②成長の速度を速めることができる

あらゆることを前向きに考えることができるようになるので、自分が行ったことを客観的に見る余裕が生まれます。うまくいったことからだけでなく、失敗からも学ぶようになります。結果として、成長の速度が速まります。

③他者に優しくなれる

自己肯定感が確立されることで、他人にも優しくなれます。自己肯定感が確立されていない人は、自分の関心を自分ばかりに集中させてしまいがちです。そのため、相手の気持ちや思いまで気が回らないことも多いのです。一方、自己肯定感が確立されている人は、自分自身に余裕を持つことができるので、おのずと他者に気を配れるようになります。

④良好な関係を多くの人と持てるようになる

自己肯定感が確立されている人の周りには自然と人が集まりやすくなります。自己肯定感が確立されている人は他者に優しくできるようになるので、人が集まりやすくなるのです。さらに、周りに集まってきた人にも良い影響を与えるので、周りにいる人の自己肯定感も確立されるようになり、良好な人間関係が築きやすくなります。

ハーバード大学で12000人以上を対象に30年以上調査したところ、『一人の自己肯定感が確立されていると、その人の家族や友人など普段から接している人の自己肯定感の確立度合が15%上昇し、さらに、その友達の友達の自己肯定感の確立度合が10%上昇した』という結果が出たそうです。自己肯定感の確立されている人は好かれるだけでなく、周りの人の自己肯定感を確立していくことができるようになるので、良好な人間関係を築きやすくなります。

自己肯定感を確立している人が少ない日本の若者

①自己肯定感が確立されている人が少ない日本の若者の現状

近年特に、自己肯定感という言葉が使われる機会が増えてきています。実際に、平成25年の内閣府の統計にも自己肯定感という言葉がでてきます。この統計において、日本人の若者は諸外国の若者に比べると、自己肯定感に関するアンケート調査で約25%自己肯定感が確立されていない人が多いという結果がでています。

日本人の若者は諸外国の若者と比べ、自分の将来に明るい希望を持つことができていないと、内閣府は結論付けています。


②日本人の若者の自己肯定感が確立されにくい理由

日本人の若者の自己肯定感が確立されていない理由として、いつも、誰かと比べられる環境下に置かれやすいと中高生が感じていることです。常に誰かと比較され、欠点や足りないところがあれば「直せ」と指摘され続けてきたと感じている中高生は、8割近くもいたという統計データもあります。

常に「いい子」を求められ、好成績、良い学校、良い就職…成功し続けることが求められ、失敗することができない状況に8割近くの中高生がおかれていると感じていたのです。

周りの期待に応えようと頑張り続ける中で、失敗しても失敗から学ぶ余裕をもつこともできず、ひたすら「できない自分」を責め続けてしまうような環境下に日本の若者たちはおかれているのです。そのような中で、自己肯定感を次第にうしなっていき、結果として、将来に明るい希望を持つことができない若者が急増している状況が続いているのです。


自己肯定感を確立するには?

①  「承認欲求を満たされれば自己肯定感は確立できる」という理論は間違いであると知ること

心理学者であるアブラハム・マズローが定義した「承認欲求」が満たされれば、自己肯定感が満たされるとするセキュラーな心理学の本などで言われていることが多いのですが…
(また、マズローの「承認欲求」を満たすための理論に近いことをいうセキュラーな心理学の本が多かったりしますが…)

しかし、この承認欲求を満たされれば、自己肯定感が確立されるという理論は間違えています。

マズローは、低いレベルの承認欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ること、「他者から評価されたい」という思いが満たされれば、満たされると語っています。

高いレベルの承認欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされるとしています。自分自身の評価が重視されるので他者からの評価よりは安定しているからです。

多くのセキュラー心理学の教えでは、マズローがいうような低いレベルの承認欲求である他者からの承認欲求を脱却して、高いレベルの承認欲求である自己評価で承認欲求を満たすことで、自己肯定感が確立されるというような教えが多くはびこっています。

しかし、ここには落とし穴があります。高いレベルであっても、低いレベルであっても、「承認欲求」とは、実は何かしらの「成果」に基づいた評価となっている点です。他者と自己と評価する対象は変わってはいますが、しかし、どちらにしても、何かしらの「成果」に基づいての評価となってしまっているのです!

つまり、「成果」を上げ続けなければ、「承認欲求」は満たされなくなってしまうのです…最終的に「成果」を上げることが強迫観念のようになってしまうのです、

これは、「存在自体に価値がある」という自己肯定感とは逆の考え方です!

まとめると、自己肯定感を確立するために、承認欲求を満たすというやり方は、なにかしらの成果を収めることが前提となっているので、「自分という人間にはその存在自体に価値がある」という自己肯定感をかえって低下させてしまうことにつながってしまうのです。

もちろん、承認欲求を満たすこと自体は、より高次な欲求である「自己実現の欲求」につながるので、大切なことではあります。しかし、自己肯定感を確立するために承認欲求を満たすという方法が間違えているのです。

実は、承認欲求は、自己肯定感が確立されることで満たされるのです。自己肯定感が確立されれば、その結果として成果や良好な人間関係が生まれてくるので、自己肯定感が確立されなければ、承認欲求は満たされることがないのです。

つまり、承認欲求を満たせば、自己肯定感が確立されるというのは、順序が逆になってしまっているのです。

しかし、承認欲求を満たさなければならないという幻想が、自己肯定感を扱う書物や動画などでも見かけない日がないくらいに、社会に病巣のようにはびこってしまっています。

よって、自己肯定感を確立するために、まず第一に、この承認欲求を満たそうとすること…つまり、何かしら成果を上げて、自己の評価を上げるという考え方を打破する必要があります。

そのために、自己肯定感に対する正しい考え方をしっかりと学び、間違っている考え方を常になくそうとしていくことが、自己肯定感を確立するための第一のステップとなります。

②  自己肯定感を確立する方法を世界一のベストセラー聖書から読み解く

では、正しい自己肯定感を学び、誤った自己肯定感をなくすためにはどうすればよいのでしょうか?

それは、聖書に学ぶことも一つの方法です。牧師として長年聖書研究をしてきていますが、聖書は中心テーマの一つは自己肯定感だと感じています。聖書は最初から最後まで、自己肯定感を確立するための知恵に満ちています。

聖書の中に、「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」という言葉があります。この言葉は聖書のテーマを一言で表しています。つまり、「すべての人は、その存在自体に価値がある」ということを、全地を創造した神が認めているということです。

全ての存在を作ったを作った存在の始まりなるお方が、すべての存在は、その存在自体に価値があると断言しているのです!

とはいえ、この言葉をそのまま受け止めきれない…という方も多いと思います。また、そもそも、本当に神など存在するのか?聖書の言葉は信頼に足るものなのか?…と感じる方は少なくありません。

そこで、聖書が信頼に足るものである3つの理由について考えていきます。

1.聖書は何千年もかけて記されたにも関わらずテーマが一貫している

1番目の理由として、聖書は、数千年という長い年月をかけて記され、数十人の筆者がいるのに、旧約聖書・新約聖書を通じて主題が「キリスト」で一貫していることがあげられます。著者同士が話し合ったわけでもないのに、一貫した内容となっていることは本来あり得ないことです。

一貫した内容になったのは、聖書の筆者たちが、聖書の主題である「キリスト」によって自己肯定感を確立することができるようになり、人生を好転させることにつながったからともいえます。長年かけて多数の著者がいるにもかかわらずテーマが一貫していることが、聖書が信頼に足る第1の理由です。

2.聖書は人類史上最高のベストセラーであること

2番目の理由として聖書は過去数千年にわたって読まれてたきた世界的なベストセラーであるという事実です。1815年~1998年の間だけでも推定3880億冊発刊されています。2000~2020年まで、1年間平均で6億3300万冊が発刊されています。

特に、「旧約聖書」に関しては、ユダヤ教とイスラム教も採用している書物でもあるので、人類の半数以上が読んでいる書であり、人類の思想に大きな影響を与えている書物です。

なぜ、それだけ多くの人に読まれてきたのでしょうか?それは聖書に触れた多くの人に良い影響を与えてきたからともいえます。それだけ多くの人が支持するほど、聖書の知恵は多くの人の人生を好転させてきたのです。
聖書が人類史上最高のベストセラーであることが、聖書が信頼に足る理由となるのです。

3.聖書のテーマが「キリスト」であること

3番目の理由は、聖書のテーマが「自分という人間にはその存在自体に価値がある」という、あらゆる時代で必要とされてきた「自己肯定感」をテーマに扱っていることです。

●「キリスト」の原語的意味から読み解く「自己肯定感」
聖書の中心的テーマは「キリスト」です。この「キリスト」には、「自己肯定感」を確立するという意味を含んでいます。

「キリスト」は日本語で直訳すると「救い主」という意味があります。

また、「キリスト」という言葉には「神、われと共にあり」というもう一つの意味があります。この二つの意味を合わせると、「キリスト」とは「神は共にいて、われらを救いだすお方…」という意味になります。これが新旧約聖書の主題である「キリスト」の真意です。

さらに、聖書でいう「神」とは「創造主」です。つまり、「すべての存在の始まり」であり「すべての存在を創造した」、人格的な存在として描かれています。

すべての存在を創造した存在は、すべての存在を創造しただけで終わらない存在として描かれています。

例え、どんな欠けや咎があったとても、創造したすべての存在はその存在自体に価値があり、そのままで受け止めてくださるお方として描かれています。さらに、欠けや咎から生ずる問題の解決に共に取り組んでくれる存在としても書かれているのです。

まとめると、「キリスト」とは「何があったとしても私たちを価値あるものとして、そのままで受け止めてくださる創造主が、我々の様々な欠けや咎から生ずる課題の解決に、共に取り組んでくれる救い主」ということを意味しています。

聖書は、どの時代においても課題とされきた「自己肯定感」について、また、我々人間が自分自身のことを受け止められるようにしてくれる「キリスト」の存在について書かれてあります。

今回のまとめ

「わたしの目にはあなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」という聖書のこの言葉の真意を知れば知るほど、「自分の存在は存在自体に価値がある」という感覚、つまり自己肯定感を確立ことができるようになっていきます。

聖書には、この他にも、生活の様々な状況の中で、具体的にどうすれば自己肯定感を確立化できるか、具体的な知恵が記されています。

これから、このマガジンでは、私たちの人生を好転させるキーワードとなる「自己肯定感」を確立する聖書からの知恵について考えていきます。

次回以降もぜひご覧ください!

〈自己肯定感を確立するための聖書の知恵〉等を発信するTwitterアカウントです!ご興味ございましたら、是非ご登録お願いします。

https://twitter.com/m_uesugitobu

今後、自己肯定感を高めるための聖書の知恵をわかりやすく解説した音声発信、動画発信も予定しています。

自己肯定感を高めるための聖書の知恵をもっと知りたい。学校や職場、日常生活の悩みを聖書の知恵でどう解決できるのか…具体的に質問したい方は、当事務所のメールアドレスまでご連絡ください。3営業日以内に返信いたします。


uesugitobu@gmail.com   
info@ueusuitobu.com


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?