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短編小説|縁結びのソイラテ #1

結婚後間もなく夫が脳梗塞で倒れ、障がいを抱えてしまった。
若くして負うことになった介護生活の疲れと将来の不安から、冷たい態度で接してしまった矢先、夫は自らの命を絶ったー。

そんな苦しい過去を背負いながらも、生きる強さを取り戻そうとする主人公:夢美は、広告デザイナーとして再出発することに。

持論を展開する自身の悪態に悩み、仕事や日々の生活に不満を抱く夢美に、優しい気遣いを見せる男たちが現れる。ところが、亡き夫への償いの気持ちから男性に対して無碍な態度が取れず、つい成り行きに任せてしまう。

仕事の夢か?幸せな生活か?
夢美はどんなキャリアと人生を選んでいくのか。

あらすじ

本降りだと思っていた灰色の雨雲から、季節を間違えたかのような日差しが顔色を伺う。

私のデスクは、小さなテナントビルの3階から通りを眺める位置にある。
仕事に集中していない時はついつい外の世界を観察してしまう。

「鳥居さん、ちょっとこのロゴ見てくれない?」

不意に社長から声をかけられたので、見当違いな返答をする。

「はい?この前の新規オープンのお店の件ですか?」
「ううん、ちがう。市役所の文化振興課のアート展のやつ」

社長と言っても、従業員3人の小さな広告代理店だから、直属の上司とほとんど変わらない。
ただし、小さな会社といえど仕事の本質は前職と変わらない。
私にはちょうど良い仕事場である。

そもそも、未亡人として絶望の断崖で放心状態だった私の手を引いてくれたのが、高月さんだった。
だから、仕事で恩返しがしたい。
そういう決意に溢れている毎日を過ごしている。

高月さん自身も実は私と同じ前職の会社出身で、私の7つ上の先輩。すごい優秀な人で独立したって話は聞いたことあった。それが今の会社。
独立した理由について、詳しい事情は知らないけども。

その代わりっていう意味ではないけども、私が未亡人となった理由までは皆に伝えていない。
『若くして病気でダンナを亡くした人』っていう扱いは、だいぶ慣れたかな。

「ほら、このロゴデザインだと流行りモノを取り入れた感じで、文化を大事にするっていう趣が無いと思うんだけど」
「そう・・ですね。もう少し歴史感っていうか、古い感じ出せばいいですか?」
「古さ・・・かどうかは悩ましいけど、市の職員さんだからオーソドックスな雰囲気が好まれると思うのよ」
「わかりました。すぐ直しますね!」
「ありがと!」

デザインの仕事は常に正解がない。
クライアントが言葉にすらできないイメージを、いかに形にするかが大事だと思っている。それは高月さんも同じ事を言っていた。
そんな落ち着いて仕事ができる環境が、今一番幸せなんだと感じている。

せっかちな日差しが厄介なはずなのに、黙々と作業に集中することができたからか、気づくと16時を過ぎていた。

「それじゃ、お先に〜」

事務担当の笹山さんが席を立つと、社長の右腕の蜂屋さんも同じように席を立つ。

「りいちゃん、先帰るね」

とりい ・・だから りいちゃん と呼ばれている。
一番年下だから当然なんだけどね。

「お疲れ様でしたー」

くるりと振り返り、二人に軽く手をふる。
この小さな会社は既婚者の女性しかいない。みんな家庭があるから、夕方は少し早めに仕事終わりとなる。
振り返って見送った私は、そのままの惰性回転で反時計回りに一周してデスクに再び向かう。
ちなみに、社長の高月さんは姿勢を変えずに「おつかれー」と棒読みで、黙々とキーボードを叩いている。

社長と二人っきりの時は一番仕事がはかどる。近くにいるだけで程よい緊張を感じるからかもしれない。
私だけかもしれないけど、デザインの仕事は「波」に乗った時は一気にやりきる事が多い。時間で区切ることはあまりしない。

「鳥居さん」

突然の声掛けにビクッとなる。
でも、声色は非常に穏やかな感じだった。

「え、はい?」
「だいぶウチの仕事に慣れてきた?」
「ええ、とても充実してますよ」
「それは良かった~。最初会った時は、死にそうな顔してたから」
「たしかにそうだったかも・・」
「今は、生き返ったよね」
「ゾンビみたいに言わないで下さいよ~」

軽快な感じで笑い合える人がいる。
本当にここまで立ち直れてよかったなと安堵する。

「仕事が楽しいうちは、しばらく男なんて必要無いかもね」

ちょっと私が返答の言葉に詰まると、高月さんはあわてて言葉を付け足す。

「あ、いや、特に深い意味はなくて・・・」
「大丈夫です。たしかにそういう気持ちなので」

本心だから晴れやかな表情で答えた。

「寂しいなと思ったりしたら、私達に相談していいのよ」

気を使われていると感じることは多々あるので、できるだけ寂しい感は出さないようにしている。
傍から見れば壮絶な人生に見えるだろうから。

事務所内の照明がやけに明るく感じる。すでに日差しは消えていた。
いかんいかんと、私はそそくさと片付け、いつも最後まで事務所にいる社長にお疲れ様と声をかけ、小さなテナントビルの細い階段を駆け下りた。

徒歩8分くらいの帰り道で、いつも晩ごはんの事を考える。
当然今は一人暮らしだけど、女子力だけは維持したいと料理だけはがんばっていたりする。大したものは作ってないけど、以前の生活よりも温かみを感じる食卓になった。
冷蔵庫の中を思い出しながら、私の何気ない週末は始まる。


そして、翌週月曜日。定例の朝ミーティングが行われる。
今週のトピックスは、木曜日に校了予定の「行政委託事業」だった。

続く

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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#恋愛小説部門

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