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短編小説|縁結びのソイラテ #2

第1章 行政委託事業


小さな広告代理店だから、とにかく小さな依頼を数こなして収益を上げることで成り立っている。単価の安さが大手との差別化になり、強みになる。でもだからといって安請け合いはしない。

そんな絶妙な加減の営業活動は、社長の高月さんのセンスに一任されている。
元々はデザイナー出身なのに、マルチな才能を発揮していて心底すごいなと感じる。

そんな感じで仕事を取ってきて事業を継続しているのだけど、利益率が高くそれほど営業努力を要しない仕事がある。

行政委託事業。

地元の市役所からいただくお仕事のこと。
行政側は一社集中しないように委託先を振り分けているのだろうが、それは市役所内の「部」や「課」といった縦割りの話。
市役所の「複数の」部や課と仕事の接点があれば、そうそう仕事が途切れることはない。営業努力を要しないとは、そういうこと。

だから行政委託事業の仕事はわりと優先度が高いし、何より市の行事やイベントの広告なので規模も大きく注目を集めやすい。
実績としても申し分ない。
まさに、お宝のお仕事。

「それじゃ、朝ミーティング始めるね~」

高月さんの柔らかいタッチの声掛けに、3人が膝頭を向ける。

「今週は・・と、文化振興課のチラシが木曜日に校了予定ね」
「その件って、振興課の稲葉課長の最終チェック待ちでしたよね?」

右腕の蜂屋さんが、手元の手帳を見ながら確認した。

「うん、そうだね。あの人、頭硬いから変な指摘してこなければいいけど」
「担当の平川さんも、打ち合わせの最初っから嘆いてましたよね」
「稲葉課長ってミーティングとか嫌いな人で、ほとんど会話してくれないそうよ。全部書類を通じてコミュニケーション取るみたいで・・」
「うひゃぁ・・」
「大幅修正無ければ、印刷の風間さんに連絡してもいいですか?」

高月さんと蜂屋さんの会話に突然私も入り込む。仕事の段取りを明確にするのがミーティングの場だからと理解しているつもりだから。

「ああ、うん、そうだね。たださ、ちゃんと振興課の返事を待ってからだけどね」
「わかりましたー」

これ以外にも仕事はたくさんあるのだけど、振興課のチラシは私が主体で進めてきた案件だからいつもより気合が入る。

「それよりも、例のマーケティング会社からのアプローチの件だけど」
「・・・まだ続いているんですか?」

笹山さんが怪訝な表情で高月さんを不安そうに見る。

「何度も断っているんだけどね、どうもウチのポテンシャルが高いとかわけわからない事言って全然諦めてくれないのよ」
「たしか、向こうが営業やって、こっちが広告作りに専念するっていう業務提携の提案でしたよね?」
「そうそう。でもさ~、そもそもウチは営業の段階からお客さんのニーズをしっかり把握してデザイン業務に移行する一貫体制で仕事したいから、ありがた迷惑な話なんだよね」

高月さんが視線を落とし気味に喋る傍ら、3人は無言のまま強く頷いた。

「放っておけば・・・いっか」
「無視していればそのうち、無理だ、って気づくと思いますよ」

蜂屋さんも眼中にないと言った様子で、この話題は再び忘れされることになった。

こうして、いつも通りの一週間の始まりを告げた月曜日ではあったが、金曜日には大きく傾くことになる。

🌱🌱🌱

「・・はい、・・・はい・・」

トーンの低い蜂屋さんの声が一層響き渡る。こちらにとって都合の悪い話が受話器から聞こえてくるのだろうとすぐさま察した。
今日は高月さんは外回り営業で不在。
笹山さんはお休みだ。
私の手は止まったまま、蜂屋さんのほうをじっと見つめている。
ちょっと不気味な光景だけど、それだけマズイ雰囲気を感じ取っている。
聞き慣れた電子音が鳴っている受話器をすぐには降ろせず、蜂屋さんが大きく息を吐きながらキーボードへ顔を埋める。

「あの・・文化振興課から、ですよね?」
「・・・そうよ」
「チラシ、やり直しですか?」
「・・・そうよ」

私がぐはぁ~っと天を仰ぐと同時に、蜂屋さんが憤る。

「あんのイナバやろぉぅう!!斬新なヤツって注文しといて『もっと控えろ』とか後出しでナメとんのかぁあー!」

椅子に持たれながら天を仰ぐ私も沸々と憤りの気持ちが湧いてきた。

「なんで木曜日に言わないのかな・・」

時代を先んじる二人のキャリア女子が、進化に乗り遅れた一人のオッサンに振り回されている。なんだかそれが無性に許せなかった。

「私、直接相談してきます」
「はぁ?りいちゃん、アポなしで?」
「アポなしです」
「流石に市役所の課長レベルはアポ無しじゃ捕まらないって」
「許せないんです」
「りいちゃん、ちょっと落ち着きなよ。流石にそれは意味ないって・・」

蜂屋さんの言葉を無視するかのように、バッグに水筒とノートPCをせっせと積み込む。無言で黙々と準備する私に諦めたのか、蜂屋さんが味方になる。

「まぁ、行く意味はゼロではないね。担当の平川さんでも会えればいいし」
「蜂屋さん、高月社長へ連絡しておいていただけませんか?」
「え、いいけど、どうして?」
「なんとかする、って伝えてほしいのです」

🌱🌱🌱

造りが昭和感満点のちょっと薄暗い階段を駆け上がる。文化振興課は4階なので、今日の靴ではちょっとツライ。それでも、それを我慢してでも向かう意味はある。
フロアに着く頃には息が上がってた。初めて、車イスを押した時のことを思い出す。
途切れ途切れの呼吸と少し乱れた髪が、付近にいる人の注目を浴びてしまった。
が、そんなことはどうでもいいの。

「あの・・いな・ば課長・・さん、いらっしゃい・・ますか?」

付近にいた若そうな男性職員に変な目で見られながらも問いただす。そのまま男性職員はフロアの遠くを背伸びして眺める。

「あ、はい、今在席してますが・・・お約束されてい」
「ちょっと失礼しますね」

途中で遮ってそのままフロアを突き進む。
多分この市役所史上初の出来事なんだろうけど、私はお構いなしに課長へ近寄る。

「稲葉課長さんでしょうか」

ささっと髪だけ整え、ご対面する。

「んん?なんだね君は?」
「私、2ヶ月後のアート展のチラシを担当している株式会社イコールの鳥居と申します」
「ああ、ちょっと前に連絡した件の」

課長の表情はにこやかだった。我が社に不満をぶつけた後だから、それはそうだろうと確信できる。その表情で更に私はイラついたが、暴言を吐くことだけは不利益だと、かろうじて感情を爆発させなかった。

「ええ。そのチラシの件で、早急に確認したいことがございまして」
「もう来たのか、いやぁ~早いねぇ、感心感心」
「早速ですが、ご指摘いただいたこちらの案ですが」

ささっとノートPCを開いて画面を見せると、稲葉課長の表情は暗転する。

「これなぁ、さっきも電話で言ったけど、流石にこのキャッチコピーはやりすぎじゃないのかね」
「・・・どのようにやりすぎなんでしょうか?」
「ん?そんなのもわからないのか君は。アート展というのはね、慎ましさってものが大事なんだよ」
「それで、どこがやりすぎなんでしょうか?」
「あのねぇ、それまで教える必要はないだろうが。そんなのは君たちが考えるのが仕事だろ!ほれ、デザイン会社なんだろ」
「私達はお客様の要望を形にする仕事をしています」

課長の前に差し出したPCを手元に引き寄せる。少しだけ画面をタップする。

「要望は出しとるじゃないか!君たちが我々の意を汲んでないだけだろう。そもそもだなぁ・・・今回のアート展について理解しているのかね?」
「今年で17年目、地元出身の画家である高科紫雲の生誕90周年事業として、ニューヨークの美術館とコラボするほどの行事、ですよね」
「お、おう、なんだ・・・知っとるじゃないか。高科紫雲先生の作風は伝統ある日本画でなぁ」
「ニューヨークはトレンドの最先端です。伝統ある日本画の良さを引き出すために、英文と日本語を組み合わせたコピーにしました」

口元が硬直し、何かを言いたげな課長を尻目に再びノートPCの画面を見せる。

「こちら、初回打ち合わせの時にご担当の平川さんから預かった依頼文書です」

画面上ではやや小さい文字だからか、稲葉課長は身を乗り出して画面を覗き込んできた。一字一句目で追っているが、気まずそうに口元を「へ」の字に曲げている。先程から言葉は一切出てこない。

「課長様は大変お忙しい身だと存じます。発言が二転三転するのは致し方ないと理解しています」
「ま、まぁそうだな。ワシだって忘れることはある」
「しかし」

再びノートPCを手元に寄せる。
それと同時、後方から私の名前を呼んで誰かが近づく気配を感じた。
ところが私は、気が晴れるまで言葉を吐き出すことを選んだ。

「そうならないよう、平川さんが気を利かせて書面を起こしたんです。
それを無かったかのように、納期を過ぎてから修正指示を出すなど・・!」
「っと!鳥居さん!」

決め台詞のあと一歩というところで私を呼びかけた人が肩を掴んだ。
私は振り返ると同時に、足先に向かって地球に引き寄せられる血流を感じた。


後悔している。
正義感という名の激情に身を任せクライアントに怒鳴るなど、一般企業で言えば即刻クビ宣告も良いところ。
反省はいつも「大事」が過ぎてからでは遅いのに、私はいつも後悔している。
こんな私だから・・・きっと夫も呆れて先に旅立ったのであろう。

この古い庁舎の中だと、自販機も古いのかビ~ンという低い唸り音が鳴りっぱなしだった。
取り急ぎ買ってくれた冷たい缶コーヒーを握ったまま、しばらく一人反省会をしていた。

「鳥居さん、もう大丈夫よ」

通路から3mは離れているであろう距離から比較的明るい声をかけてくれた。

「すいません・・・本当にすいませんでした・・・」
「いいのいいの。私も若い頃はよくやったから」

にこやかな笑顔で歩み寄ってきた高月さんが、なだめてくれた。
そう、あの窮地を救ったのは社長この人だった。

「稲葉課長、めっちゃ反省してたよ。依頼書の事をどうやら忘れてたみたいでね、仕事として頼んでいるウチらに迷惑かけた、って」
「そうですか・・」

もはや事態を振り返ろうにも、自分の愚行への恥ずかしさからすぐに脳内がフリーズしてしまう。

「あれ?もしかして気にしてる?」
「え・・?いや・・でも」
「いろんな意見があると思うけど、私は鳥居さんの行動はすごく理解できるよ」

思わぬ言葉に、たじろぐ。

「鳥居さんって、仕事に対していつも真剣なんだよね。だから、今回みたいな軽い・・っていうか雑な対応が許せないんだよね」

返事ができないまま、ちょっと目が潤む。

「そういう熱意ってのは最初は理解されず、嫌がられるもんだけど、段々と伝わっていくものだよ」

涙が溢れる前に無言でお辞儀した。いや、泣いているのはバレバレだったかもしれないけど。


そしてその足で、稲葉課長の無茶振りに答えるべく夜遅くまで広告の修正をしていた私にも付き添ってくれた。
午前様だったけど、翌朝には校了できた。

そしてその日は休むことになった。高月さんからの強制指示。
正直、修正した広告に対してどんな反応だったのか気になるけど、場を荒らした私は一定の距離を置くほうが良かったと後日振り返った。

🌱🌱🌱

もう10時が近い。
今から準備をして出かければ、あのカフェがオープンしている。そんな思いつき行動で私の休日はいつも始まる。
あんまり考えずに準備をしたから、軽めのワンピとスニーカーというラフな服装になったまま、メイクもほどほどに読みかけの小説をバッグにいれて家を出た。

私が今住んでいるのは、以前住んでいた街の隣町。
夫のことを忘れたくて・・・でも離れたくはないので、中途半端な距離に落ち着いた。
以前の職場は通勤だけで1時間はかかっていたけど、今は徒歩10分くらい。この気楽さを知ってしまうとあの生活には戻れない。
程よい田舎が私にはお似合いさま。

今から行こうとしているカフェは、夫が生前に紹介してくれたところ。
当時はおいしいバームクーヘンがあったけど、いつからかオーナーさんが変わったらしく、それは無くなってしまった。
残念だけど・・・どこか夫と一緒にいなくなってしまった感じ。
だけど、それが逆に不意に思い出すこともなくなったから・・・カフェには足を運びやすくなった。

心地よい雀の鳴き声を背に、閉まったシャッターが目立つ路地を黙々と歩けば、焦がした木材の看板が目印。

「いらっしゃいませー」

いつも通りのお出迎えに、いつも人差し指で一人だと伝える。
お気に入りの席はカウンターから一番遠いテーブル席。
いつも不思議に思うのは、イスが3つあること。普通、4つなのに。

「ご注文は、いかがします?」

いつも通りの注文タイムに、ちょっと迷いを滲ませつつ即答する。

「アイスのソイラテ、シナモンで」
「かしこまりました。その他はよろしかったですか?」

顔を横にフリフリする。
そのまま店員さんが下がるのを見ると、読みかけの小説をバックから取り出す。
とはいえ、そのまますぐに読まずまずはスマホチェック。
すぐに1件の通知文が目についた。
そしてそれはメッセージを開くまでもなく、通知だけで私に対する労いと歓喜の内容だと瞬時にわかった。

私の休日は、一杯のソイラテから始まります。


続く

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

第2章はコチラ。

本編の序章はコチラ。

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