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短編小説|縁結びのソイラテ #3

第2章 お誘い


10日間にわたるアート展は大盛況だった。
私のデスクから見える外の大通りで県外ナンバーの車や観光バスを良く見かけた気がするし、TV局も取材に来ていたそうで、ネット上でも短いニュース動画も上がっていた。

もちろん、私達の作ったチラシもそこら中に貼り出しされていた。広告代理店としての私達は完全に黒子なんだけど・・・大役を果たした充実感にあふれていた。

アート展が終わってから二日後、文化振興課の担当の平川さんが事務所にはるばるお礼をしにやってきてくれた。役所の人が下請け会社の私達のところに来るなんて、あんまり無いことに皆で驚いていた。

「・・・というわけで、今後ともぜひお願いします!」

あまりにも頭を深く下げるから、高月さんと蜂屋さんがあわてて静止する。

「いえいえ、うちは頼まれた仕事をしただけですのでっ」
「そんなことはありません。課長の稲葉もそれはもう大変喜んでいて・・・」

と、課長の名前を平川さんが口にしたとき、あっ・・という無音の発声とともに笹山さんも含めた3人がこちらをチラっと見てくる。

「それはよかったです、がんばった甲斐がありました」

私がややこわばった顔色で口を走らせる。
私が稲葉課長へ怒鳴り散らした件、当然ながら平川さんも知っている。

「鳥居さん、どうか気にしないで下さい。稲葉も『若い女性にピシッと言われて、仕事への緊張感を思い出させてくれた』と、むしろ喜んでいたので」
「そうですか」

苦い思い出に華を添えられても素直に喜べない。
私にとってはプラスマイナスゼロってことだから。

「それでは、僕はこの辺で」

再び何度も頭を下げる平川さんには好感度しかない。見た目とは裏腹に少女のような軽いステップで事務所を去っていった。
やれやれ、といった充実感を感じながら、蜂屋さんがまとめてくれる。

「まぁ今回は、りいちゃんのおかげね」
「うんうん。やっぱ変なこと言ってたらたとえクライエントでも、ビシッと言わなきゃね」

みんながしっかり肯定してくれる。こういった達成感や安心感が、私を一番成長させてくれる気がする。

「実際、結構いい(金額の)お仕事だったし、今後もこういった仕事を続けましょう」

高月さんがそう締めくくった直後、一本の電話がなる。
笹山さんが丁寧に応対している傍ら、私は並行していたとあるイタリアンのお店のオープン広告作業に取り掛かった。
駅近で、高名なシェフのもとで修行したオーナーが素材にこだわったイタリアンを提供する高級志向のお店らしい。
イタリアンって「気軽にいけるランチ」って思い込みからか、親近感やカジュアル感を出したものの、何度かオーナーさんからダメ出しされてしまっている。
しかもちょっと苦手なオレ様系なので・・・サクッと仕上げておきたい。

「え!?今からですか?」

笹山さんの驚いた声に、私より先に高月さんが振り返っていた。
電話口の笹山さんもどうしようといった表情で、視線だけでこちらに助けを呼ぶ。ささっと高月さんが受話器のバトンを引き継ぐ。
かなり低いトーンで相槌をいれながらも賢明に断りを入れている。

「例の、マーケティング会社ですよね」
「まちがいないわね・・」

蜂屋さんと私は瞬時に状況を察知した。
笹山さんも終始困り顔の中、高月さんの深い溜息とともに受話器が降ろされた。
その様子から、状況は簡単に察せる。

「・・・女だけの会社だからって、ナメられたものよね」
「またナンパ感覚なんですか?」
「そうなのよ・・・たしかにビジネスとしての話自体は悪くないけど」
「株式会社スタイルオブユー、でしたっけ」
「うん。売上高6000万突破したとか自慢されたわ・・・」

今までも接触があったけど高月さん一人で応対していたこともあって、蜂屋さんも、笹山さんも、私も、具体的な話の中身は理解していない。
高月さんは困った表情で、少し言葉を選びながら説明してくれた。

「簡単に言えば、強引な買収よ。ウチみたいなデザイン系の会社を傘下に入れたいみたい。たしかに、マーケ会社が親会社にいるなら、営業活動は格段に楽になって利益率も上がるから、私達にもメリットはあるんだけど」
「デメリットもあるんですか?」

即刻私は聞いてみた。

「営業ができないから、デザイン部門の一部となって・・・作業感が強くなってしまうかなぁ。あと、私達のペースでできなくなるから、言い方悪いけど使い捨てのコマ扱いになる・・・かもね」

悲観的な憶測に、皆が凍りつく。
それから40分後、事務所に二人の男性が訪ねてきた。
このときが初対面だった。一人目の「彼」との出会いは。

🌱🌱🌱

「あれ、高月さん、髪色変えました?」
「・・・いえ」
「そうすかぁ~・・・いやーそれにしてももったいないっすよ、それほどの美貌をお持ちなのにこんな小さな事務所で」
「あの、そういうのはもういいので、業務提携の話をするのでは?」
「あ、やっぱ気になってくれてます?」
「そちらがそういったご要件で本日おいでじゃなかったんですか!?」
「・・・はいはい」

身なりは清潔感に溢れたイケメンだが、明らかに話し方がチャラい。
先程名刺交換をした際、石黒 透と名乗られたが、本名なのか怪しいくらい。

「それでは、以前からお話させていただいた業務提携のお話ですがすでに前回『NO』と言われている手前、我々も少し条件を見直しましてね」

石黒は微かに鼻で笑ったような笑みを浮かべ、少し体を前のめりにした。
しかし声色は至極落ち着いて、妙な説得力を発揮してきた。

「御社の言い分はごもっともでして、クライアントと直接話し合いながらデザインを決めるというスタンスは我々も見習いたいとまで思うほどです」

急な褒め言葉で、たじろく。
しかし、高月さんは一向に視線を泳がせない。

「そこで、そのスタンスは維持したまま、提携できないかと思いましてね」
「・・?どういうことですか?営業はそちらの範疇では?」
「もちろん営業はこちらが仕掛けます。でもその時点から貴社にも同席してもらうんですよ。メーカーだと『技術営業』ってやり方があるのはご存知でしょ?それと同じです」
「・・・それで?」
「見積もりや金額交渉についてもこちらが行いますが、ご存知の通り弊社の利益率は高水準。あなた方の仕事にも弊社のブランド力が使えますし、取り分も現状よりは確実にUPするでしょうね」

やはり怪しいのではあるが、なんとも魅力的な話だと私は思った。
なんとなく忙しくなりそうな気配はあるものの、職場は現状維持のままで収入UPはすごい。

「お断りします」

高月社長は迷いなく断言した。
さすがに石黒も驚いていたが、それよりも先程の名刺交換から一言もしゃべらないもう一人の男のほうが何も動じないことに更に驚いた。

「あらぁ~そうですか。いい話だとは思うけどなぁ」

石黒のしゃべりが急にまた馴れ馴れしく戻る。
と、すぐさま隣の男の顔色を伺う。

「木崎君、どうしましょうね」
「僕に相談しないでくださいよ、石黒部長」
「いやぁ、優秀な君なら、この交渉がどうやったらお互いが納得できるか、さっきから黙り込んでいたってことは何か考えていたんだろ?」
「まぁ、そうですが・・」
「ああ、ごめんなさい、高月さん鳥居さん。この木崎は弊社の企画部でも1,2を争うスタッフでね」

さっきからずっとマウントを取られていて、心底気分が悪い。
短気な私の本音は、もうあと舌先まで溢れ出そうとしている。
それを伝えようとチラチラと高月さんに視線を送るが、全く私を見てくれない。

「利益を得られるからこそ、事業は継続できる。事業を巡る社会的ニーズの変化も激しいので、『そんな』ポリシーにこだわっていては利益率が上がらないと思います」

下手に出ていた私たちに、一切の遠慮もしないデリカシーの無い木崎の一言で、私の何かが弾け飛んだ。

「あなた・・・分かったかのような事を言わないでくれる?私達の仕事のポリシーがあるからこそ、仕事を続けられるの!」
「それは、あなたが経営者ではなく労働者だからそう言えるのです」
「そうよ、それの何が悪いの!働きがいを感じて、仕事を続けられる労働者がいてこその会社なのよ」
「違います、社会的・経済的需要に対して商品やサービスを提供するのが会社の存在意義です」

私と木崎の舌戦が開幕した。
石黒はニヤついているが、高月社長は表情が硬くなっている。

「まぁまぁ、お二人共。意見のぶつけ合いは賛成だが、出口を見つけようじゃないか」

この場面で表面的に憤っているのは、私だけ。

「僕が、この会社のポテンシャル調査を行いましょうか?石黒さん」
「おっ、そいつはいいね!」
「ポテンシャル調査?」

高月さんが食いついた。
そのまま石黒は流暢に説明をしていたが、私はすっかり頭に血が上って断片的にしか聞き取れなかった。
つまるところ、会社の業務効率の調査のようなものだ。
そして、このポテンシャル調査を受ける、という出口にたどり着けた。

去り際に高月さんは深々とお辞儀をしていた。石黒は満足げな表情で堂々と事務所に背を向けた。
木崎は、なにやら私のことをチラチラ見てきていたが、正論を言う奴は大嫌いなので顔すら一切向けようとは思わなかった。

🌱🌱🌱

イタリアンのお店のオープンまで後1ヶ月。
配布用とSNS用の2種類の広告の納期が迫ってきた。
最近はSNS用の電子データ納品が多いけど、今回の依頼主はこだわりの強いオレ様系なので、紙媒体での印刷もある。

印刷物は請負の印刷会社さんにお願いしている。
風間さんという家族経営の小さな会社だが、その2代目の御本人が落ち着きのあるおじさんかつ非常に物腰が柔らかい。
私含めみんなの癒やしキャラとなってくれている。

「もしもし、いつもお世話になっているイコールの鳥居ですけど、風間社長いらっしゃいますか?」

電話で印刷依頼をすると、色見本を3時間後には出してくれる。
作業的に、ここまでくるとホッとする。
この色見本待ちの間、時間つぶしに外に出かける。高月さん公認のご褒美タイムでもある。

「・・って、どちらにいくんですか?」

しまった、今はポテンシャル調査と称した監視役である木崎がいることを忘れていた。

「どこだっていいじゃない。まさか付いてくるわけ?」
「調査中ですから」

そう、なぜか私はこの木崎に1週間の仕事っぷりを監視されている。
ポテンシャル調査とは、従業員の付加価値を測定し、会社としてどれだけの利益に貢献しているかを算出する業績改善コンサルサービスのこと・・・らしい。
観察対象は一人で良いということで、残念ながら私が選ばれてしまった。デザインを担当しているというのも理由の一つだけど。

「まぁ、いいけど・・距離は取ってね」
「そのつもりです」

というわけで、本来はスイーツ巡りとか行っちゃうのだけど、大人しく書店で参考書でも探すフリをした。いや、フリじゃなくて本当に勉強はしたいと思ってるよ。
若い時は、ビジネス本とかもちょくちょく買っていた。
だけど、いろんな知識を得てしまったおかげで自分を見失ったような気がした。
だから最近は自己啓発なんかは近づかないようにしている。
もっぱら、おいしいスイーツ紹介本を探している。
木崎にはきっとメモ取られてるだろう、「あいつは食欲旺盛だ」と。

あっという間の3時間だったので、風間社長の印刷会社に向かう。
実は事務所から徒歩圏内。実に健康に良い。
下手にメールやチャットツールにも縛られない環境はアナログと馬鹿にされるかもしれないけど、私にとっては心地よい。

木崎も同行しているのだが、流石に協力会社さんの事務所内までの同席はご法度であるので丁重に拒絶しておいた。

「こんにちわー」

安っぽいサッシドアだけど、丁寧に掃除をされていて開き具合が良い。
所内の正面、奥から元ラガーマンの風間社長がゆっくりと出てくる。

「こんにちわっと。色見本ならできているよ」
「いつもありがとうございます」
「・・・ん?」

不意何かを見つけたような風間さんの発声に驚く。

「鳥居さん、なんか元気なさそうだね」
「そ、そうですか?いつも通り・・だと思います」

語尾が「思います」などと意味不明な言葉になってしまうことを悔やんだが、風間さんはそれ以上突っ込まなかった。

「ならいいんだ。・・・ほいよ、これでどうかな」

丁寧に色見本(チラシの試し刷り)を2パターン見せてくれた。

「ココの背景色と文字色が、印刷すると思ったより見づらくてね。僕の方で少し文字色を明るくしたけど、どうかな?」
「あ、ほんとですね。直して頂いたほうが断然見やすいです」
「だろう。ほいじゃこっちで回していくね」
「いつも、気が利く提案をしてただいて、本当に助かってます」
「ははは、ありがとう。元のデザインが良いからですよ」

風間さんはいつも肯定的で、気が効いた言葉遣いをしてくれる。
うちの会社のメンバー全員が信頼を置いている協力先なのです。

「今回は・・・200部だね。サービスで明日の朝一で納入しておくね」
「ほんと、いつもありがとうございます」

これで要件は終わった。イタリアンのお店の広告業務対応もこれでおしまい!
今晩、帰宅したら久しぶりに家飲みしちゃうぞ~と、心の中で宣誓していたら、風間さんが不意に話しかける。

「鳥居さん、いつも仕事バリバリこなしてるけど、たまには休むんだよ」
「あ・・はい・・」

なぜまたそんな事を急に?という疑問はあったけど、特に深入りする様子も無いのでその場はニコッと笑顔を残しただけにした。

「今日はお仕事終わりですか?」

外で退屈そうに待っていた木崎が私に声をかける。
ポテンシャル調査などと大層な名をつけているだけで、単なる工数調査にすぎないから、やっている本人も退屈そうだ。

「一応、今日の分はね。ってか、もう調査は必要ないでしょ」
「そう・・ですね。なんとなく業務効率はわかりましたから」
「この際だから言うけどさ、一緒にいられるのって・・・結構苦痛なのよ」
「それくらい知ってますよ」

呑気な答えに嫌気がさす。

「知っているなら、こんなことしないでよ」

聞こえるか聞こえないかの間合いで独り言のつもりだった。
木崎は聞こえているのか、聞こえていないフリをしているのか、ノーリアクションだった。

「まぁ、あなた方の気が済むのならそれでいいわ・・」

またもや喧嘩を始めようと思い立ったものの、そもそも何の関わりもない人に怒りをぶつけても何の役にも立たない。
妥協点を見出すために、ため息混じりで自分を諦めさせる為のセリフとなった。

🌱🌱🌱

ルンルンで帰宅した後、それは何気ない一通のメッセージから始まった。
見覚えのない人からの通知に、お風呂上がりの私は髪も乾かさずスマホに取り憑かれた。

『こんばんわ。風間です。急な連絡で申し訳ない。
 今日、鳥居さんがいつも以上に元気がなくて、空元気を振りまいている
 ような気がして、お仕事で悩みでもあるのかな、と思いまして』

絵文字のない文章が実に風間さんらしい。
しかし、本心から心配してくれているであろう温かく感じる文字列に、安らぎを感じてしまった。

『大丈夫です、お心遣いありがとうございます❤️』

それを最後に、メッセージは途切れた。
少しやりすぎた気もするが、気分の良い私は丁寧な気持ちを込めて返信した。若い頃、前職の職場ではおじさんたちから良く声をかけられていたからこういった場合の返し方は心得ている。
特に風間さんは協力会社の方なので、この時は・・・疑いもしなかった。

翌日、担当していたチラシは風間さんによって納品されたとメッセージで連絡があった。特に普段と変わりなく。
それと同時に我が事務所では、木崎がポテンシャル調査を終えたという事を伝えるためだけに事務所に顔を出した。高月さんと少しだけ会話していたが、気づけば去っていた。

こうして、結局は何事もなく順調に私のイベント2つは通り過ぎた。
やはり仕事やイベントが片付くという瞬間の開放感はいつも気分が良い。
その余韻に浸りながらも、もう決まっている次なる担当業務に向けた企画書を手に取る。

その企画とは、「わが街スイーツフェスタ」という取材企画だった。

🌱🌱🌱

スイーツフェスタ実行委員会のメンバーさんと一緒に、出展される各店舗を取材に周る。
試食込みの取材。・・・控えめに言って最高級のお仕事。
この日のためだけに、朝ごはんはしっかり抜いてきた!

意気揚々とバッグに必要機材を詰め込んでいると、笹山さんからいじられる。

「りいちゃん、いいなー」
「えっへっへ~。がんばって楽しんできます!」
「ちゃんと仕事してくるんだよ」
「大丈夫、大丈夫ですよ!」

と言いつつ、顔はにやけていると自覚している。
荷物を確認してさあ出発と、かばんをぐいっと肩にかける。

「ちょっと、鳥居さん、待って」
「はい?」

高月さんからも茶々入れられるのかとニコニコしながら振り返ると、高月さんは全く笑っていなかった。

「・・・間違えてるわよ、店名」

一瞬で状況を理解した。
昨日納品された、あのイタリアンのお店のチラシだ。
イタリアンのくせに店名がフランス語だったので、店主さんとも2回ほど確認をしていたが、良いフォントが見つからず文字をイラスト処理した。
二転三転して苦労したところだ。
・・・だけど、本当に間違えた?という疑いの気持ちもある。

「え、それって店主さんから」
「今さっきメールで連絡があったのよ、大至急、確認してきちょうだい」

私はこれから大事な取材が控えているので、代わりに高月さんが行ってくれるとほんの僅かに期待したが・・・その声色で無理だとわかった。
スイーツの取材の件は潔くキャンセルする・・・気持ちはあった。
そう、私はここで一つの判断ミスをしてしまう。

「わかりました。店主さんのところに向かいます」

口ではそう言ったものの、先に取材先のスイーツ店に向かった。
約束の順番を守っただけ。
そう、自分を説得して。


つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

第3章はコチラ。

本編の序章はコチラ。

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