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短編小説|縁結びのソイラテ #5

第3章 後編 成り行き


私のデスク側にある窓から外を見渡すと、いかにも雨が振りそうなどんより雲。
気づけば約束の11時を15分くらい過ぎていた。
約束の時間を守れないなど、相変わらず気に入らない会社だなと思う。
そういえば午後の天気は大雨だと予想されていたのに、傘を忘れた。
やっちまった・・・と残念に思っていた矢先、事務所のドアをノックする音が聞こえた。
すぐさま、木崎さんが顔を出した。

「こんにちわ、スタイルオブユーの木崎です」
「はい、お待ちしておりました」

私は小走りで駆け寄る。そのまま、来客用のソファーへ誘導する。飲み物を出そうか迷ったが、まだ取引関係でもないのでやめておいた。

「すいません、遅くなって。午後から大雨と予報されているせいか、交通量がいつも以上にひどくって」
「それはご苦労様でした」

2時間ほど前の高月さんのお説教を教訓に、表面的に、機械的に装うことを意識した。感情を動かしてはいけない。

「ん?鳥居さん、何かありましたか?」
「いえ、何も有りませんよ。高月から聞いておりますので、調査の件のみお伺いします」
「わかりました」

トゲのある言い方には少し心が痛む。
でも、高月さんの言われていたことは確実に遂行しなければ・・・私の信用は失墜してしまう。
そんな制約の中で、20分ほど木崎の話を聞いた。

今回の調査の件とは、2週間ほど前に行われたポテンシャル調査のこと。
現状のうちの会社の業務効率を調査した上で、業務の改善の余地を提案してくれるサービスのことだ。
単なる業務コンサルの予備調査に過ぎないので、話半分にしか聞かないことにする。
・・・ただし、ちょっと興味の湧く話もあった。

「・・という点から、もう少し営業とデザイナーの役割分担をはっきりするだけでも売上が12~3%は向上する余地がありそうです」
「それって、前回に高月がお話しましたが・・」
「デザイナーが営業も同時にこなす、というポリシーはわかります。しかしそれでは、たくさんの顧客を抱えた時、作業をするデザイナーへの負担が指数関数的に増大します」

たしかに、ここ数週間で4~5件掛け持ちしていたのでミスや感情的行動が多くなって発生した一連のトラブルを、上手く証明している気がした。

「ポリシーが大事なのは百も承知。しかし、業務効率に影響を及ぼすようなポリシーであれば本末転倒。従業員は疲弊し、エンゲージメントも低下するでしょう」
「たしかに・・」

非常に説得力のある物言いについ言葉を出してしまったが、この人はコンサルであることをすぐに思い出した。そもそも口がうまい集団。

「特に、鳥居様。あなたはデザイナーとしてのセンスや要領はとても高い水準にあると思います。我が社のデザイナーでもトップレベルです」
「え?」
「お世辞抜きに言ってます。ただ営業を得意にしているとは感じません」
「あの・・はっきり言いますね」

引きつった顔で嫌悪感を出す。
表層的に・・という高月さんの指示には逆らう形だが、個人批判されるのは心外だから。

「当社のデザイナーは出来高制でしてね。最低保証となる給与に業務別出来高を上乗せします。他の蜂屋様や高月社長様よりも、やはりデザイナーとしてのレベルの高さが際立ちます。そういった意味で、当社が提案する業務提携は貴社にとっても、鳥居様個人にとってもメリットがあると思います」

褒められているのか貶されているのか分からない。
しかし、先回来社した社長の石黒さんほど疑わしいイメージはなく、誠意が十分に伝わってくる。

「ありがとうございます。詳細は高月のほうから別途連絡いたします」
「わかりました、お待ちしております」

説明と同時に提示されていた資料を手元に寄せる。
硬い表情のままでお帰り頂こうと思っていた時、木崎から再び話が始まった。

「よろしければ鳥居様個人だけでも、当社に来ていただくことは可能ですが」

その言葉が示すのは、いわゆるヘッドハンティング。
いつもの私なら即答で拒否できるのだが、先程の説明に心当たりがあったせいか無碍には出来なかった。

「ちょっと、この場ですぐには・・」

濁した回答が良くなかった。これは、付け入る隙を与えているも同然。

「そうですよね、今のお仕事への不満はなさそうに見えます。とりあえず・・ではありますが、連絡先だけでも交換できますか?もし、今後気になることがあれば、なんなりと」

そのまま成り行き的に連絡先を交換してしまった。
女ひとりで生活していく上で、たしかに現状の給料だけでは将来が不安である。前職は大企業だったので、より一層現状との収入差は気になる。
今、この職場を選んでいる理由は、居心地の良さ。
しかし、高月社長からあれほど厳しくされてしまった現状、居心地が今後悪くなれば「二重苦」は避けられない。
それに、営業はたしかに苦手で、デザイン業務の足かせになっているのも事実。

「そうですね・・・気になることがあれば、私のほうから連絡します」

硬かった私の表情は少し緩んでいた。木崎にもバレているであろう。
でも・・・それでよかった。

🌱🌱🌱

クライアントである稲葉課長に怒鳴り込み、
業務提携の交渉の場で口論を巻き起こし、
デザイナーとして致命的な店名ミスをやらかし、
風間さんから怪しいお誘いを受け、
高月さんにお説教され、
木崎からのヘッドハンティング。

ちょっと色々有りすぎて感情がまとめられない。
金曜日だと言うのに、私の足取りは全く楽しそうではなかった。

ニコニコと笑顔で過ごせる日々を求めている。
苦しい環境でも耐えながら仕事に立ち向かう生活は・・・私には似合っていない。
いつでも気分良く、生きていたいのだ。

だから、気分を良くするためその週末は実家に帰ることにした。
予報通りの雨に打たれながら、忙しい日々から逃げるように。

隣町の実家までは、電車で15分。
お昼前に到着するよう、朝はのんびり支度をした。
外に出ると昨日の夜と正反対の晴れやかな空が、ちょっぴり夏を呼んでいた。ちょっと寒いかなと思った上着でもちょうどよかった。

見慣れた風景が横に流れる。
先月買ったばかりのイヤホンからは、学生時代に好きだった懐かしいメロディが聞こえる。
最新の流行りより、今は懐かしさで心を穏やかにしたい。

改札口では父が待ってくれていた。
穏やかな父の表情とは裏腹に、私は「本当の」表情で、荷物をぽいっと預けて堂々と車に乗り込んだ。
そして、家につくなり、母へあれこれ思いを吐き出した。
父からは晩御飯だのスイーツだの色々聞かれたが正直どうでもよかった。
私はひたすらアウトプットしたかっただけ。
・・・あれこれ話しているウチに、時間はあっという間に過ぎた。

そんな中、ちょっとだけ忘れられない会話があったー。

「夢美、仕事の話ばっかりだけど、支えてくれる良い人はおらんのか?」
「あたしは仕事で満足してるから、そもそも探してない」
「そうか」

父はそこから言葉に詰まっていたが、母は踏み込んできた。

「あんたねぇ、そうやって孤独を貫こうとしないで、誰かに頼るってことも大事なのよ」
「そう?他人を当てにするより、自己責任で行動するほうが楽なんだもん」

やれやれといった様子の両親を尻目に、目の前にある母お手製のコロッケをパクパク食べる。
こうやって、両親含め周囲の人たちから何度も暗に再婚を提案された。もう4年前の出来事なんだし、私も吹っ切れているからそれはそうだろうという状況は理解できる。

・・・だけど、どうにもそういう気持ちになれなかった。

仕事も、家庭も、私にとっては両方とも中途半端だったから、自分の心ゆくまでどちらかに集中したいと考えた。
その結果として、「あの時」の父の言葉を元に仕事を選んだまで。

そして、こうして働いてみて、私はやっぱり独り身が好きなのかもしれない・・・という結論に至っている。

「昔っからあんたはそうよねぇ・・・」

困り顔の母とは対照的に、父は大げさに笑いながら言った。

「そういうところが、夢美の魅力かもなっ」

結局、私の父母は許してくれる。
こんな親だから、我の強い、意思の塊のような鉄の女になったんだろうと思う。
大して飲めない缶チューハイも、この日の夜は2本飲んでいた。

翌日、ぼけっとしたまま、女子力皆無の格好で母に送ってもらった。
もっとゆっくりしたい気持ちもあったけど、これ以上長居すると日常に戻れなくなる。私には、私の生活リズムがある。
去り際に母から一言。

「自分を、一番にしなさいね」

そう、こういう一言を、私は待っていたの。

🌱🌱🌱

帰りの電車内でメッセージを受信した。
木崎からだった。
仕事関係の人だから全く関係ないと思いつつも、昨晩の父母との会話から、変な意識をしてしまう。
なぜなら、メッセージの内容はとっても私を気遣うものだったから。


「・・・というわけだから、来月から営業活動にもう少し力を入れたいの」

高月さんが週1のミーティングを牽引する。行政の委託業務も終わり、現在我が社にとっては定期以外の仕事が少なくなっている。

「最近は新規オープンの宣伝案件も数が減ってますよねぇ」

手元のノートPCを見ながら笹山さんがぼそっと嘆く。
そのとなりでは、う~ん、と天を仰ぐ蜂屋さん。
私は・・・なぜか上の空。

「鳥居さん?聞いてる?」
「あ!はいっ!ちょっと・・あの・・・考えてました!」
「ならいいけど、なんかアイデアだしてちょうだい」
「そうですねぇ・・・」

と、一旦考えるフリをしてその場をしのぐ。私はデザイナーであって、営業担当ではない。担当外の領域まで視野を広げようというモチベは、今のところ無い。そもそもデザイナーとしての力量を買われてこの会社にいるのだがら、そこは期待しないでよ、と心の中で反抗してみる。
しばしの沈黙で、高月さんは肩を落として諦めを口にする。

「まぁ・・ちょっと休憩ってことにしてもいっか・・な」

会社の業績が思わしくなければ誰だって不安になる。
単なる「閑散期」だからと思えば、さして不安を感じない。
しかしそれは労働者の身分だからであって、きっと経営者は違う気持ちなんだろうと察する。

しかし、私が思い描いていた状況とは異なる方向に傾きそうな気配がする。結局のところ、営業活動が活発でなければ事業は安定しない。デザイナーとしての役割よりも、「デザイナーができる営業マン」を求められるのであろう。

それは私の理想ではない。楽しめない。
不謹慎ながらも、次なる職場・・というか自分の身のフリ方を考えていた。

それに関しては、木崎くん・・と相談するようになっていた。彼は私のキャリアに対して前向きな意見をたくさん言ってくれるし、考えてもくれる。

『デザイナーって、個人のセンスよりも、どんなクライアントに見いだせてもらうかが重要なんですよ。今の夢美さんの状況だと、営業まで任されて安い労働力として扱われているだけですって』

『当社なら営業部隊が別にいますし、大手化粧品メーカーやアパレル業界とのコネクションの強さが売りですから、デザイナーとしてすぐに起用されると思いますよ』

こんな誘い文句ばかりのメッセージで、心が動かないわけがない。
何より、私の現状を理解してくれている。
すっかり、木崎くんの提案に耳を傾けていた。
来週末、エントリーシートの説明を受けることになった。
まだ行ったことのない場所だから、ついでに美味しいランチでも楽しんじゃおうと思ってる。

そしてもう一人、それとは別に普段の生活において癒やしを提供してくれる人がいる。風間さん。
4日ほど前に私のお気に入りのカフェまでやってきて、怪しい関係に踏み込もうとしてきたけど、それはどうやら誤解だったみたい。

あれ以降特別に何かしてくることはなくて、ぐったりと帰った日に限って、温かい言葉をかけてくれる。私の愚痴も全て受け止めてくれる。

『お疲れ様、今日はどうだったかな』
『一週間がんばったね』
『それは、大変だったね』

一昨日には、印刷所に訪れた時、高級な和菓子を私のためだけに用意してくれていた。ちょっとやり過ぎな気もしたけど、後腐れなく渡してくれるところが断りきれない。
奥様と子供がいる・・・とは知っているけど、これが私が求めていた心地よさなんじゃないかってくらい、癒やしの雰囲気を作り出してくれる。
だから、今度お食事に行くことにしている。ディナーだけど、美味しそうなハンバーグ食べれるから・・・まぁいいかな。

私がニコニコできる人生なら、それでいい。
いつでも、自分を一番に考えれば、それでいい。

続く

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

第4章はコチラ。

本編の序章はコチラ。

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