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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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#小説

短編小説|縁結びのソイラテ #7終

第5章 崩れ落ちた「私」 厳しい、ってのは知っていたけど、まさかこれほどまでとは。 株式会社スタイルオブユーに転職した私だったけど、たった2ヶ月でそれが間違いだったことに気づいた。 たしかにデザイナーとして評価され、デザイン部の4つある課のうちの1課というエース部署に採用された。 が、新入りの私は先輩たちの雑用に追われる。下積みだというのは理解しているけど、毎晩5時間超過はザラなのに残業手当はない。 出来高制という制度は裁量労働制を改編した制度だった。 何か担当を任されれ

短編小説|縁結びのソイラテ #6

第4章 夢なら醒めて 食事だけ、という誘いだったのにー。 お会計をした後、手首を掴まれた。 乱暴な感じはなく、そっと・・・優しく。 だからこそその瞬間、電撃を感じた。 ときめき・・・なんてものじゃなく、ただただ恐怖の感情だった。 そしてその時の「彼」の表情は、決して私に安心感を与えるものではなかった。 真顔で、虚ろで、舌なめずりをされているような。 とっさに手を振り払ったタイミングで、バランスを崩す。 慣れないヒールだったし、肩の空いた服だったしで、私は肩に痛みを感じな

短編小説|縁結びのソイラテ #5

第3章 後編 成り行き 私のデスク側にある窓から外を見渡すと、いかにも雨が振りそうなどんより雲。 気づけば約束の11時を15分くらい過ぎていた。 約束の時間を守れないなど、相変わらず気に入らない会社だなと思う。 そういえば午後の天気は大雨だと予想されていたのに、傘を忘れた。 やっちまった・・・と残念に思っていた矢先、事務所のドアをノックする音が聞こえた。 すぐさま、木崎さんが顔を出した。 「こんにちわ、スタイルオブユーの木崎です」 「はい、お待ちしておりました」 私は小

短編小説|縁結びのソイラテ #4

第3章 前編 くつろげない日々 私は今、全速力で走っている。 ちょっと踵が高い靴だけど、まだ20代だと言っても過言ではない体力には自信がある 大通り沿いなのに歩道の幅が狭いから、人とすれ違うのがちょっとしたアトラクションのよう。 時折、路上に置かれている自転車に苛つきながらも、クライアンとであるイタリアンのお店には最速で到着できた。 ちょっと息が切れているけど・・・これは都合がいい。 大至急向かってきたと伝わるはず。 「はぁ、はぁ・・、ふぅ・・・」 と、グッとつばを飲

短編小説|縁結びのソイラテ #3

第2章 お誘い 10日間にわたるアート展は大盛況だった。 私のデスクから見える外の大通りで県外ナンバーの車や観光バスを良く見かけた気がするし、TV局も取材に来ていたそうで、ネット上でも短いニュース動画も上がっていた。 もちろん、私達の作ったチラシもそこら中に貼り出しされていた。広告代理店としての私達は完全に黒子なんだけど・・・大役を果たした充実感にあふれていた。 アート展が終わってから二日後、文化振興課の担当の平川さんが事務所にはるばるお礼をしにやってきてくれた。役所の

短編小説|縁結びのソイラテ #2

第1章 行政委託事業 小さな広告代理店だから、とにかく小さな依頼を数こなして収益を上げることで成り立っている。単価の安さが大手との差別化になり、強みになる。でもだからといって安請け合いはしない。 そんな絶妙な加減の営業活動は、社長の高月さんのセンスに一任されている。 元々はデザイナー出身なのに、マルチな才能を発揮していて心底すごいなと感じる。 そんな感じで仕事を取ってきて事業を継続しているのだけど、利益率が高くそれほど営業努力を要しない仕事がある。 行政委託事業。

短編小説|縁結びのソイラテ #1

本降りだと思っていた灰色の雨雲から、季節を間違えたかのような日差しが顔色を伺う。 私のデスクは、小さなテナントビルの3階から通りを眺める位置にある。 仕事に集中していない時はついつい外の世界を観察してしまう。 「鳥居さん、ちょっとこのロゴ見てくれない?」 不意に社長から声をかけられたので、見当違いな返答をする。 「はい?この前の新規オープンのお店の件ですか?」 「ううん、ちがう。市役所の文化振興課のアート展のやつ」 社長と言っても、従業員3人の小さな広告代理店だから

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #5

5.思いがけないエージェント 給食センターで発生した食中毒事件から1か月ほど経過した。 恐怖の事件はすっかり忘れ去られ、図書館は例年通り夏休みの子供達で賑わっている。 私の担当した食品衛生のコーナーも大盛況。 子供は色々とっかえひっかえ本を漁る中、真剣な眼差しで図書を手に取る父母も多い。先の事件がタイムリー過ぎたのだと思う。 「大盛況でよかったのう」 古文さんが私の隣にまで近づいて目を細める。セクハラ疑惑のある老人なので、私は半歩右にズレる。 「そうですね、こぶ・・古

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #4

4.螺旋スイレン 救急隊の人から体調を何度も確認された。 脈拍は正常値、外傷もない、恐怖のせいか少し体の震えが止まらない程度。 救急車で運ばれるような状態ではなかったので、事務室の端にあるちょっと古めのソファで毛布にくるまれている。 周囲には救急隊の人が1名、警官が2名、図書館の警備員さんが1人。 そして山根さんが私の隣で体を寄せてくれている。 あの人影にタックルしたのは青少年センターの大山さんであることがわかった。腕に擦り傷を追ったらしく救急車のほうで簡易的治療を受け

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #3

3.強襲 「貸し出された本は、『改訂版:海洋生物と毒の話』。貸出者は猪狩葉子さん」 「ありがとうございます。ここからは警察が調べますので、依田さんには大変感謝します」 いつもの貸出受付のカウンターの裏手にある、3台目の検索端末の画面を美歩さんと一緒に覗き込んでいる。 「館長のこぶ、じゃない、古城には・・」 「すでに巡査部長の原口から連絡していますので、大丈夫ですよ」 マスク越しだが、女子力高めの美歩さんの笑顔に同性の私でも心地よい気持ちになってしまう。 それにしても

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #2

2.二度目の捜査協力 厚生労働省が奨励する食品衛生月間まであと1週間と迫った火曜日、チーフの山根さんに企画書を見てもらった。 「うん、いいんじゃないかな!企画の目的が『食品衛生はなぜ必要?』という問いへの答えになっているし、展示する図書の選定も衛生面や実生活に役立つものだし」 多分最大限の賛辞の言葉をいただけている。これは成功間違いなしと自信を与えてくれる山根チーフは、一般的な会社においても良い上司だろうなと容易に想像できる。 「ありがとうございます。装飾は先日の打ち

短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #1

 お世話になっております。担当の宮本です。  先日ご応募いただいた案件の書類選考の結果をご連絡します。  企業名:ツルタ食品株式会社  結果:お見送り  理由:他候補者との比較 「はいはい、そうですか・・」 不本意なメールはすぐ削除する。そうでもしないと転職活動なんてやってられない。残念な気持ちになるのも慣れた。だから次こそはと、しばった髪を解いてお風呂へ直行する。 依田未波、31歳、独身、女性。足が不自由な父を、元気が取り柄の母と一緒に介抱しながら生活している。以前は

短編小説|明日を探す私の進路

ラケットがボールを跳ね返す快音とセミの声が遠くに聞こえる教室。 三者面談で反抗的な態度を取ったことが、最初の一歩だった。 「今のところはかなりの好成績ですね。特に英語がよいので、花海外国語大学への進学も充分かと」 年配の男性が自分の事かのように断言する。進路相談員の立山先生だ。 「あら~、そんなことないですわ」 否定しつつも嬉しそうな表情を見せる母に嫌悪感を抱く。 「花山外大ですと、国家公務員や大手航空会社などへ多くの卒業生がいます。どんな社会人になるか期待していますよ」

短編小説|追い詰められた愛情

結婚はゴールではなくスタートだと良く言われるがまさにそう思う。 今、目の前で妻がドラマを見入っている。 リラックスしている時間帯だから安易に声をかけてはいけない。 先月学んだ。 結婚して3か月が過ぎた。 まだまだ、彼女のことが分からない。 機嫌のいい日と悪い日の差が激しく、地雷を踏んでしまう事を恐れてしまっている。 ただ、時折見せる可愛い笑顔でそんな恐怖はリセットされてしまう。 お互いに働いているから、家事は分担している。 女性は朝の支度が忙しいという事を知ってから、朝食