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短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #1
お世話になっております。担当の宮本です。
先日ご応募いただいた案件の書類選考の結果をご連絡します。
企業名:ツルタ食品株式会社
結果:お見送り
理由:他候補者との比較
「はいはい、そうですか・・」
不本意なメールはすぐ削除する。そうでもしないと転職活動なんてやってられない。残念な気持ちになるのも慣れた。だから次こそはと、しばった髪を解いてお風呂へ直行する。
依田未波、31歳、独身、女性。足が不自由な父を、元気が取り柄の母と一緒に介抱しながら生活している。以前は地元では有力な企業で食品関係の研究職として仕事をしていたが、メンタル疾患を患い辞めてしまった。
昨年10月、図書の貸し出しで相対した不審な男が、殺人の罪で逮捕された。捜査に協力したおかげで警察官の方とは仲良くなれたけど、だからといって図書館の事務員というキャリアから進展は何もなかった。非日常から何かを得たいと思った私の魂胆は、単なるお人好しエキストラとして終わったようなものだった。
少しでもいい仕事に返り咲き、両親を安心させたい。そして穏便に生活できればいいと思いつつも、誰かの為にもっと目に見える形で評価されて働きたいとも思ってる。
そんな二股をかけて図書館のパートタイマーとして働いている。
そんな私だけど、この狭い市内でなぜか2件目の事件に巻き込まれることになった。
今回は、食中毒事件。
1.イベント係
「来月は、厚生労働省が定める食品衛生月間に習って、図書館1階の展示スペースで企画をしたいんじゃ」
館長の古城さん(スタッフの間では通称古文さん)が、数少ない図書館司書たちの前で豪語する。
「過去にやったことある企画でしょうか?」
落ち着いたしゃべりで図書館司書の中でもチーフ的存在の山根さんが、問いかける。
「んん~・・無いんじゃないかなぁ」
古文さんが頭をポリポリ掻きながら答える。
「なぜ、食品衛生ですか?最寄りの学校の児童たちは夏休みですから、工作やレジャー関係の企画を例年通りやれば良いのでは?」
「そうなんじゃが、毎年同じでは脳が無いと思ってじゃなぁ」
「いえ、図書館の利用者アンケートでも、特に母親世代からは夏休みの宿題や過ごし方に関する支援を図書館に求めていると判明しています。例年通りの企画をやる事こそ、図書館の社会的な役割です」
「まぁまぁ、山根さん。それはいつも通りやるとして、今回の食品衛生は新規ってことで、小規模でも・・・イイじゃろ?」
少し大げさなため息を吐きながらも、仕方ないといった面持ちで山根さんが頷いた。
「で、じゃ」
まだ館長の勢いは衰えない。そのまま老眼らしき目を細め、会議室で誰かを探していた。ふと、古文さんの視線が止まった。そう、明かに私と目が合っている。
「依田くん。今回は君がメインで担当してほしいのじゃ」
先輩スタッフから夏休みは忙しいと聞かされていた矢先、古文さんの全く理解できない突飛な提案まで降り注いだ。
なぜ転職サイトでは見向きもされない私が、こんなところで採用されるのかと半笑いの半べそで会議室を後にした。
だけど、私の前職は食品会社だったので食品衛生と聞いても全く不得意という分野でもない。その経歴を古文さんが覚えていた上で私を担当に指名したのであれば、中々侮れないリクルーターである。
あなたにそんな事を見抜かれても意味ないのだけど・・。
「依田さん、大丈夫?企画担当されることになったけど」
心配そうに山根さんが声をかけてくれた。
「そうですね・・・前職の経験があるので良いのですけど、どんな意図をもった展示にすればよいかが分からなくて」
「そうよねぇ。でも前例がないから、ある意味楽だと思うわ」
意外なアドバイスだった。でもたしかに前例がないというのは、ある意味なんでも良い。成否なんか誰にもわからない。
この図書館では毎月何らかの企画を1階のメインフロアで展示する。企画といっても内容には差があり、市役所の教育部図書管理課から明確な依頼に沿う場合もあれば、図書員だけでおススメ本を並べるだけの時もある。
年末年始や夏休みは定番の企画があり、特に考える事もなく意外と簡単にできてしまう。昨年末のクリスマス企画で、初めて手伝ったけど折り紙で装飾を作るくらいで楽しかった。
「たしかにそうですね。夏休みですし、子供達の目線で食品衛生って何?というのを教えることができれば、いいですよね」
「そう、それ!アタシも食品衛生って聞かれても分かってないから、そういう目線でいいんじゃないかしら」
すぐに山根さんから企画書のフォーマットを見せてもらい、このイベントの目的や狙いを考え展示の概要をまとめることにした。同時に、図書館端末を手慣れた手つきで検索し、食品衛生に関する図書もピックアップしていった。児童向けの図書は少なく、食品衛生法や責任者の要件に関連する調理師や栄養士に関する書籍ばかりなのが気になった。
「意外と少ないなぁ、これはちょっと難しいかも・・」
と、最初から躓いた雰囲気の中、気づけば1時間は経過していた。
しかし、検索したのは開架の情報。
比較的人気の無い科学分野の図書が眠っている「あの閉架」に期待しつつ、今日の任務を終えるために貸し出し窓口に立つことにした。
平日の夕方は高校生の出入りが最も多い。単純に勉強していくだけなので図書の貸出とは全く関係ない本の貸し出しは少ないので楽な時間帯。
そろそろ終わりかなと時計を見た時、エントランス付近の高校生たちから不穏な会話を耳にした。
「まじで?これ、うちの弟の学校じゃねーか」
「なんかテレビ来てるらしいよ」
「誰かが毒でもいれたんじゃねーの」
3人の男子学生がそれぞれのスマホ画面を見ながら熱く語っている。なんかあったのは間違いないけど、職員として勤務中にスマホを見たりするのは禁止。気になるけど・・気にしてはいけないが、どうしても会話が耳に入り込んできてしまう。
「さっきココ来るときさ、救急車の音がたくさん聞こえたんだよ」
「まじでーおれもだよ」
「ってことは、死人でもでたのか?」
またこの地元で不審な事件でも起きたのかと思うと、世の中は物騒になったなと不安になる。
だけど、メンタル疾患で治療していた時に担当のカウンセラーから言われた一言は今も愚直に守っている。
『不幸な事件やニュースで、あなたが共感し過ぎることの無いように』
ドライだけど、できるだけ他人事にしている。
案の定、翌朝の出勤前の全国ニュース番組は、食中毒事件の内容で溢れかえっていた。私の住んでるこの地域が舞台となって。
簡単に言えば学校給食の食中毒事件で、3つの小学校、計276人が体調不良を訴えたという内容。幸い重篤者は発生していないとのことだった。
「夏場になると食中毒は怖いわよね~」
母が怯えた眼差しでニュースに話しかける。父は黙ってコーヒーをすすっているが、どこかコップの内容物を気にしていた。
「お弁当、気を付けなくちゃね」
私が確認の意味で発言すると、母はキリっとした表情になる。
「大丈夫!ちゃんと毒見しているから」
「それ、意味あるようで、無いよ・・」
少し離れたところにいる父がフフッと肩で笑いながら、顔はテレビに向けたまま話し出す。
「しかし、あれだな。3つの学校ということは給食センターでなんかあったんだろうな」
「一番、衛生面で気をつけている場所なのに、怖いわねぇ」
ニュースに向かってなんでだろうを繰り返す父と母はこう見えて平常運転。悲惨なニュースに気持ちを持っていかれないようにするため、そのまま行ってきますと職場へ向かうことにした。
通勤はいつも自転車。
初夏のこの時期は、朝の空気がとても気持ちがいい。季節の移り変わりを肌で感じながら、お気に入りのカフェの日替わりランチ、店先が華やかな花屋、野良猫がくつろぐブティックなどを横目に町並みの変化も楽しむ。
この時間が、私のちょっとした楽しみの一つだったりする。
しかし、そんな時間も10分もかからない。
そう、自宅と図書館は意外に近い。だから、すぐ仕事モードに頭を切り替える必要がある。
来月の企画が食品衛生とはこれまた偶然だなと、他人事のようにさっきのニュースを思い返す。いやいや、それよりも企画書のフォーマットが真っ白なことのほうが私にとっては一大事だから。
図書館の事務員になってから、あと数か月で1年が経とうとしている。最初は貸し出し窓口だけだったのに、企画を任されるようにもなった。だから、古文さんから抜擢されたことは面倒くさいという気持ちよりも嬉しさが勝った。忘れかけていた誰かに認められたいという欲求は、正しく使えばいいと思っている。
だから、しっかりとイベント係を全うすると、小さく私自身に誓いながら、自転車のスタンドを軽快に蹴り上げた。
つづく
この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。
本作は「本の墓場と天才の閃き」の続編にあたります。
前作はこちらから読むことが出来ます。
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