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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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2022年9月の記事一覧

短編小説|明日を探す私の進路

ラケットがボールを跳ね返す快音とセミの声が遠くに聞こえる教室。 三者面談で反抗的な態度を取ったことが、最初の一歩だった。 「今のところはかなりの好成績ですね。特に英語がよいので、花海外国語大学への進学も充分かと」 年配の男性が自分の事かのように断言する。進路相談員の立山先生だ。 「あら~、そんなことないですわ」 否定しつつも嬉しそうな表情を見せる母に嫌悪感を抱く。 「花山外大ですと、国家公務員や大手航空会社などへ多くの卒業生がいます。どんな社会人になるか期待していますよ」

短編小説|追い詰められた愛情

結婚はゴールではなくスタートだと良く言われるがまさにそう思う。 今、目の前で妻がドラマを見入っている。 リラックスしている時間帯だから安易に声をかけてはいけない。 先月学んだ。 結婚して3か月が過ぎた。 まだまだ、彼女のことが分からない。 機嫌のいい日と悪い日の差が激しく、地雷を踏んでしまう事を恐れてしまっている。 ただ、時折見せる可愛い笑顔でそんな恐怖はリセットされてしまう。 お互いに働いているから、家事は分担している。 女性は朝の支度が忙しいという事を知ってから、朝食

短編小説|部長のイス #1

たった数秒前、部下が辞表を提出した。 コレを受け取るのはオレの役目だが、2回目となると驚きはしない。 いつまでたっても成長の兆しが見えない部下。 いつまでたっても現場の惨状に目をつぶる経営層。 いつまでたっても上向かない会社の経営状況。 「またか」と思うようなトラブルの毎日。 これだったらエンマ大王様の下にいるほうが楽かもしれない。 解決策を求めて本屋に足を運んでも、上っ面だけの成功者の話ばかり。 今オレが置かれている状況に、そんな高みの見物をしている奴らをぶち込みた

短編小説|部長のイス #2

2.失った大義 「部長、今週末のゴルフコンペですけどFチームの僕と交代してくれませんか?」 「なぜだ?」 「専務と営業室の室長も一緒じゃないですか、ちょっと提案したいことがあって」 本心は分からないが止める権利も必要性も感じないから承諾した。 その後、オレにはさっぱり理解できない社内のゴルフトーナメントに参加した。スコアは100、無難なところだ。 役員やその部下がボソボソと「何か」を話しながらゴルフに興じる光景は、健全な気持ちでプレイする気にはならない。オレ自身は終始口数

短編小説|部長のイス #3

3.従わない者の末路 「・・・ということで、来年度から査定評価制度が大きく変わる。各室長は間違いのないように」 「部長、一つ確認したいことが」 明朗快活で頼れるオレの右腕である架橋室長が質問する。 「この新制度だと、現状の査定下位メンバーの査定額が下がるように見えるのですが・・」 「そうだろう・・な」 「つまり、そういうことですか・・?」 「・・・・新制度の説明はこれ以上は無い」 会社の給与体系の改革に伴い、労働組合員(係長以下の従業員)の査定評価変更の説明をしていた

短編小説|部長のイス #4

4.避けられない罠 「さっきの報告会、上手くいきましたよね?」 「そうか?本質的な課題はこれからだと社長は言ってたと思うが」 「いえいえ、部長考えすぎですよ。さっさと経理に買収の段取りを・・」 「待て待て、この件はまだ計画を詰める必要があるだろ?まだ始まってもないぞ?」 「まぁ私だったら段取り済ましておきますけどね」 既存事業室の向谷室長はしたたかだ。 1歳年上の割にはオレの部下という立場を弁えていて、「部下」という役割を全うしてくれる。この事業企画部の古株でもあるから仕

短編小説|部長のイス #5

5.左遷 「最近、君の厳しさについてウワサをよく聞くのだが、何かあったのかね?」 「厳しさとは何でしょう?自分に正直に行動しているだけですが」 「それならいいのだけど、いくら変革の時代だからといって、君のところは変わりすぎではないかね?」 「そうでしょうか?私は、変わるというより進化を目指していますから」 そうやって、何かを言いたそうな山西専務を追い払った。 5人。 これは、オレが事業企画部の部長に就いてからこの部署を去った人数だ。 2人は、オレが着任してわずか2か月の

短編小説|本の墓場と天才の閃き #1

「全部で5冊ですね、2週間後の10月18日までにご返却をお願いします」 ほとんどの人が無言のまま本を受け取ってその場を立ち去る。他県では自動化が進んでいるとの話も聞くけど、そうなったら私の仕事がなくなってしまう。静かな図書館で平坦な時間が流れる。刺激はないけど、平和な時間を過ごせることは案外幸せなのかも、と最近は思えるようになってきた。 そんな平坦で平和で平凡な仕事だから、ちょっとした変化や違和感にも敏感になる。そう、つい30分ほど前、おかしな来館者がいた。 図書館の本を

短編小説|本の墓場と天才の閃き #2

2.手繰り寄せ 「続いてのニュースです。昨夜午後9時ごろ、湯原市真中町の交差点で、車2台による衝突事故が発生しました。この事故により、乗用車を運転していた会社員の越山晋胡さん48歳の死亡が確認されました。現場から中継です。」 痛ましい事故のニュースに、家族三人で言葉を失いながら眺めていた。 「・・・よくもまぁ、何事もなくてよかったなぁ」 父が深々としゃべりだす。 「ほんとよねぇ。やっぱり危ないから、夜のジョギングはしばらくやめておきなさい」 母からは釘をさされる。 「は~

短編小説|本の墓場と天才の閃き #3

3.天才の閃き 翌日、いつも通りを装って図書館へ出勤する。事情聴取で気づいた私の疑問を確認しにいくために。 図書館職員は裏にある職員通用門から入る。簡素なロッカー室で制服に着替えた後、朝礼に合流する。朝礼といっても、今日の予定とシフトを確認するだけの古文さんの唯一の仕事。会社にいた時は社訓を唱和したりと、洗脳の儀式があったことを思い出す。しかしこれがメンタル的に良くないので、出来る限り忘れようとする。朝礼はちょっと苦手だ。 今日の予定として、小さな子供への読み聞かせがある

短編小説|本の墓場と天才の閃き #4

4.変わらない結末 二度目の警察署へ。今回は目撃者という立場だから気が楽なものの、あまり来たいと思うような場所ではない。受付で事情を説明すると、今回はその場で内線電話から倉井氏が呼び出された。2階から降りてきた倉井氏は、シンプルなパンツと控えめなヒールだけどやっぱりおしゃれな感じ。私もああいうオーラをだしたい。 「依田さん、ありがとうございます。今日は事故現場と、良ければ図書館にも伺いたいと思いまして、今から私どもの車で同乗していただくという形でもよかったでしょうか?」

短編小説|本の墓場と天才の閃き #5

5.私にできること 3日後の10月15日月曜日、当初交通事故と思われた事件は、殺人未遂事件に切り替えられ、梶海の身柄を拘束したと報道があった。私の住んでる地域では衝撃が走り、そこから数日間はなんだか落ち着かない日々を過ごした。 捜査を担当していた原口氏と倉井氏から、その緊急ニュースから1週間後に電話にて捜査お礼を言われた。倉井氏とは今度お休みの日にカフェに行く約束もした。下の名前は美歩さんと言うらしい。ちょっと女子力あげておかないと・・! 古文さんはこの事件後、私の観察

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #1

「・・ったくよう、あの口先だけの頑固オヤジに振り回されるのは、もう我慢ならねぇ!」 市庁舎の階段フロアで怒号がこだまする。1階から6階まで筒抜けだろう。 「まぁまぁ、落ち着いてください、式山さん」 「ぁあん?路寄、なんだお前あのオヤジの味方でもすんのか?」 「いえ、そういう訳ではなくて、こんなところで大きな声だしたら・・」 「わかってるって!でもなっ、たまったストレスはこうやって発散しないと、仕事なんてやってらんねーんだよ!」 なんだか怒りの矛先が自分に向いているような

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #2

2.魔-ケティング このわけのわからない世界に降り立ってから、自分の状況を冷静に振り返ることすらできないまま、鶏肉らしき肉をつかって唐揚げを作っていた。 鍋、食器、包丁などは金属と木で出来ていて案外普通に使える。 電気、ガスはなく、冷蔵庫や電子レンジはない。 水は井戸水を汲んだものだと、緑ブタさん(名前はオルクと言う)から聞けた。 食材は全て常温保存だが、不思議な水色のランタンの周囲が非常にひんやりしていて冷蔵庫がなくても大丈夫そうだ。原理はわからないが、非常に便利だ。