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短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #2

2.魔-ケティング

このわけのわからない世界に降り立ってから、自分の状況を冷静に振り返ることすらできないまま、鶏肉らしき肉をつかって唐揚げを作っていた。

鍋、食器、包丁などは金属と木で出来ていて案外普通に使える。
電気、ガスはなく、冷蔵庫や電子レンジはない。
水は井戸水を汲んだものだと、緑ブタさん(名前はオルクと言う)から聞けた。
食材は全て常温保存だが、不思議な水色のランタンの周囲が非常にひんやりしていて冷蔵庫がなくても大丈夫そうだ。原理はわからないが、非常に便利だ。
火は得体のしれない宝石から出ている。メタンハイドレードのような燃える氷をイメージすると僕の今見ている怪奇現象を説明できる。
小麦粉も問題なくあり、ダチョウのようなサイズだが卵も普通に使える。油も同様だ。

オルクさんの前で手際よく唐揚げを作っていると、しきりに質問が舞う。肉に粉をつける意味はなんだ?とか、油の中に入れたら溶けるのではないか?とか。
その純朴な質問に、きっとこの人は着ぐるみを着ているんだ、と自分なりの解釈を見つけることができた。ああ、僕の適応力ってすばらしい。

量は少なめだが唐揚げが出来た。早速オルクさんが1個口に入れる。

「う・・」

目玉が飛び出しそうになっている、よく出来た着ぐるみだと関心する。

「んまいっ!!」

強靭な肉体の緑色のブタが幸せそうな顔をしているのを見て、こちらもちょっと嬉しくなる。

「よしこれだ、これを出してヤツらの機嫌を取ってやる!」

そういうと乱暴に皿を取り、キッチンから店内と思われる方へドスドスと向かってしまった。何やら話し声が聞こえるが、詳しくは聞き取れなかった。
しかし、この時は意味がわからなかったが、明確に心に刻まれた客のセリフがある。

「今回はまぁいいだろうが、次はないぞぉ!ハハハハッ!!」

ふと、自由に行動できる状況に気づいたので周囲を観察する。店内は西洋風の酒場だが、よく見ると謎のコウモリの骨格標本や刃こぼれした大ナタが壁に飾ってある。店内の一番奥にはスイングドアがあり、更にその遠景には似たような建物が2軒ほどチラ見できる。この酒場は集落の一つにあるようだ。加えて、僕が連れ込まれた出入口は飲食店によくある勝手口だったようだ。
先ほど使った水は瓶に張ってある。改めて水面を除くとか弱いエルフのような人物が見える。おまけに服装までもエルフっぽい。ここでようやく自分の身体的状況を把握することができた。

「ああ、ついに自分じゃなくなってたのか・・」

どういう理屈か知らないが、路寄幸助はいなくなった。新しくこのエルフとして生きていくんだ、と思いのほか冷静に受け止めることが出来た。恐らく昔遊んだゲームの世界感によく似ているからだろう。
間もなくして、オルクさんがキッチンへ戻ってきた。

「やっぱり大好評だったぜ!金もおいて帰っていったぜ、ヒヒヒ!」

すごい嬉しそうである。目の前のこの怪人を喜ばせただけでも、なんだかホッとすることができた。
そこで、オルクさんに自分の事情を説明しながら話を聞くことにした。

  • ここは常夜界と呼ばれる世界であること

  • キヨリという魔王の為に働なかなければいけないこと

  • オルクさんはこの焼肉店を営んでいること

  • 儲かっていない店は魔王キヨリの査定で潰されること

  • 潰されると一生奴隷になってしまうこと

大まかにこんな話を聞けた。

「ふーん、お前はこの世界で生まれたわけじゃないと言うが、実際みんなそんな感じだ。気づいたらこの世界の住人だった」

「そ、そうなんですか。元々は人間だったんですか?」

「にん・・げん?なんだそれは?」

この反応はガチで知らない感じだったので、とりあえずもう話をするのを止めた。着ぐるみの中の人の演技力に脱帽する。

「ところで、僕はこれからどうしたらいいでしょうか・・?」

不安そうに問いかけると、オルクさんは頼もしい返事をしてくれた。

「残念だが、オレの店は儲かっていない。もっとガッツリ儲けたいから、お前はこの店でドンドン新しい料理を考えてくれ!料理は俺様がやる」

頼れる上司のような存在がなんでこんな世界で見つかるのだろうかと嘆きながらも、全力で尽くすことをオルクさんに誓った。とりあえずの身の安全が保障されていると感じたから。

「早速なんですが、オルクさんのお店のメニューを教えてくれませんか?」

「メニュー?料理の品のことか?それなら、肉を焼くのとジェル酒だけだぞ?」

さも当たり前のような顔でオルクさんが言う。現実世界でも個人経営の飲食店で、このような状況に出会ったことがある。産業支援課の本質的な仕事は、まさにオルクさんのような店を救うことだ。エルフと化した僕でも市の職員としての義務感は残っていた。

そこで、まずはマーケティングだとオルクさんに説明した。

「なんだそれは?」
「他の店や、客の好みを調べるんですよ。そうすると、この店がどういう料理を作ればよいか、ヒントが得られます」

自信満々に語っているが、これは生前(死んだと断定できないが)の市役所勤務で数合わせのために出席したセミナーの記憶を頼りにしている。

「んなもん、俺の料理にケチをつけるやつは二度とこなくてイイ!」
「いやいや、毎日来てくれるリピーターを作ることは大事ですよ」

オルクさんは中々の頑固者だが、とてもシンプルに分かりやすい性格だ。

「リピー・・?なんだそれは?さっきからわからん言葉ばっかり使いやがって!」

おっと、怒ったらかなり怖そうだ。たしかに、素人には専門用語をできるだけ使わないようにしなければ。

「ごめんなさい、このお店が好きだ!毎日来たい!って思わせる客を増やすんですよ」
「・・ふん、そういうことか」

オルクさんの情報によると、この周辺は小規模集落ではあるものの魔王キヨリの居城から近く、魔王関係者が食事に訪れることが多々あるという。ただし、同じ客はあまり見ないとのことだった。

「付近に、同じような食事を提供している店ってあります?」
「あるぞ。ヒョロい魚人のばぁさんがやってるスープ屋、小さなデブゴブリンの酒場、いけ好かないヴァンパイアがやってる飯屋!」

表現に偏見が含まれているが、この嘘をつかず正直に話してくれるスタンスがとても前進しやすい。

「わかりました、とりあえずその3つの店に行ってきます」
「なんでだ?」
「偵察するんです。ライバルより儲けるには何が必要かを知る為に」

オルクさんはニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。お互いの拳を突き合わせながら。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。


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