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短編小説|部長のイス #3

3.従わない者の末路

「・・・ということで、来年度から査定評価制度が大きく変わる。各室長は間違いのないように」
「部長、一つ確認したいことが」

明朗快活で頼れるオレの右腕である架橋かけはし室長が質問する。

「この新制度だと、現状の査定下位メンバーの査定額が下がるように見えるのですが・・」
「そうだろう・・な」
「つまり、そういうことですか・・?」
「・・・・新制度の説明はこれ以上は無い」

会社の給与体系の改革に伴い、労働組合員(係長以下の従業員)の査定評価変更の説明をしていた。決定事項なので不満を言われてもオレには何もできない。こういう会社の制度の変更点を部のメンバーに説明するのは、右から左に行うしかない。

「これでは、査定が下がったメンバーはより一層やる気を失うだけです!」

まだ架橋室長の主張は続く。

「気持ちわかるが、決定した制度はそう簡単には変えられない」

ドライなことしか言えない悔しさが、部長という立場をより一層惨めに感じさせる。

「まぁまぁ架橋室長、より成果の出してるヤツの査定上限は上がるわけだから、デキるヤツのモチベはあがることになるよ」

横から口を出すのは既存事業の統括業務を行う室長の向谷むこうやだ。オレより1歳年上で複数の部署を渡り歩いた経験もあり、この部署の古参でもある影のボスだ。オレがいなければコイツが部長だろう。

「しかし、それではメンバーの格差が・・・」

架橋室長と向谷室長の意見は対立している。しかしここで対立しても何も変えることはできない。残念だが決定事項には従うのはどんな組織でも共通だ。

「それはオレも同じ気持ちだ、架橋。こういう制度が施行されたからこそ、査定下位のメンバーのやる気を出させるのは、室長の仕事だと思ってくれ」

面倒なことは室長に投げる。これも、部長としての威厳を保つには重要なスキル。

「原材料高騰に伴う販売戦略の見直し、進んどりますかね?」

以前所属していた調達部の部長の榊山さかきやまから、食堂でうどんをすすっている最中に声を掛けられた。

「・・まったく手を付けていない。他の事が忙しすぎてな」
「そら、うちも一緒やで」

この榊山とは同期で、しかもオレと全く同じタイミングで部長に抜擢された数少ない同志だ。

「前いた総務の時は、もうちょい納期とかハッキリしとったんやけどな」
「・・・調達は、市場動向に左右されるから仕事のリズムが難しいだろう」
「そやなぁ、慌ただしくってなぁ。伊東いとちゃんはようやってたわ」

お互いの脳裏は仕事の課題でいっぱいになったせいか、その後しばらく無言が続いた。食堂のテレビがニュースから天気予報に変わった時、榊山が思わぬことを口にした。

「査定評価制度の説明したん?」
「ああ。室長が反発したけど、確かにひどい制度だと思うところがある」
「あえて格差をひろげるっちゅーか、労務費おさえたいっちゅーか」
「そういう意図が見え見えだから、オレは納得していない」
「相変わらず、真面目やなぁ」

そうだろうな、と納得できる。オレだって朝のジョギングが続かなかったり、嫁に内緒でへそくり貯めてたり悪い事もしている。でも、会社で仕事をしていると、真面目に働いている人の足元をすくったり、出てきた芽吹きをごっそり刈り取るような事には目をつぶれない。

榊山さっきーはどうなんだよ?」
「んんっ?おれはもう色々と諦めたんよ」
「何をだ?」
「正しいこと言っても、面倒な後始末をやらされるだけでしょ?それが嫌だから、言わんことにしとる」

ラーメンの汁をずずっとすすった後、遠くを見つめていた。

「それじゃ、販売戦略の見直しについても言わなくてよかったのにな」

久しぶりに同期とハハハと笑い合う事ができた。

従業員の査定は年に2回行われる。新制度に移行して最初の機会が訪れた。
我が部署は2つの室で組織されていて、架橋と向谷の二人から部員の査定評価シートが提出される。その2つを確認するのがオレの仕事だが、できる限り公平性を保つための調整会議を3人で行う。
向谷はいつもしっかり差をつけて評価するので、ある意味楽である。白黒はっきりしている。
架橋は気持ちが入ってしまうので、比較的横並び評価をしがちだ。悪くないが、評価制度においては調整を多々要すので時間がかかる。
そんな中で迎えた今回の新制度、やはり架橋から泣きが入った。

「部長、B評価の人員を2人に絞るのは、ちょっと難しいです」
「うーん・・気持ちはわかるが、この4人が同じ評価であるのは違和感があるぞ」
「たしかに、目に見えた実績を残してはいません。しかし、彼らなりに努力しています、失敗しながらも着実に一歩前進はしていますから」

熱意のこもった視線で訴えてくる。部下に対してこれだけ真剣になれるのは、普段からその行動をよく観察しているからだろう。

「かといって、向谷の既存事業室のメンバーを落として全体人数を調整するのは流石に無理だ」

論理的に不可能であることを説明するしかない。

「それは、わかっていますが・・」
「架橋、制度に対して不満を述べても前には進まない。このB評価の4人のうち、客観的な成果を出している2人を教えてくれ」

無理やり前に進む。

「一応、記載されている順になってます・・」
「そうか、わかった。ありがとう」
「部長はこの格差をつける制度について、どう思ってるんですか?」

部長たるもの、意見を求められることは多々ある。もちろん影響力のある立場だからあまり適当な私見は言えない。

  1. 当たり障りのない一般論を答える

  2. 本音と建前を正直に話す

相変わらず二者択一しかない自分の頭の硬さには絶望するが、最善なのはどっちなのかを考える。

「今この時代、格差社会と呼ばれているのはお前も十分知っていると思う。単なる流行りではないと思うが、できる・できないの差を付けることで戦力配分の見極めをしなければならないと、オレは思っている」
「戦力配分、ですか」
「そうだ。横並びで全員でがんばろう、という企業は、この変革の時代で生き残れない」

我ながら偉そうなビジネス書のようなセリフになってしまった。みるみるうちに架橋の顔色が変わった。

「競争して生き残ることが企業の目的ですか!?従業員にも家族がいます、その家族を守ることが企業の果たすべき責任として優先されるべきでしょう!」

間違っていない、正論だ。架橋はここぞとばかりに畳み掛ける。

「そもそも、会社として利益が出る体質にするのが経営者の役目であって、経営の悪さを従業員がこういう形で被るのは納得いきません!」
「お前はどの立場で言ってるのか?」

少し落ち着いたトーンで語りかける。室長は本来は会社経営層の末端に位置するから、今の架橋室長の発言は造反にあたる。

「立場って・・こういう事から声を挙げないと、会社は変わりません!黙って従うことが、一番の問題です!」

耳が痛かった。少しばかりの沈黙のあと、自分の中でうずくマグマを感じながらも冷静に考えた。

「そうだな・・適切に声を上げることも大事だな」

それまで怒りの表情だった架橋は、肩の力が抜けていった。

「そのかわりな、やるからには徹底的にやるぞ、覚悟はいいな?」

組織を統制するには、多くのルールや守りごとが存在する。逸脱を許さず、全員が均一な条件で働くことで企業としての成果を出す。
しかし、中には不満や意見を主張したいと思う人間もいるだろう。その意見が出るからこそ、組織として強靭になっていく・・・のだが、残念ながら組織はそういった意見を聞いて反映する余裕はない。常に多数決なのだ。
だから、言っても意味がないと縮こまり口を閉ざす人が多い。

これこそが、企業の本当の「死」である。従っていれば良いという風潮が、本来企業が育てるべき原木を根本から腐らせるのだとオレは思う。

2ヶ月後、総務部の部長に査定評価制度の問題点を正式に申し入れした。もちろん、架橋室長を発起人とさせ3ヶ月後に労働組合に派遣するという条件を本人が了承したうえで。

彼ならうまくやるだろう、右腕を失ったオレの痛みなど忘れさせてくれるくらいに。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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