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短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #1

「・・ったくよう、あの口先だけの頑固オヤジに振り回されるのは、もう我慢ならねぇ!」

市庁舎の階段フロアで怒号がこだまする。1階から6階まで筒抜けだろう。

「まぁまぁ、落ち着いてください、式山しきやまさん」
「ぁあん?路寄みちより、なんだお前あのオヤジの味方でもすんのか?」
「いえ、そういう訳ではなくて、こんなところで大きな声だしたら・・」
「わかってるって!でもなっ、たまったストレスはこうやって発散しないと、仕事なんてやってらんねーんだよ!」

なんだか怒りの矛先が自分に向いているような気がしてきたので、これ以上宥めるのは諦めた。

僕の名前は、路寄幸助みちよりこうすけ。42歳。妻と4歳になる娘がいたが、半年くらい前に離婚した。理由は・・まだ説明できるほど心が整っていない。
趣味は料理を作ること、といっても料理人のような腕前ではなく、自分の食べたい物を作るくらいである。
勤続20年のしがない公務員で、市役所の産業支援課に所属している。出世に恵まれず、多くの部署を渡り歩いて(回されて)きた。
学生時代に動物園のバイトがきっかけて動物についてはそこそこ詳しく、本当は動物園で働きたいと思っている。
人の話を聞くのは苦ではないが、どうにも意見を言うのが苦手。だからこうやって先輩職員の横についてフォローをしたり、雑用をこなしたり、市民の役に立つ(と思っている)仕事を繰り返している日々だ。

そんな、少しモヤモヤした毎日を送っている。

ついさっきも、市内の中小企業の鉄工所を経営する社長さんの事業継承に関する相談を受け持っていた。誰かに売るのか、畳むのか、社長さんも相当迷われていた様子で会うたびに言う事が変わる。そんな社長さんに先輩の式山さんはお怒りの様子だったのだ。

「おい、ちょっとタバコ吸いたいから、ついてこい」

昭和のガキ大将のようだ。返事はしなかったけど、渋々後をついていく。近年の急速な分煙化によって、市役所の喫煙所は2か所しかない。そのうち1か所は市長の執務室の近くにあり、大半の職員は北庁舎1階の裏側の1か所しか与えられていない。もちろん、市民用の喫煙所は別にあるが職員の使用は絶対NGだ。
喫煙所には誰もいなかった。式山さんは大きく伸びをしながら、電子タバコをくわえた。

「はあぁあ、めんどくせー事ばっかりで嫌になるぜ」
「市民のための仕事ですから、仕方ないですよ」
「ん?さっきからオレに対して説教でもしてるつもりかぁ?」
「い、いや、そういうわけでは・・」

心労が嵩む。早くこの先輩とは離れたい。

「おい、路寄、ちょっと飲み物買ってきてくれ。いつものあのコーヒーな」
「わかりましたよ」

こんな休憩を毎日繰り返しているから、すっかり式山さんのお好みのコーヒーを覚えてしまった。北庁舎のすぐ近くにコンビニがあるので、トボトボと向かう。

「にゃあああぁ・・・」

ふと、猫の声がした。どこだろうと辺りをキョロキョロ見渡すと、北庁舎の外周をぐるっと囲っている高さ180㎝以上の植木の足元に、白い猫がこちらを見ていた。動物好きとしてはたまらない。すぐにしゃがみこんで、おいでおいでと手を差し伸べる。
すると、猫はこっちにこいと言わんばかりに、繰り返し振り向きながらも北庁舎の建物沿いを先導する。

「なんだろう・・」

気になってゆっくり猫を追いかけると、剪定道具のおいてある屋外用物置の上にさっきの猫がくつろいでいた。

「・・・単なる猫の気まぐれか」

そう思ってコンビニへ足取りを戻そうと思った瞬間、物置の隣にあった大きな青いポリバケツの辺りから美味しそうな焼肉の匂いがした。あまりにも肉のイメージが湧いてくるリアルな匂いに引き寄せられ、ポリバケツのフタをおもむろに開けてしまった。

その瞬間、目の前が真っ暗になった。


1.ウェルカム・ヘル

どれくらい意識がなかっただろうか、さっぱりわからない。
周囲を見渡すと枯れた木々がまばらに生えていて、真っ赤な彼岸花のような植物が点在している。
建物は一切なく、紫色の光を反射している岩と乾燥した地面が一面に広がっている。
遠景には真っ黒い山々、明らかに雨の降りそうな灰色の雨雲、遠くに見える稲妻。
わけもわからず、呆然とするしかなかった。

ふと、地面についている手を何かが触る。ひっ、っと小さな声を上げて手を引くと、黒い虫が体に登ろうとしていた。しかし、この虫は家の中で出会いたくないよく見る「アレ」だ。
ふと、自分の座り込んでいるすぐ後方に建物があることに気づいた。レンガ作りだが、歴史的建造物のような美しさは皆無。明らかに市役所の北庁舎・・では無い。

「おいおい・・何の冗談だ・・これ・・」

ただし、あのポリバケツから漂っていた焼肉のいい匂いは同じだった。どうやらこの建物の屋根に煙突があり、そこからやって来ているようだった。気を失う前の唯一の共通できる現実に、夢ではないと諦めはついた。

すると、この建物のどこからか、扉のようなものを乱暴に蹴飛ばす音がした。

「・・ったくよう、あの口先だけの頑固オヤジに振り回されるのは、もう我慢ならねぇ!」

つい1時間前に聞いたことのあるセリフだったが、声色が全く違う。
その声の主の足音が、こちらに近づいてくる。本来は隠れるべきだが、この状況に圧倒されていたせいか全く動けなかった。
そして目の前に現れたのは・・・緑色の肌をしたブタのような怪人。

「んあ?なんだてめーは?こんなところで何してやがる?」

諦めた、もう色々諦めた。答えようにも、声が出ない。自分の人生はなんだったのかと考えてしまった。そして最後の最後で、このよくわからない遊園地のお化け屋敷のような場所が終焉の地だと決心した。

「まぁいい、ちょうど人手が足りなかったところだ。ちょっとこっちこい」

自分の4倍以上ありそうな太い腕でぐいっと引き寄せられた。そのままヘナヘナした状態のまま、この建物の中に連れ込まれた。

建物の中は落ち着いた西洋の酒場の雰囲気そのものだった。ランプはすべて火が灯されておりその薄暗さがオシャレに感じ、さらに焼肉のいい匂いが漂っていて妙に居心地がよく感じた。
しかし、店内の客は多種多様な怪人が数人(匹)いた。

「おい、お前、なんか食い物つくれるか?」

さっきの緑ブタ怪人が、僕に興味を持った表情で少し小声で尋ねてくる。すっかり自分が食材になるものだと決心していたので、念押しで聞き返す。

「た、たべものを作るんですか?」
「そうだ。客たちが俺様の料理に飽きたっていうから、違うものを、だ」

冷静に考えればいきなり無理難題すぎるのだが、そもそも異常な状況を前にしてそんな事は言ってられない。

「か、からあげ、だったら、できますけど」

実は唐揚げは元妻の得意料理だった。あまりに美味しかったので、その作り方を教えてもらったからなんとなくできる。

「なんだそれは?まぁいい、やってみろ。心配するな、お前を食うつもりはない」

諦めていた矢先の急な優しい一言に、感動し涙が滲んだ。

「あ、ありがとうございます、がんばります!」

「お前を売ったほうが金になるからな」

・・・悪い夢なら今すぐ醒めてほしいと神に願った。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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