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短編小説|本の墓場と天才の閃き #5

5.私にできること

3日後の10月15日月曜日、当初交通事故と思われた事件は、殺人未遂事件に切り替えられ、梶海の身柄を拘束したと報道があった。私の住んでる地域では衝撃が走り、そこから数日間はなんだか落ち着かない日々を過ごした。

捜査を担当していた原口氏と倉井氏から、その緊急ニュースから1週間後に電話にて捜査お礼を言われた。倉井氏とは今度お休みの日にカフェに行く約束もした。下の名前は美歩さんと言うらしい。ちょっと女子力あげておかないと・・!

古文さんはこの事件後、私の観察力の高さを認めてくれたのか、態度が少し改まった。同僚の職員たちからも「地味女」という印象が「賢女」に変わったそうだ。身の丈に合わないこっちのほうが嫌かもしれない。

父と母は、私の今回の行動に誇らしさを感じたみたい。そのせいか晩御飯がちょっと豪華になった気がする、ダイエットしたいのに・・。
一昨日には、
「亡くなった方へ、献花でもしようか」
という父の一言で、あの交差点まで車椅子を押しながら花を手向けに行った。あの交差点には、いまだに多くの献花が寄せられていた。

「いくら真実に迫ったところで、亡くなった人は帰ってこない。未波がやったことが、遺族の方々への救いにつながるといいなぁ」

帰り道に父がぼそっと言う。
いくら捜査で真犯人を見つけたとしても、今後犯人が法で裁かれるにしても、それは自己満足に似たことなのかもしれない。結局、命を奪われた人は帰ってこないから。
私の「推理ごっこ」は、事件を未然に防ぐ事としてやるべきではないかと自問していた。

茜色の鮮やかな空が、緊張感で涙を忘れていた私を優しく包んでくれた。

こうして、私の怒涛の2週間が過ぎようとしている。
テレビやネットのニュースではこの事件における犯人の動機や背景が語られている。しかし、私はもう見ないことにしている。事の顛末は想像がついているから。
あの時の来館者への違和感は当たっていた。その感性に自信をもって、これからも些細なことに気づける性格を、仕事に活かせたらいいなと思っている。それが私にできることだから。


最後に、古文さんとのエピソードを振り返ってこの手記を終わりにしたい。

「おはよう、依田さん。この前の名推理はお見事だったねぇー」

事務室とはいえ、静かな図書館でデカい声で話しかけるのはやめてほしい。

「いえいえ、私は気づいたことを言ったまでで」

とりあえず謙遜しておく。続けて、気になっていたことを尋ねてみた。

「あの時、なぜ私に閉架にある応用化学論を取りに行かせたんですか?」

「元研究職の依田さんなら、先に目を通して何かに気づくやろと思って頼んだんじゃよ。ワシに渡す前に、見たじゃろ?」

この人、実はやり手かも。いつも仕事をしていない雰囲気とは違う一面を見れた。
このおじさんが影で散々叩かれているのを当然知っているからか、この時ばかりは持ち上げてあげようという気持ちになった。

「そうだったんですね、さすが古文さん!」

「んっ?こ・・ぶん・・?」

私はこの職場に、長く居れないかもしれない。

この物語はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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