見出し画像

短編小説|本の墓場と天才の閃き #2

2.手繰り寄せ

「続いてのニュースです。昨夜午後9時ごろ、湯原市真中町の交差点で、車2台による衝突事故が発生しました。この事故により、乗用車を運転していた会社員の越山晋胡さん48歳の死亡が確認されました。現場から中継です。」

痛ましい事故のニュースに、家族三人で言葉を失いながら眺めていた。
「・・・よくもまぁ、何事もなくてよかったなぁ」
父が深々としゃべりだす。
「ほんとよねぇ。やっぱり危ないから、夜のジョギングはしばらくやめておきなさい」
母からは釘をさされる。
「は~い・・・」
せっかくのやる気も、事故を目撃した関係者という立場もあってすっかり失っていた。おまけに、現場検証をする際もう一度事故状況の確認をしたいからと警察署に行く予定がある。
「なくなった越山さん、あんたの前の会社の方だそうよ」
「え、そうなの?全く知らないから、違う部署の人だと思うけど」
おばさんの情報網はスマホより早い。私はこういうの、嫌いじゃない。
「48歳は若すぎるなぁ・・残された家族も大変だなぁ」
父が我が身のように語るから、こちらも悲しい気持ちになってしまう。それを見越して母が踏ん切りつけて立ち上がる。
「さぁて、晩御飯はエビチリよ!未波、手伝ってね!」

図書館は市役所の管轄下におかれた組織で管理されている。館長、と表現すればしっくりくるかもしれないけど、責任者がいる。古城ふるきさんという。下の名前が正文というらしく、職員の間で古文こぶんさんと呼ばれている。親分なのに「こぶん」、是非とも本人には内緒にしておいてほしい。
そんな古文さんに事情を説明したところ、警察への協力について理解を得られた。特別休暇の申請が必要だけど、ほんのり得した気分だった。
「しかし、君も強運だねー」
古文さんも父と同じようなリアクションだった。
「父も同じような事を言ってました。普段、ツイてない分、ラッキーでした」
「そうかそうかー。しかし、夜に何をしていたんだい?」
「あの、ダイエットのためジョギングを・・」
「ほほう、依田ちゃんはスタイルいいのにー」
そう、この古文さんはセクハラ気味な人である。同じ職員さん方からすでに聞いていたので、しっかり距離感は作れている。
「・・・では、警察から連絡あったらお休みしますので」
この時「警察」という単語を強く発声したので、古文さんが瞬時にたじろいた表情を拝めた。

2日後、予定通り警察から呼び出しがあり、私は署に向かった。入ってすぐにある窓口に事情を伝えたところ、2階の廊下の奥にある会議室に案内された。会議室にしては少し狭く、大人10人は絶対座れない広さだった。やはり警察署だけあって、引き締まった空気と整然とした物の配置に凄みを感じてしまう。
椅子に腰かけてから1分もしないうちに、扉を軽くノックして男性と女性が入室した。二人ともノーネクタイのサラリーマンといった着こなしだった。
まずはスラっとして短髪の男性が名乗り出た。
「巡査部長の原口です。今回捜査のご協力いただき、ありがとうございます」
丁寧な発声でとても好感がもてる。地味女の私は惚れてしまいそうになるタイプだが、明かに釣り合わないので早々に諦める。
「同じく捜査を担当する巡査の倉井です、よろしくお願いします」
女性もハキハキした感じで、前髪をちゃんと作っている。私服はきっとオシャレさんだなぁと思える。そして二人とも、私と年齢が近いように見えた。
そんな心の中では見た目の事ばかり考えていたが、二人の表情は決してにこやかではない。すぐさま、原口巡査部長が説明を始める。
「早速ですが、依田さんは今回の交通事故の目撃者の一人として、事情を聞かせてもらいたいです」
「はい、わかる範囲で」
自信なさそうに答えるが、すぐさま倉井巡査が表情を緩ませて言う。
「大丈夫ですよ、無理強いはしませんから」

「・・・ということは、亡くなる直前の越山さんが運転している姿は見ていない、のですね」
「はい」
原口氏の確認に対して、とにかく当日の状況以上のことは話さなかった。
「・・・・」
二人の警察官は手元の資料を眺めながら、考え込んでいた。
「ではもう一つのコレ、聞いてみましょうか?」
倉井氏が、原口氏に確認を取る。原口氏は無言のまま深く頷いた。
「依田さんは図書館でのお仕事をされていますね?」
正直それを知っていることに驚いてしまった。えっ、という私の表情の直後に倉井氏が説明する。
「すいません。大変驚かれたと思いますが、今回の交通事故はただの交通事故ではないという捜査が進んでいまして」
「それと私には何の関係があるんですか?」
「捜査中のため詳細はお伝えできませんが、とある人物を追跡していたところ、5日ほど前に図書館に立ち寄った形跡がありまして」
「5日前・・・あっ・・」
そう、あの時の違和感を感じた来場者のことをすぐ思い出せた。それと同時に、警察の捜査の速さや正確さに驚いた。図書館に防犯カメラがあるのは知ってたが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
「何か思い出せましたか?」
原口氏が少し前のめりに食いついた。そして私は、そのまま「あの図書カードの更新の話」をした。
その2分後、原口氏の説明によって背筋が凍る思いをした。
亡くなった越山さんの顔写真とは全く異なる風貌の人物が、「越山さん」の図書カードを更新していたということに。

警察署から解放され、表に出られた時には日が暮れかかっていた。時間にして1時間半くらいは事情聴取されていたことになる。ふとスマホを見ると、母からメッセージが届いていた。
「遅くなりそう?ちょっとお味噌を買ってきてほしいんだけど」
なんとも我が家らしい連絡に、妙な安心感を覚える。
「今終わったから、買って帰るね。無添加の合わせ味噌でいい?」
すぐさま既読され、グッジョブスタンプがやってきた。
原口氏から家族に対しても口外しないよう注意されていた。しかし、そう簡単には頭の中から消えてくれないし、気になっている事も一つあった。私の中の捜査官が、味噌を選んでいる最中も詮索ばかりしていたので、誤って無塩味噌を買ってしまった。
帰宅後、高すぎて母から怒られたが、みそ汁が旨いと父は感動していた。

つづく

この物語はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?