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1027初小説

タイトル 正気に言いすぎるのもたまには悪くない

父親:透65歳―昭和な口下手な父親。奥さんの雅恵が入院。男のメンツを捨てきれない。入院の見舞いもいかない。雅恵からある提案受ける
母親:雅恵60歳―透の事が大好き。癌になっても、透のことを第一に考える。
娘:亜里沙32歳―父親の透の浮気の一件から、透を許せない。雅恵の入院で、自分の彼氏との関係も微妙に変化している状況。

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◾︎Chapter1
「結婚って?しないと性格が歪んでるとか、人間的に問題とかある?」
私、亜里沙、周りからは、勝気な性格だとよく言われるが、本人は、全く気にしていない。自分が正しいと思うことをすばっと言える32歳。
こんな私にも、プロポーズをしてくれる、既得な彼氏さんがいるんです!彼氏さんは、こんな私と今すぐにでも、結婚したいと言ってくれている。その気持ちは、私も感じている。「なぜか、今、一歩踏み切れないんだよ!」男性不振の原因を作った父さんに、その一因が…。
雅恵ちゃん、どうしたらいいかな?あっ、雅恵ちゃんは、私のお母さん。いつの間にか、雅恵ちゃんと呼ぶ様になったんです。

私の会社は、特別なことがない限り、ノージャケットでも、問題がない会社である。ランチ時に向かい合う彼氏さん、周りからみたら、大学生かと思うくらいのカジュアルさだ。身長も高く、仕事もそつなくこなすタイプである。
私が、ランチの素揚げの野菜カレーを口に運んでる時に、突然、「来週末、亜里沙のご両親に挨拶をしたい」と、カジュアルに言われた。「えっ?」と思ったが、今の状況を理解しているはずだよね。
「入院中なのは、理解してるよ。俺としても、タイミング的にどうかと思う部分もあるけどさ、お母さんの心配の種を少しでも…」彼氏さんが、大きな声で話している。私としても、彼氏さんの気持ちは、ありがたいけど…。この状況下では、結婚を考える事は、先送りしか考えられない。
仕事も、大事な局面だ。とある郊外のサスティナブルシティーのプランニング事業。ここで家を買い、そして、子供達に次世代を託していくことがこの事業の肝である。今後100年かけて一つの成熟したシティーを作る事業だ。
それを彼氏さんが、カジュアルな感じで、「そんなに仕事が大事なのかよ」不満げな彼氏さん。
私に向かって強めの口調で言い放った。同じ会社の隣の部署なんだけど、理解されていない感じ。「今じゃなきゃダメなの?」と彼氏さんに私の気持ちを悟られない様に話しかけた。
「結婚って、素敵なタイミングだろ?俺は、今だと、信じてる」そう、タイミングはとても、大事よ。でもね、私の方が、素敵なタイミングじゃないのは理解してるよね。話せば分かるは男女の中では、幻想という二文字を浮かび上がらせるだけなのかも。
「亜里沙のお母さんの一件もあるし、二人でいれば乗り越えられるよ」と自信満々にいう。なぜか、父さんの影がちらついて、信じられない気がする、私。
結婚は、彼氏さんと私の問題でしょ。雅恵ちゃんなら、「亜里沙の人生は、亜里沙が決めること。私や父さんのことを考えるなんてダメ!あなたの人生は、あなたが決めるのよ!」とキッパリと言うだろう。雅恵ちゃんに相談をしたいところだが、春先に、体調を崩して、入院中。担当医からは、ステージ4の末期癌と告知を受けたばかりである。雅恵ちゃんも、承知のことだ。

私としては、雅恵ちゃんが一番目なのだ。そして、二番目、仕事。三番目、彼氏さん、ごめん。
彼氏さんには、雅恵ちゃんの病状についても、話はしているが、ステージ4は、ナイショ。私が、心配をかけたくないと思っているからだ。彼氏さんは、私との時間が取れないことも、結婚したいと言ったことの要因かもと思ってみたりもした。彼氏さん、雅恵ちゃんに嫉妬?まさかね。

◾︎Chapter2
家の庭でアイビーぜラニュウムの赤い花が咲いている。初夏に向かうこの時期によく庭で咲いている。雅恵ちゃんが丹精込めて、作った庭の中でいちばんのお気に入りの花。私には、今のところ、庭いじりの趣味は理解できないようだ。
今日も、入院中の雅恵ちゃんの身の回りの世話に来ている。4人部屋の明るい角部屋だ。今のところ、本人も、歩くことは可能なので、スマフォから、必要なものや話があれば、LINEがくる。
「亜里沙、庭のゼラニューム、どんな感じ?」やっぱり、雅恵ちゃん、花のことが気になるみたいだ。そんな気がして、今朝、写メをしてきたばかりだ。「ほら」とゼラニュームの写真を数枚探して、雅恵ちゃんに見せた。そして、雅恵ちゃんのスマフォに転送した。
「いつから花の世話までする様になったの?」と雅恵ちゃんに、言われ、「あっ?」私は、花に興味がないし、雅恵ちゃんの世話で手一杯だし。消去法だと、やっぱり父さんしかいないことになる。そんなことする人なのかも?

父の透は、高身長の二枚目、65歳。会社を定年退職。今は、求職中の身。昭和の男の欠点、無口が男の美学だと思っていることと、家事全般は、全て、雅恵ちゃんにお任せ。入院中の雅恵ちゃんの代わりに、世話をしたくはないが、嫌々、私がこなしている。雅恵ちゃんが、いなくなったら、どうするつもりだろう。

父さんを大嫌いになったきっかけは、単身赴任中の浮気のことだ。ある時、雅恵ちゃんがいない居間で、「父さん、なんで雅恵ちゃんを裏切るの?」はっきりと目をみて、私は切り出した。父さんは、素知らぬ顔。「よく知らん顔ができますね」と私が言い放ったあと、お互いに沈黙が続く。父さんが、その沈黙に耐えきれず、吐き出す様に声を出した。
「すまん、俺が悪い」と父さんがいい、いつもは、大きく見える背中が縮んでみえた。
私は、勝ったんだとほくそ笑んだ。悪人を退治したヒーローのような気分だった。ただし、このことを雅恵ちゃんに報告する事はできなかった。その日の夜、心の奥底がざわついた。「これでよかったんだよね、雅恵ちゃん」と自分自身に言い聞かせた。
私と父さんは、浮気問題で、私が父さんを問い詰めて以来。冷戦状態が続いている。あんな父さんの血を受け継いでいると思うと、ゾッとする。母さんにとっては、最愛の他人でも、私には、血のつながりのある最悪な父親だ。この不倫問題のストレスで、母さんは、癌になったんだと私は思っている。絶対に許せるはずがない、父さんのことは。

いつもの時間に私が、家に戻ると、家の電気がついていた。あれ?父さんが、珍しく家に早く帰って来ている様だ。庭から、ゼラニュームが薫ってきた。とりあえず、自分の分の夕食を作り始めた。父さんが、冷蔵庫から2本目のビールを取り出して、コップに注ぎながら、父さんが私に向かって、「亜里沙、母さんのことだけど…」
私は、包丁の音を盾にして、聞こえていないフリをした。本当は、声も聞きたくないのだ。
「まあ、いいや。また今度で…」と、父。
正直なところ、父さんとなにを話して良いかも、わからない。父さんから話を打ち切ってもらって、正直ホッとした。雅恵ちゃんの容態は、この先、恐らく悪くなる一方だろう。いろんなことを父さんと話し合わないとダメことは、百も承知だけど、口に出す言葉を探す私がいる。
雅恵ちゃん、いなくなるんだものね。頭の中では、理解しているが、父さんの今までのことが、どうしても、許せないんだ。ごめん、雅恵ちゃん。
そして、父さんが改めて、私に向かって、話しかけてきた。
「明日、母さんのところに行くが、何かあるか?」
えっ?父さんが、母さんのところに行くってどうしたの?どういう風の吹き回し。なんとか、声を振り絞って、答えた。
「居間に、着替えを用意しておくから、洗濯物と交換してください」父さんの方を見ずに、答えた。
なにか、私の知らないところで、問題発生とか?

◾︎Chapter3
翌朝、父さんは、朝食も取らずに出て行った。居間に置いておいた着替えを持って行ったみたいだから、母さんのところに行くつもりなんだろう。それくらいは信じあげよう。
私も、家の事を片付けたら、母さんの病室に行こう。そして、彼氏さんとの結婚について、話を聞いてもらおう。父さんと、鉢合わせだけは避けたい。父さんには、絶対に聞かれたくない。なにがあっても。

4人部屋の病室で、ちょうど、母さんが、お昼を食べているところだった。周りを見渡すが、誰もいないようだ。「あれ?父さんは?」と母さんに尋ねた。
「父さんが、来るの?どんな風の吹き回しかしらね」と雅恵ちゃん、何事もないように。
「えっ、私よりも、先に、家を出たけど?」まさか、着替えまで持って、嘘なんてつくことはないよな。
でも、やりそうな気もする。あの優柔不断さならば。「着替えは?」と雅恵ちゃん。
「父さんだよ」ベットの周りを見渡す私。
「何か、急用ができたんでしょう」父さんを責めるよう口ぶりでもなく、淡々と喋る雅恵ちゃん。父さんには、本当に、甘い!甘すぎる!だから、父さんがつけ上がるんだよ、もう!
「あの人の考えはわからない」と突き放した様に雅恵ちゃんに吐き捨てた。
「あの人じゃないでしょ!父さんよ!」珍しく、感情を昂らせて、大きな声を上げる雅恵ちゃん。
もう、これ以上、父さんの話はしたくないし顔も見たくない。

「なんか、相談事があったんでしょ?」雅恵ちゃんが、私に向かって話しかけた。
「プロポーズされた。でも、どうしたらいいか、正直、迷ってるの。父さんを見てたから、人間不信だよ」私のばかやろう。そんなこと、雅恵ちゃんに言わなくてもいいじゃんか!いつもであれば、すぐに、答えを導き出すはずの雅恵ちゃんが、妙に、口籠った。
「雅恵ちゃん、父さんと顔を合わせるのもなんだから、今日は、これで帰るね」病室を出ていく、「ごめんね…」亜里沙をじっと見つめる雅恵ちゃん。

突然、隣との仕切りのカーテンが、開き、透さんが顔を出した。「まーちゃん、嫌われ者はつらいね」と照れ笑いを浮かべる透さん。「父さん、急にLINEをしてごめん、私の容態についてだけど、どうも、よくない感じがするの」と、弱気に話す雅恵さん。
「やめろよ、やめろ」お前のそんな話を聞きにきたんじゃないんだぞと、雅恵さんに詰め寄る透さん。
「お父さん、ちゃんと、私のいう事を聞いてね」諭すように、話をする雅恵さん。
雅恵さんが、透さんに、今後のことについて、話し始めた。
「やめろ、やめろ、やめてくれ」と声を荒げて、話す透さん。そんな態度に出ると思っていた雅恵さんが「もう、私には、必要ないから、ロック解除ナンバーは、父さんの誕生日」と伝えて、少し辛そうに透さんの顔を見た。
「ふざけんな!なにがあっても、俺は、認めない!」一人叫ぶ、透さん。
花瓶にいけてあったアイビーゼラニュウムがの花が、ひらりと舞った。

◾︎Chapter4
なんとなくだけど、今日の雅恵ちゃん、変だったなあ。それと、父さんは、いったいどこにいったんだろうか?父さんよりも、洗濯物の方が気になる。雅恵ちゃんに、彼氏さんのこと、相談できなかった。もう、先送にすることは、できないし、雅恵ちゃんだったら、どうするだろうかと私なりに考えてみたらどうだろうか?雅恵ちゃんにも、よく言われてた。「あなたん人生なんだから、あなたが決めなさい。私は見守るだけ」雅恵ちゃんに、相談しても、最後は、私が決めなくちゃ、ダメなんだよ、ダメなんだよ。雅恵ちゃんから、教わったはずじゃん。

あっという間に、雅恵ちゃんは、新たなる世界に旅立った。やらなくてはならないことが山積みになり、悲しみに浸る時間もなく、初七日がすぎ去った。
雅恵ちゃん、ビール飲んでも、いいかな?と心の中で呟く、疲れたよ。「お行儀が、悪いけど、瓶のままいかせてね。雅恵ちゃん」と何気なく、雅恵ちゃんに断るなんて、変な私。
雅恵ちゃんのいない居間から庭のアイビーゼラニュームの花びらが、風に揺れていたのが見えた。その時、スマフォからLINE通知の音が居間に鳴り響いた。それと同時に、父さんが自分の部屋から出てきて、私を一瞥し、「あっ、ちょっと、出てくる」と言った。
誰からのLINEだろうか?「えっ…?」そんなはずは、ないよ。再度、スマフォの画面を覗き見る私。誰かの悪戯だよ。それとも、誰かに、乗っ取られたのかも。LINEを読みながら、顔を上げないと、読んでいられないよ。本当に悪い悪戯だよ、このLINE。

教会の鐘の音。
男の人は、弱い生き物だと誰かが言っていた。雅恵ちゃんの49日が済んで、お役目を果たしたみたいに、お父さんが倒れて、雅恵ちゃんのところに呼ばれるように、旅立った。
「ごめん、父さん、最後まで、私が意地を張り過ぎたみい」青空を見上げながら、呟いた。父さんの浮気問題は、最後まではっきりしないままに墓場に持っていかれてしまった。
あんなに、真っ直ぐに父さんを断罪したのは、若さゆえの過ちだなんて思う事もなくなった。父さんは、なんで、弁解をしなかったんだろうか。「ずるいぞ、昭和男、自分の美学を貫き通すなんて」
父さんにも、雅恵ちゃんにも、ウエディング姿を見せられなかったなあ。孫の姿も。
「あぁー、秋晴れのいい天気」そういえば、確か、雅恵ちゃんは、確か晴れ女だったよな。私は、どちらでも無いけどね。彼氏さんのタキシード姿は、なんか、間が抜けてる。笑いを堪えるのが大変だ。これからの結婚生活、不安だらけ。「大丈夫かな?」
「亜里沙、あなたの人生なんだよ。自分で決めたことに対して、自信を持ちなさい!」と招待客の中から聞こえてきた。そして、「父さん、いい加減何か言ってよ。天国じゃ、無口は流行らないわよ」と雅恵ちゃんが父さんに話かけてる気がした。ライスシャワーの向こう側に、おぼろげな二人の姿が見えた気がした。「ちょっと、旦那さま、身重な亜里沙さんを、大事にしてよね!」旦那さまの大きな返事が、青空に響いた。

完了

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