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猫背

 私が猫好きだからか、猫が座る姿にはいつ見てもうっとりしてしまう。
 どんな野良であったとしても、身体の前で両手を上品に揃え、首をスッと伸ばして睥睨へいげいするような気品がある。
 背中のあの曲線は他に例がないほど美しく、その延長はしなやかな尾に繋がっている。尾はまるで別の意思を持った生き物のように時折動き、根元から動いたかと思えば急に止まって今度は先端の方だけ小さく振ったりする。尻尾が優雅に見えるのも、あの座り姿があってこそだ。

 それに比べて人間の背中の何とつまらないことか。まるでのっぺらぼうだ。なんの面白味も美しさもない。
 ところが、自分は猫のような背中を持ち合わせてはいないと嘆く中で、あなたは猫背ですねと面と向かって言われてみると、何とも微妙な心持ちになる。大袈裟に言えば憧れすら抱いていたにもかかわらず、猫背という言葉が人間に当てはめられたときの喪失感は案外大きい。

 自分が猫背であることを意識させられてから改めて猫を触ってみると、なるほどこれが本物の猫背かと感心する。同じ脊椎動物でも骨格の構造がかなり違うことに気が付く。
 どっちが不自然かと言えば断然、猫より人間の方に違いない。自然の姿に戻ろうとする見えない力が働いているとすれば人間が猫背になるのは当然の成り行きだろう。

 しかし直立で生活する場合、猫背は肩凝りや腰痛の元になる。だから人間は背筋を伸ばし肩甲骨を平らにして後ろに反らすようにし胸を張ることで負担が少なくなる姿勢を生み出した。こうして直立歩行し両手を操る便利さを得るのと引き換えにあの曲線美を失ったと言うわけだ。
 もっとも、人間でも女性の場合は身体に曲線を残している部分があるのでまだ救われる。それに比べて男は猫背になるくらいしか無いと言うわけか。
 整体に通ったおかげで、どうあがいても構造的にあの本家本元の猫背には近づきようもないことが分かったので、無味乾燥な人間の身体に戻ることに決めた春である。

おわり

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