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痛みという停止信号
普段は肩こりや頭痛に悩まされることの多い私だが、先日腕を痛めた際に気がついたことがある。前腕を怪我して寝返りを打つたびに痛みで目が覚めるほどの状態だった数日間、肩こりも頭痛も、普段感じるその他の身体の痛みも嘘のように消えていた。身体が勝手にトリアージ(治療の優先順位をつけること)をしてくれたかのようだ。一番注力しなければいけない部位に強制的に意識を向けるように。動くと痛いので週末もじっと身を横たえているしかなかったが、それによって身体は、その内部で回復に向けた作業を行ってくれていたのだろう。
それとは別の日、仕事でむっちゃ滅入るようなことがあった際には、切っ掛けとなった嫌なことが頭の中でループして、他のことを考えられず何も手につかなくなった。ネガティブな思考が頭を支配して、考えまいとしても気がついたらそのことを考えていて、それはアルコールでも拭えないほどに打ちのめされたが、そうした痛みも回復に向けた脳内での治療の一環なのかもしれない。
逃げ出したいと思うほどの悩みの断片をメモに書き出すことで取り敢えず頭の中から吐き出して切り抜けようとしたが、効果は今ひとつだった。そうした心の痛みは、もしかしたらじっと耐え抜くしかないのだろうか。
そんな中、予め予定があったので少し遠くへサイクリングへ出かけた。
運動をサボっていたので手近なところでのんびりサイクリングと考えていたが、思いがけず予定よりも長距離になった(サイクリストからしたら笑われるほど短い距離だが、往復70kmは私にとっては想定外だった)。
走っている最中も頭の中ではずっと仕事の悩みが渦巻いていて爽やかな周囲の景色は目に入ってこなかった。
体力面では案の定、往路の半ばでバテていたが、目的地までの距離をマップで確認しつつ、残りの距離が少なくなっていくことだけが励みになった。短距離とは言え、さすがに目的地に到着した達成感は清々しいものだった。だが、問題はそこからだった。
帰路について間もなく、体中を痛みが襲ってきた。痛みはまるで、これ以上動くなと言わんばかりだった。頭の中では、もうこの辺りで休もうよという気持ちと、今日中に帰るのは無理だよという気持ちと、帰らない訳にはいかないという気持ちが葛藤していた。自転車に乗るだけで、ペダルを漕ぐだけで、姿勢を少し変えるだけで全身に走る様々な痛みが私を止めようとしていた。
気がつけば、思っていたよりも早く家に辿り着いていた。
さっきまで身体の痛みという痛みの刺激が脳を支配して、何も考えられない状態になっていたが、家で自転車を軽くメンテナンスし、風呂に浸かると幸福感に包まれた。仕事の悩みはまだそこにあるが、身体の痛みで中和されているようだった。
その後の頭痛で早めの就寝を余儀なくされたが、翌朝の目覚めは案外悪くなかった。
心の痛みは、嘘のようにとまではいかないがだいぶ消えて、身体中の筋肉痛に変わっていた。
おわり
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