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窮屈そうな空と、少しの幸せと

 土曜日の朝、予定外の出勤のため、昨日までとほぼ変わらない時間に家を出てバス停に向かう。
 いつもと同じはずの光景が少しだけ和んで見える。小鳥たちのさえずりも透き通っている。人の動きが少ないからか、まだ動物たちの時間の名残りがある。

 寝汗をかいて少し早く目覚めた私は、洗面所に水を飲みに起きた。寝室からの通りすがり、飼い猫を探すと、昨夜寝る前に見たそのままの位置で丸くなって眠っていた。私が横を通り過ぎても目を覚ます気配はない。
 洗面所の明かりをつけて眩しさに眩みながら蛇口からコップに注いだ水をあおる。それを三回繰り返してからトイレに向かった。

 便座に腰を下ろして暫くすると、大あくびをしながら音もなく奴がやってきた。足元に座ると更にまたあくびをしている。右手を伸ばして頭を撫でると、少しだけ顎を上げ目を細めている。喉からはガラゴロという例の音がしだす。
 お前はいいなぁ、幸せで。
 と、声を掛けながら撫でる手を奴の顔の横へ移動すると、手の動きに連れて顔を擦り寄せてくる。
 こんなことで幸せでお前はいいなぁ。
 撫でるだけの私も、少しだけ幸せを貰えた気がした。

 撫でるのをやめて天井を見上げ、あれこれと思い悩んでいると、奴が右前脚を私の右脚に当てて催促してくる。私は仕方なくまた奴を撫でることにする。
 幸せそうに喉を鳴らしている。

 目覚ましが鳴るまでもう一眠りしてくるからな、と声を掛けて私は再び布団に潜り込んだ。
 眠り方を忘れてしまったみたいで、目を閉じてみても頭の中ではいろいろな考えが巡っていた。

 
 最初は誰もいなかったバス停に、人が並び始める。いつもと同じ顔を見つけて私は自分が曜日を間違えたかとスマホの画面を見直す。間違いない。そこには土曜日と表示されている。
 この人たちはいつも土曜日も働いていたんだと気付かされた。こうやって社会は回っているのだ。

 何処からともなく集まってくる人々が駅の改札に吸い込まれていく。いつもよりは少ないけれど、決して少なくはない数の人達が改札機にタッチしてホームに向かう。
 その流れに合流し身を任せるうちに、私は多くの点のうちのひとつになっていく。

 ホームに立って見上げると、そこには透き通った青い空が広がっていた。ビルとビルに挟まれて少しだけ窮屈そうだった。

おわり

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