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『二人の記憶』第76回 考えるな、感じろ

 夕食後に自宅で映画を見ることがいつの間にか日常になりつつあった。
 見るのは洋画が多かった。字幕版だ。昇太郎は英語の聴き取りも兼ねたいと言う理由で、亜希子は俳優の生の声を聴きたいと言う理由で。

 昇太郎が洗い物をしている間に亜希子が映画を見るための準備をする。スクリーンを下げ、プロジェクターやアンプなどの電源を入れていく。
 スクリーンが光り出すとおもちゃで遊んでいた碧も手を止める。

「さあアオくん、お片付けして。映画が始まるよ」
 亜希子が声を掛けると碧は広げていたおもちゃをすっかり慣れたように籠に入れて片付けていく。片付け終わるとソファーによじ登って、お腹が大きくなった亜希子の隣にちょこんと座る。
「しょーたろー、まだー?」
「待って、もうちょい。すぐ行く」
 亜希子が碧に向かって、パパが来るまで待っててねと小声で言うのが聞こえる。

 マグカップに入れたコーヒーふたつを手に昇太郎が来る。
「ごめん、お待たせ。はい、アコ」
とカップのひとつを手渡し、部屋の照明を消す。
「ありがとう。じゃあ上映始めますよ〜」
 亜希子がそう言ってリモコンを操作すると、光っていたスクリーンが暗転し、映画の世界が訪れる。

 日本語もままならない碧が教えてもいない英語をどれだけ理解しているかは知る由もないが、上映開始からエンドロールが終了して昇太郎が照明をつけるまで、碧はいつも食い付くように画面を見ている。途中で眠ってしまうこともなく、楽しそうに、しかし真剣な目で物語を追っていた。息を張り詰めているのか、映画が終わって明るくなると、ふーっ、とため息にも似たピリオドを打ってからママに抱きつきに行った。

「この子、どこまで分かってるんだろうね」
「画を見てればストーリーは分かるんじゃないか。さすがに何を言ってるかは分かんないだろうけどさ」
「アオくん、いつの間にか英語を理解してたりしてね」
「英語を音として聞いてはいるだろうけど、理解はなぁ。俺だってろくに聴き取れてないし」
「それどころか、しょーたろーの場合は、ストーリーを追えているかも怪しいしね」
「アコ、映画はストーリーじゃないんだよ、頭で考えず、感じることが大切なんだよ」
「どこで聞いたんだか」とアコは小さく笑って昇太郎と碧の頭を同時に撫でた。

つづく

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