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短篇小説「逆接族」

 つい先日、関東地方にいわゆる「火球」が落下したのは記憶に新しい。だがそれはもちろん、一般市民の混乱を防ぐために画策された、為政者サイドによる隠蔽工作に過ぎない。実際には皆さんご期待のとおり、そのとき未確認飛行物体が地球上に着陸したのである。

 落下直後、現場へ私のような言語学者が呼び出されたのが何よりの証拠だろう。つまり未確認飛行物体には言語を操る何者かが搭乗していること、そしてその相手が地球とは異なる言語圏に住む者であるということが、あらかじめ予測されていたということになる。

 真っ暗闇の中、あまりにも予想どおりに青白く光る円盤状の物体から登場したのは、人間とまったく見た目の変わらない、ひとりの成人男性であった。少なくとも我々人間サイドから見れば、そのように見えた。私はその場に立ちあっている政府要人らと顔を見あわせて、その所感を目と目で確認しあったのだった。

 だが物体が明らかに地球外から来訪していると思われる以上、その者を軽々に一般男性と見なすわけにもいかなかった。我々地球人サイドとしてはあくまでも、まずは彼を地球外生命体つまり宇宙人として遇する必要があった。

 まことに畏れ多いことながら、宇宙人との会話は言語学者である私に一任された。責任者たる政府の人間らは、「とりあえず当たり障りのない範囲で」とだけ指示を出すと、そそくさと後方へ引っ込んでしまった。相変わらず無責任な人たちである。

 おかげで私は、宇宙人に対する最前線に取り残される形となった。宇宙人はなおもLEDくさい青色の光を放ち続ける未確認飛行物体を背に、私の十メートル先に立ってこちらの様子を伺っていた。

「はじめまして、こんばんは」

 私はまず、もっとも当たり障りのない挨拶から会話をスタートさせることにした。だが日本語など、いきなり通じるはずもない。そう思った矢先、宇宙人から思わぬ返答が返ってきたのだった。

「はじめまして。しかし、はじめてではないかもしれない」

 我々はまず、日本語が問題なく通じたことに驚きを隠せなかったが、言語学者である私はすでにその段階を超えて、この返答の意味するところに思考回路を乗っ取られていた。はじめてなのか、それとも、はじめてではないのか。

「あなたが地球を訪れるのは、今回がはじめてですか? 前にも来たことがありますか?」

 すでに日本語を話せることを考えると、実はかなりの馴染み客なのかもしれない。私は改めてそこを確認したかった。宇宙人は答えた。

「地球には前にも来たことがある。が、本当にそれが地球かどうかはわからない」

 なんとも的を得ない返答だが、わからないのならばしょうがない。私は役人に後ろからせっつかれ、いよいよ本題に入ることにした。

「あなたが地球へ来た目的は、なんですか?」

 すると宇宙人は特に構えることもなく、平然と答えるのだった。

「観光。しかしながら、戦争」

 のっぴきならない最後の言葉に、現場からは一斉にどよめきが起こった。しかし間違いなく「観光」とも答えている。これをどう考えるべきなのだろうか。

 私はひとりの言語学者として、話の内容と同時に、この宇宙人が駆使する独特の文体が気になっていた。最初の返答のあとには、必ず逆接の接続詞が来て、さらにもうひとつの答えが来る。ここまでのすべての回答が、まったく同じ文体で統一されていた。そしてあいだに逆接の接続詞が挟まっている以上、その前後に配置される答えは、当然矛盾することになる。おかげで、彼の真意がどこにあるのかさっぱりわからない。

 言語学を長年研究してきた人間として、そこで私はひとつの具体例に思い当たった。それは具体例というにはあまりに神秘的すぎるため、都市伝説とでもいったほうが良いのかもしれないが。

 かつてこの世のどこかに「逆接族」という民族が存在していたという研究レポートを、私は読んだことがあった。逆接族は、ひとつの会話文の中に必ず逆接の接続詞を入れることから、そう名づけられた。

 だが研究レポートによれば、その逆接文体にはたいして意味はないと記されていた。彼ら逆接族はひとつ目の回答をしたあとに、なんとなくそれだけでは物足りないような気がして、単純な回答に厚みを持たせるためだけについつい逆接の接続詞を続けてしまう。しかし逆接でつないでしまったからには、そのあとには必ず最初の回答とは逆の意見を並べざるを得ず、不本意ながらしかたなく反対の答えを最後につけくわえるとのことであった。

 つまり逆接の接続詞以降に来る回答部分はすっかり形骸化しているということになり、無視しても構わないとその研究者は結論づけていた。だがいま目の前にいる宇宙人が、本当にその逆接族なのかどうかはもちろんわからない。私はそのあたりの確認をすべく、質問を続けた。

「あなたの好きな食べ物は?」

「肉。だが、魚も美味い」

「趣味はなんですか?」

「寝ること。なのに、徹夜で麻雀することもある」

「では、あなたの好きなタイプの女性は?」

「清楚系のお嬢様。しかし、ビッチなギャルも悪くない」

 そうやって順調に宇宙人の回答を引き出していると、役人が後ろから私の肩を思いきりひっ掴み、「真面目にやれ!」と耳元で強く囁いてきた。こちらとしては、なるべくリアルな回答を得ようと、あえて嗜好性の強い質問を投げているだけなのだが。

 すでに宇宙人の回答から確かな何かを感じていた私は、役人の指示などそっちのけで逆接族の真実を追究すべく、卑近な質問を続けた。

「お金と愛、どちらが大切だと思いますか?」

「愛。でも、お金も欲しい」

「じゃあ、地位と名誉では?」

「地位だ。しかし、名誉もあったほうがいいに決まってる」

 そして私は、いよいよ最後の質問をすることにした。

「うまい棒の明太子味とサラミ味、どっちが好きですか?」

「やはり明太子味だろう。とはいえ、サラミ味も捨てがたい」

「では、こちらをどうぞ」

 と言って私は、背負っていたリュックの中から、いつも持ち歩いているうまい棒明太子味とサラミ味の二本を取り出し、宇宙人に差し出した。どちらも私の大好物であり、非常食として私の鞄に入っているものだ。

 すると宇宙人の男は、迷わずに両手を伸ばし二本ともいっぺんに奪い取ってパッケージを破ると、両方をいっぺんに口に入れ一瞬にして消化してしまった。

 その浅ましい様子を間近に見た言語学者としての私は、この男は伝説の逆接族でも宇宙人でもなんでもなく、単に「欲張りな人間」なのだという結論に至ったのである。

 このようなくだらぬ結果に至った経緯を報道する意味など一切ありはしないため、本件は表向きにはひっくるめて「火球」として処理されることとなった、というのが事の真相である。実に賢明な判断と言うほかない。


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