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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2020年8月の記事一覧

短篇小説「耳毛をちぎらないで」

短篇小説「耳毛をちぎらないで」

 真夜中の路地裏。濡れた壁面に押しつけられ、片耳細コードイヤホンの北村が、大型ふかふかヘッドホンの西沢に左手で胸ぐらを掴まれている。大型ふかふかヘッドホンの西沢は、片耳細コードイヤホンの北村の胸元で自分を挑発するように揺れ動くコードを、右手で強く握り込んで一気に引きちぎった。

 北村の片耳細コードイヤホンは、モノラル仕様の片耳分しかない一本の線であった。しかもその末端にあるイヤホンジャックはどこ

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短篇小説「ベバルの誤塔」

短篇小説「ベバルの誤塔」

 十年かけて、ついに私は金字塔を打ち立てた。いや実際には金字塔ではなく、隣の塔にそっくりな近似塔なのであった。

 高さもデザインも内装もまったくそっくりな違法建築である。そもそも隣の塔が違法建築なのだから、それを真似したらそうなってしまうのは仕方ない。いや違法建築ではなく異邦建築だったかな。そういえば現場で見かけた作業員の多くは、外国人労働者であったような気がしないでもない。

 私は今日はじめ

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